59.最後の舞台を整えましょう!
「証拠品の押収、完了いたしました!」
「事前にあった情報の証言者は?」
「アプリストス家に擦り寄っていた貴族たちは全員捕らえました!いつでも尋問を行えます!」
「そうか。よくやった」
突然の出来事に何一つ対応できなかったバッタール邸の使用人たちは、アルージエ辺境伯突撃と共に一人残らず捕らえられておりました。当然、あの家令も例外ではなく。
そして何より、わたくしの目の前にはあの見覚えのある金の仮面と銀の仮面。これも隠し部屋が暴かれ、持ち出された証拠品なのです。
「これでようやく、全てを白日の下に晒せますね」
「気を抜くなよ、カーマ。本当に忙しくなるのはここからだ」
「はい、リヒト様」
けれどカーマ様の仰る通り、これでようやく全てが終わるのです。
『圧政は王族が望んだものではないことを知り、重い税だけではなく不安からも民たちは解放されるのですもの。後に記念日になりますわね、きっと』
今はまだ、この慌ただしさに驚いているだけなのかもしれませんけれど。この先にあるのは、ようやく掴んだ本当の自由ですわ。
リヒト様が本格的に施政に関わるようになり、今までの在り方を変えて行かれることでしょう。
けれどその前にまず、やらなければならないことがあるのです。
「これで、終わると良いんだが」
『終わりますわ!ですからリヒト様、最後の舞台を整えましょう!』
「……そう、だな」
「リヒト様?どうかされましたか?」
「いいや、何でもない」
あら、いけませんわね。ついつい興奮して話しかけてしまいましたわ。
気を付けないと、リヒト様が延々独り言を仰ってるように見えてしまいますもの。それだけは避けなければいけませんわね。
「それよりも、動機は分かったのか?」
「本人は否定している状態ですので、そこはまだ何とも……」
「そうか」
「ただアプリストス家に対する並々ならぬ憎悪を、屋敷にいた使用人たちは持っていたようですので」
「……案外アロガン・アプリストスが、ラウ・バッタールの妻や両親を夜会で襲って亡き者にした真犯人、だったのかもしれないな」
「その線も含めて、現在調査中です」
……真犯人?
いえ、それよりも。バッタール宮中伯の夫人とご両親は、亡くなられていたのですか?
しかも、夜会で襲われたということは……。
(有名なお話、なのかもしれませんわね)
何よりも納得がいきますもの。
バッタール邸に存在していない夫人。使われる事の無い化粧道具にドレス。
そして何よりも、足りない人手に使われる事の無い部屋の数々。
(けれど、それは一体どれほど前のことなのでしょうか?)
アプリストス侯爵とバッタール宮中伯のやり取りからして、あまり仲がよろしくないのではと思ってはおりましたけれど。もしも本当に、そんな因縁があるのだとすれば。
(確かにどんな手を使ったとしても、破滅へと追い込みたくなるでしょうね)
ただそこに王族が関わってくる理由が、今度は分かりませんけれど。
それとも真犯人をあげられなかったことに対する怒り、なのでしょうか?
いずれにしてもお子様もいらっしゃらないようですし、きっと長い年月をかけての計画だったのでしょうね。
『復讐、ですか……』
それただ一つのために、あの方は生きてこられたのでしょうか?そしてまた、数少ない使用人たちも。
彼らはきっと、同じ目標を持って生きてきたのでしょう。来るべきいつかの日に備えて、その復讐心を忘れないように。
だからこそ、その思いを同じくする者達だけが少数で屋敷を支えていた。
(あぁ……お庭が荒れていたのは、きっとそこに思い出がなかったからなのでしょうね)
そう考えると、もしかしたらバッタール宮中伯はとても愛情深い方だったのかもしれません。
それがどうして、こうなってしまわれたのか。
(けれど、時は戻せませんし)
何より罪のないリヒト様に悪意を向けたことが、許されるはずありませんもの。
極刑は、免れませんけれど。
『……可能ならば、その理由もお心の内も、お聞きしてみたいですわ』
つい、独り言が漏れてしまいましたが。それまでわたくしがこの場所にいられるのかどうかも、分かりませんわね。
リヒト様からは決して見えないスカートの中。そこに隠されている脚が以前よりもずっと透けてきていることを知っているのは、わたくしだけなのですから。