50.お約束、しましたから。ちゃんと戻ってまいりましたよ?
「ですが、この後の計画に支障が出るのでは?」
「まぁ、多少は疑われるだろう。だがそれも第二王妃と第二王子、そしてアロガン・アプリストスの処罰が決定するまでだ」
「旦那様は一切関わっておられませんからね。ですが……第二王妃派の貴族たちからの反感を買いますね」
「だからこそ、だ。それを王族に向けさせる。そしてその中の誰かが雇った殺し屋に、王族は全員命を奪われて終わる」
『国そのものが滅びますわよ!?』
なんて大それた計画を!!
いえそれ以前に、いったいいつからそんな計画を!?
「そちらの手配は、すぐにいたしましょうか?」
「いや。今探られたら困る。俺が戻ってから始めても、アプリストス家の血を根絶やしにするまでには時間があるだろう」
「地方から第一王子派の貴族が戻ってまいりますので、急がれた方がよろしいかと」
「それまでには間に合う。何と言っても、間抜けな貴族たちが情報を多く残してくれているからな」
『宮中伯として取り締まってきた今までの資料を、悪用する気ですわね?』
この方のお仕事の一つに、城内における貴族犯罪の取り締まりがありましたもの。
なるほどだから、他の方に割り振らなかったのですね。怪しい会話をしている貴族たちに声をかけていたのも、そのためだったのでしょう。
初対面時にはわたくしてっきり真面目にお仕事をされている方なのだと思って、応援までしてしまいましたもの。よーっく覚えておりますわ。
「明日には文書と、今までの悪事を暴いた資料を持って登城する。しばらくは帰らないかもしれないが、後は頼んだ」
「承知いたしました。お気をつけて」
軟禁生活になる可能性は、既に視野に入れているということですわね。
となれば。
『それを逆手に取ってしまえばいいのですもの。思う存分、利用させて頂きますわね』
バッタール宮中伯を軟禁中に、お屋敷の捜索をとリヒト様に進言致しましょう。おそらくこれに関しては、どの貴族からも反対意見は出ないでしょうから。
お二人が書斎から出て行くのを見届けて、わたくしは急いでお城へと飛んで戻るのです。
あれだけ情報が得られただけでも十分ですし、何より明日には事態が急変してしまうのですもの。その前に対策を考えなくてはいけませんものね。
『待っていて下さいませ!リヒト様に必要な情報を今、わたくしが持ち帰りますわ!』
カーマ様では手に入れられない情報を!!
けれど正直どうしてバッタール宮中伯が、しかもいつ頃からそんなことを計画していたのかは、分からないままなのですけれどね。
それはまぁ、バッタール宮中伯を軟禁後にでも問い詰めていただくとして。
まずはリヒト様のお部屋に直行なのです!!
『リヒトさ――』
あら、真っ暗ですわ。
考えてみればそうですわよね。この時間はまだ、お食事や湯あみの時間ですもの。
『わたくしとしたことが、恥ずかしいですわ』
誰も見ていないのに、つい両手で顔を覆ってしまいます。
もう本当に、肉体があったらきっと顔が真っ赤になっているところですわね。お恥ずかしい。
『もうもうっ、本当に――』
「トリア……?」
『っ!!』
聞こえてきた声に驚いてつい振り返ってしまったわたくしを、扉を開けたまま少し驚いたように見上げていたのは。
数日ぶりにお会いする、リヒト様。
『リヒト様……!』
「戻って、いたのか……」
『はい、リヒト様。お約束、しましたから。ちゃんと戻ってまいりましたよ?』
「あぁ……あぁ、トリア。……お帰り」
扉を閉めて、ゆっくりとこちらに向かって来るリヒト様は。
ふんわりと、それはそれは美しく微笑んで。
両手を、広げていらっしゃるのですもの。
『リヒト様……。はい。ただいま、戻りました』
まるで吸い寄せられるように、当然のように。
わたくしはその触れられないはずの腕の中に、そっと透ける体で寄り添ったのです。