42.何でしょう?幽霊の、勘?
結局、アプリストス侯爵の登城の日もリヒト様は普段通りに過ごされて。何事もなく日々を過ごしているのです。
が。
『なぜでしょうね。どうにもバッタール宮中伯の最後の一言が気になって仕方がないのです』
「確かに、彼にしては珍しい暴言だな」
『そもそもあの方は、なぜリヒト様ではなくフォンセ様についていらっしゃるのですか?』
「父上の兄上方のことがあったからだと聞いている。第一王子にばかり目をかけていては、万が一の時に対応ができないから、と」
『ですが、それならばなおさら現状を嘆かれてしかるべきではありませんか?』
「そう、なんだが……。彼が用意した家庭教師たちは、全員フォンセが嫌がらせとして私の元に送り出しているからな。何もしていないわけではないんだろう」
『それは……』
なんだかまた、バッタール宮中伯の苦労を知ってしまった気がいたしますわね。
「当時たった一人残った王位継承権を持つ王子だった父上を、年が近いということも相まってお支えしたのだとは聞いているが」
『そうなんですの?けれど……』
そんな人物であるのならば、どうしてリヒト様のお側に一度もいらっしゃったことがないのでしょうか?
「父上をお側でお支えするためには、私に極力関わらない必要があるんだ。私がまだ幼い頃、特別目をかけた貴族たちがことごとく地方へ飛ばされたらしい」
『それは、アプリストス侯爵が?』
「直接ではないが、まぁそうだろうな。当時からあの体型で本人は知る由もなかっただろうが、第二王妃が許さないだろう?」
それで権力と財力を振りかざして、自分にとって不利な状況を作り出すかもしれない相手を政治的に追い落とした、と。リヒト様はそう説明して下さいました。
「むしろ私としては、トリアが何にそんなにこだわっているのかが不思議で仕方がない。正直叩いても何も出てこなかった数少ない相手だったんだが?」
『何でしょう?幽霊の、勘?』
「そこはせめて女の勘とでも言ってくれないか!?」
あら、だって幽霊の方が勘が鋭そうではありませんか?
けれど真面目に、何か気になるのですよね。モートゥ侯爵とはまた違って、こう背中がムズムズするような、何かがあるのです。
『正直怪しくなさそうな人物を一度疑うべき時期だと思うのですが、リヒト様はその辺りどう思われますか?』
「それは……確かに、そうかもしれないが……」
そうなると、リヒト様は数少ない信頼できるお相手も疑わなければならなくなってしまいますものね。その精神的負荷は、計り知れないものがあるのでしょう。
けれども。
『だからこそ、わたくしの出番ではありませんか!あ、ちなみにカーマ様とリヒト様付きの執事は完全なる白ですわ!』
「調べたのか!?」
『当然です。最初は最も身近な人物からすべき、でしょう?』
常套手段ではありませんか?
「いや、まぁ、私では調べようがないのは確かだが……。トリア、君も案外思い切りがいいだけじゃなく仕事が早いな」
『少しでもリヒト様に安心してお過ごしいただきたいのですもの!』
そのために必要とあらば、いくらでも。
なにせわたくし、幽霊ですから。誰に知られることもなく、どんな方の秘密でも持ち帰ることができる便利な存在なのですわ!えっへん!
「だが、そうか。そうなると……」
『リヒト様?』
顎に手を添えて、僅かに顔を傾けるその仕草は、何かを真剣に考えていらっしゃる時の癖なのでしょう。
相変わらず、その美しい金の髪がさらりと揺れますけれど。首元に僅かに髪がかかる様子が色っぽくて妙にドキドキするのだということは、わたくしだけの秘密にしておきましょう。