54.わたくしに会いに行きましょう
「トリア、アルージエ辺境伯と連絡がついた。明日、会いに行こう」
『明日、ですか?また急ですわね』
「バッタール宮中伯の件がある以上、早い方がいいだろうとの事で話がついたんだ。ヴィクトリア嬢には、流石に私は会えないが」
そんな悲しそうな顔をしないで下さいませ。
けれど確かに、いつまでも理由なくバッタール宮中伯を城内に軟禁は出来ませんものね。特にアプリストス一家の刑が終わった今ならばなおさら。
「私と伯が話している間に、トリアはヴィクトリア嬢に会いに行ってみればいい」
『わたくしがわたくしに、ですか?』
いえ、まだわたくしの体だと決まったわけではありませんが。
「何か思い出せるかもしれないし、思い出せなくてもきっかけの一つにはなるかもしれない」
『そう、ですわね……。分かりましたわ!わたくしに会いに行きましょう!』
そうは言っても、広いお屋敷の中を闇雲に探すというのも大変ですからね。ある程度の目星はつけたいので、当日はリヒト様が少しだけ会話を誘導して下さるそうですが。
正直どんなお話をされるのかも、気になるところではあるのです。
そもそも絵姿の後ろに書かれていた内容からしても、アルージエ辺境伯はバッタール宮中伯が怪しいと考えていらしたわけですものね?その理由も、お聞きしてみたいのです。
なのでリヒト様にそれをお伝えして、後ほど色々と教えていただけるようお願いを――
「トリア?なにか変なことを考えていないか?」
『まぁ!リヒト様酷いですわ!わたくしはただ、アルージエ辺境伯に色々とお聞きしてみたい事があるなと考えていただけですのに!』
「君が一人静かに考え事をした後に、突拍子もない発言を次々とするからだろう?」
『突拍子もない発言?わたくし今まで、そんな奇天烈なことを申し上げましたか??』
「自覚がないのか!?」
覚えがありませんわね。やはり幽霊と生身の人間とでは、少しばかり発想が違うのでしょうか?
確かに壁をすり抜けたりお宅にお邪魔したりというのは、幽霊でなければできませんし思いつきもしませんでしたでしょうけれども。
「まぁ、いい。トリアが伯に聞きたいことは後で色々とまとめてみるとして、君の当面の目標はヴィクトリア嬢に会いに行くこと。いいね?」
『承知いたしましたわ、リヒト様』
けれどなんやかんやで、最後にはリヒト様が必ずこうしてわたくしの発言を否定せずにいて下さるおかげで、わたくし自身も自由な発想ができているのです。
本当に、柔軟でお優しいお方なのです。リヒト様は。
『わたくし、リヒト様が次期国王陛下であることを嬉しく思いますわ』
「なんだ?どうした、急に」
『今しみじみと、そう思っておりますの。間違ってもフォンセ様が国王になるなどという恐ろしい事態を実現させてはならないと、大勢の方が尽力されたのでしょうね』
「それは、まぁ……そう、だろうな。国が終わるからな、フォンセが王になれば」
比喩ではなく、本当に国の崩壊を迎えていたことでしょう。そうなれば地図上からも消えてしまっていたかもしれません。
今はもう世界のどこにいらっしゃるのかも分からない、半分だけ血の繋がったリヒト様の唯一の弟。
そういえば従者の方も一緒に追放されたそうですが、今も彼がフォンセ様の面倒を見ていらっしゃるのでしょうか?それとも早くに見切りをつけて、一人でいずこかへ行かれてしまわれたのか。わたくしたちにはもう、それを知る手段はないのですよね。
「トリア。もし何かを思い出したら、私にそれを話せるようなら。その時には、色々と教えておくれ?」
『ふふ。もちろんですわ、リヒト様。わたくしリヒト様に隠し事なんて、するつもりありませんもの』
この恋心すら、リヒト様はご存じなのですから。
もうこれ以上に、わたくしは何を隠せばいいというのでしょう。
ねぇ?リヒト様。