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55.これがわたくし、なのですか?

 そうして迎えた当日。丁重なお出迎えと共に案内された応接室の中で、屈強だけれど品がある男性が一人、わたくしたちを待ち構えておりました。

 正確にはリヒト様を、ですが。


「ようこそお越しくださいました、リヒト王子。お呼び立てして申し訳ございません」

「いいや。改善されてきたとはいえ、まだ城の中はどこに敵がいるか分からないからな。私が出向いた方が安全だ」

「そう言っていただけますと、幸甚(こうじん)に存じます」

「そこまで堅苦しくならなくていい。むしろ今日は、他では出来ないような話をしに来たんだ。アルージエ辺境伯も、普段通りにしてもらえると助かる」


 なるほど。ウェーブがかった金の髪に、薄いブルーグレーの瞳のこの屈強な男性こそが、やはりアルージエ辺境伯でしたか。

 その体型と地位に負けず劣らずな鋭い眼光が、ほんの一瞬だけリヒト様を睨むかのように向けられましたけれど。驚くことに次の瞬間には目元を緩められて、豪快に笑いだされたのです。


「はっはっはっ!流石、リヒト様ですな!いやはや、トワール様とリアン様の良いところをしっかりと受け継いでおられる!!」


 …………どなたのことでしょうか?

 いえ、おそらくはリヒト様のご両親なのでしょうけれども。それはつまり、両陛下ということになりまして、ですね……。


「伯は、両親と親しいのですか?」

「これでもアルージエの名を継いでおりますからな。代々王族の方々と親しくさせていただいておりますよ」


 お顔もお名前も知らないままでは、有事の際に守り切れませんものね。

 辺境伯とは、普段は他国からの侵入や侵略を食い止める任務を負った方々のことですが。内部での反乱などが起きた場合には、王族の方を匿い逃がす役割も果たすのですから。


(……あら?わたくし、なんでそんなことを知っているのでしょうか?)


 これは、本で読んだような気がいたしませんわね。

 リヒト様が仰る通り、本当にアルージエ辺境伯のご令嬢がわたくし自身なのだとすれば。確かに知っていてもおかしくはない情報かもしれませんが。


「つまりバッタール宮中伯の方から、ヴィクトリア嬢と共に私の婚約者候補とその保護者として王都へと来ないかと誘われたと?」

「そうです。けれどあまりにも怪しすぎるからと、ヴィクトリアに時期をずらして王都へ向かおうと提案されまして……」


 あら、いけませんわ。考え事をしている間に、色々とお二人のお話が進んでしまわれていますわね。


「それで、先に向かったヴィクトリア嬢が……」

「はい。王都に入る手前、あと一歩という所で馬車ごと事故に遭いまして」


 そう痛ましそうな表情をしてお話をして下さるアルージエ辺境伯は、そっと上を向かれて。あの気遣わしげな視線の先には、おそらくそのご令嬢がいらっしゃるのでしょう。

 つまり、わたくしが向かうべき場所。


「ヴィクトリアは、時折妙に勘が鋭いところがありましたので。つい外からの敵を警戒していたら、この有様です」

「伯が悪いわけではない。何より王都に近い場所での事故などもっと大事(おおごと)になるはずが、私には報告すら上がってきていなかった。明らかに意図的だろう」


 リヒト様は労わるような言葉をかけながら、目線だけはほんの一瞬わたくしへと向けられて。僅かに、頷かれたのです。

 もちろんですわ、リヒト様。わたくし、自分が何をすべきなのか理解しておりますもの。


『行ってまいりますわ!』


 だからこそ、わたくしもその視線に大きく頷いて。先ほどアルージエ辺境伯が向けられていた視線の先に、文字通り飛んでいくのです。

 天井をすり抜け、壁をすり抜け、真っ直ぐに向かったその先にいたのは。


『これがわたくし、なのですか?』


 女性らしい部屋の中、天蓋付きのベッドの上で眠る、一人の令嬢。緩いウェーブのかかった長く豊かな金の髪は、きっとアルージエ辺境伯から受け継いだのでしょう。

 見たところ、大きな怪我はなさそうですが……。


『目覚めていないのは、わたくしが……魂が、体から離れてしまっているからなのでしょうか?』


 触れようとしてみても、やはり触れられないその体は。規則正しい呼吸で、本当にただ眠っているだけのように見えているのですが。


『なぜ、でしょう……?』


 この僅かに焦燥に駆られるような、心の内は。

 なぜ、どこから、湧き上がってくるのか。


『今の、わたくしには……』


 何一つ、その理由に辿り着けないのです。



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