~幕間~ 第一王子の憂鬱⑥
トリアが部屋から出て行くのを見送ってから、アルージエ辺境伯へと改めて向き直る。
今から話すことは彼にとっては荒唐無稽な上に、彼女がいたままでは進められないだろうから。
「時に伯、一つ提案があるんだが」
「はい、何でしょうか?」
「ヴィクトリア嬢が目覚めたら、こう質問してみてくれないか?"幽霊は鏡に映るのか?触れることは出来るのか?"と」
「……はい?」
怪訝な顔をしているアルージエ辺境伯の反応は、おそらく正しい。私もいきなりこんなことを言われたら、どうしたのかと思うだろう。
だが今は、時間がない。
「にわかには信じられない話かもしれないが、不思議なことに私はヴィクトリア嬢とそっくりな令嬢の夢を見るんだ」
流石に本当に幽霊になっているとは口にできないので、その辺りはぼかしておこう。
だが彼にとってはただの衝撃ではなかったのだろう。驚きに見開かれた瞳は、次の瞬間には真っ直ぐにこちらを見ていて。その表情は、真剣そのものだった。
「例えば、どういった夢ですかな?」
「この間は、バッタール邸の執務室の本棚の裏に、隠し部屋があると教えてくれた」
「何と!?」
「そこには定期的に開かれている怪しげな集会を開催している人物の、金の仮面と銀の仮面が置いてあったそうだ」
「隠し部屋の、仮面……」
「伯。もしも本当にそれがあった時には、ヴィクトリア嬢に先ほどの質問を投げかけてみて欲しい」
「それが、本当だとして……。一体どんな答えを、お望みなのですか?」
答えは彼女自身が知っている。
すなわち。
「鏡には映らない。触れることは出来ない。そうよどみなく答えたら、すぐに私にも会わせて欲しい」
「それはっ……」
「夢が私一人の妄想でないのならば、私は一度彼女としっかり話すべきなのだ。もちろん、私から出向く」
「いえ、それでしたらどうか娘が登城できるまで回復をしてからで――」
「それでは遅い」
冷静に見えるように、焦りを悟らせないように。私はゆっくりと首を振って、それを否定する。
今のままでは、後手後手に回ってしまう。それでは、遅いのだ。
「今の情勢は、私以上に外から見ている伯の方が把握しているはずだ」
「そう、ですが……」
「ヴィクトリア嬢は、私の婚約者候補として王都へと向かったと聞いた」
「確かにそうですが、それはバッタール宮中伯の罠であった可能性が高く……!!」
「だとしても、だ。彼女以上に、この混乱を治めるのに適した人物はいない。残念ながら、有力な令嬢達は既に皆嫁いだ後だ」
私が婚約できないようにと、あの手この手で画策されてきたことが。ここに来て利用できる材料になるとは、私自身も思っていなかったが。
だがこれを逃せば、彼女はきっと手に入らない。それでは、困る。
「立て続けの断罪の後に、国の慶事としたい、と?」
「民たちは不安になってばかりだ。私は王族として、出来る限りのことをしたい」
あくまで。あくまで私は、王族としてという姿勢を崩してはいけない。
そうして説得し続けて、トリアが戻ってくるよりも先に何とか彼を頷かせることが出来たのだが――
「ん……」
ふっ、と。まるで体が浮上するかのような感覚。
「……あぁ。夢、か」
アルージエ邸へ赴いた日の、二人でのやり取り。
まさか今更あれを夢に見るとは思っていなかったが、今思えばよくあんな事を言い出した私を信じてくれたものだと。アルージエ辺境伯の懐の深さに感謝するとともに、我ながら思い切ったことをしたものだとも思う。
だがそれでも、どうしても諦めたくはなかった。
「トリア……」
こうして話しかければ、返ってくるその声の柔らかさを。
そう、彼女の声の…………
「……トリア?」
おかしい。普段であれば、話しかければすぐに返事が返ってくるはずなのに。
出かけている?いや、そんなはずはない。無断で出かけないと、以前約束したのだから。
「…………ッ……まさか!?」
嫌な予感に飛び起きて、部屋の中を隅々まで見渡してみても。
どこにも、その姿は見当たらない。
「トリアッ……!どこだ、トリア……どこ、に……」
いや、どこ、ではない。
きっと、彼女は……。
「ぁッ……」
唐突に突きつけられた現実に、膝から力が抜けてその場に座り込んでしまう。
最近彼女がどこか上の空だったことは知っていた。もしかしたら、何かを思い悩んでいるのかもしれないと。そう、思ってはいたが。
「まさか……まさか、トリアは、知って……?」
自らが消えてしまうことを、予感していたというのだろうか?
時折妙に勘が鋭いという、ヴィクトリア嬢は。
「……ッ。いや……いいや、大丈夫だ。アルージエ辺境伯とは、もう一つ約束を交わしている」
もしも、ヴィクトリア嬢が目覚めたら。その質問に、答えたら。
その時には時間も場所も関係なく、すぐに私の元へ使いを出してくれ、と。
そして同時に、彼女に何かあった時にも。
「きっと……きっとすぐに、目覚めているはずだ。私の所に、使いを出してくれているはず」
そう、だから。私は普段通りに、何事もなかったかのように朝を迎えて、支度をして――
「リヒト様!お休みの所失礼いたします!アルージエ辺境伯より、使者が到着しております!急ぎの用件との事ですが、いかがいたしますか?」
「っ!!」
やはり、と。思うその一方で、どこかで恐怖は拭えない。
だがこのままでは何も進まないのも理解している。
「……すぐに向かう」
「承知いたしました」
どちらの答えが待っているのかは、最後まで分からない。だが諦めることも、したくはない。
「トリア……」
どちらに転ぼうとも、私は必ずもう一度君に会いに行こう。
それが私たちの間にある、唯一の約束なのだから。
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