46.お約束、しますわ
「トリア、一つだけ約束してくれないか?」
『何を、でしょうか?』
「必ず……必ず、私の元へ帰ってくる、と。何事もなく無事に、必ず……」
触れられているわけではないはずですのに、なぜかリヒト様が腕に力を込めたことだけは分かってしまって。
そしてそれだけで嬉しくなってしまうわたくしの心は、もう既にずっと前からリヒト様ただお一人だけに向かっていたのでしょう。
「途中で消えたりしないでくれ」
『もちろんですわ、リヒト様。わたくしは必ず、リヒト様の元に帰ってきますもの』
ふと見上げた先で、鮮やかな青の瞳が僅かな翳りを持ちながら。けれど真っ直ぐに、確かにこちらを見つめていたのです。
隠しきれない、熱を湛えて。
(あぁ、リヒト様……。わたくしたちは、なんて……)
なんて、報われない想いを抱いてしまっているのでしょうね。
わたくしがリヒト様に向ける視線にも、同じ熱が込められているのでしょう。だからこそ、それに気づかないほどわたくしも愚かではないのです。
けれどわたくしは、今あえてそれを口にするのではなく。
『お約束、しますわ。……必ず、朗報を持ち帰ると』
「……別に、そこは約束しなくてもいいんだが?」
『あら、大切なことですわよ?だってわたくしの勘が、バッタール宮中伯が怪しいと告げておりますもの』
「君の勘は、当たるのか?」
『幽霊ですもの!当たるに決まっていますわ!』
少しでも、普段と同じリヒト様に戻れるように。殊更に明るくそうお伝えするのです。
「いや、どこにそんな根拠が……」
『まぁまぁリヒト様、わたくしを疑っていらっしゃるのですか?』
「そういうことじゃないだろう!?」
『うふふ。でしたら信じて待っていて下さいませ』
わたくしは必ずここに、リヒト様のいらっしゃる場所に、帰ってきますから。
だからそんなに、心配しないで下さいませ。
「そう、言われてしまうとなぁ……」
『それにリヒト様、わたくし良いことを思いつきましたの』
「今度はなんだ?」
優しくわたくしの目を覗き込んでくるリヒト様が、僅かに首を傾げたのと同時に。その柔らかそうな金の髪が、さらりと首元から落ちていくのです。
あぁなんて美しいのかしら、と。思わずうっとりしそうになる自分を奮い立たせて。
『リヒト様、わたくしとも一つ約束して下さいませんか?』
「何を、かな?」
『もしもわたくしが生まれ変わったその時には、リヒト様が必ず見つけ出して下さいませ』
「っ!?」
それは、未来の約束。
『いつになっても構いません。リヒト様がリヒト様でなくなったとしても、わたくしがこのことを覚えていなくても』
それでもいつか、わたくしを見つけ出して下さったら。
わたくしはそれだけで良いのです。
『わたくし自身がまだ生きている方に賭けるよりも、ずっと可能性が高そうではありませんか?』
「君は……」
幽霊が存在しているのですから、生まれ変わりだってあっておかしくはないでしょう?
何よりリヒト様に、未来への希望を持って頂かなくては。
「本当に、敵わないなぁ……」
ですからリヒト様、そんな風に笑っていて下さいませ。
それに。
『今回は今生の別れではありませんわ。ちょっとお出かけしてくるだけなのですから』
「そう、だね。じゃあ私は、君が無事帰ってくると信じて待っていよう」
『えぇ、そうして下さいませ!』
わたくしだって、このままいなくなるつもりはありませんもの!
「行っておいで、トリア」
『はい。行ってまいりますわ、リヒト様』
開かれた腕の中から飛び出して。
わたくしは勢いよく窓の外、バッタール宮中伯のお屋敷へと向かうのでした。