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~幕間~ 第一王子の憂鬱④

 どこかで、気付き始めていた。


 トリアが消えてしまったのではないかと思った、あの日から――




『もちろんですわ!リヒト様だけが特別なんですの!』

「ッ……。そう、か」


 だから、トリア。

 たとえそこに別の意味などないと分かっていても、一瞬でも期待させるような言葉回しをするのはやめてくれ。


 モートゥ侯爵についても、第二王妃派の今後の動向についても、アプリストス侯爵についても。

 正直今はどうでもいいとさえ思ってしまう。


 それほど、までに。


(考えるな。トリアは既に死した側の存在だ。自らのことを何一つ思い出せないままの、ただの幽霊)


 自らに言い聞かせるかのように、何度も何度も繰り返すそれは。私にとっては、現実を突きつけるだけの事実でしかないはずなのに。

 なぜこんなにも、胸の痛みを覚えなければならないのか。


 答えなど、とうに分かっていた。




「婚約者、か。今急いで見繕ったところで、無駄だろうに」


 こちら陣営の貴族たちから、何らかの打診があったのだろう。珍しく父上から、手紙という文字として残る形で伝えられた。

 見られても問題ないといえば問題ないだろう。むしろ当然の流れなのだから、理解はできる。もしかしたらフォンセにも同じような文面が送られているのかもしれない。


 だが……。もしも本当に、私に選択肢があるというのであれば。

 私は、トリアを……


『どうかされましたか?』

「うわぁっ!?」


 いきなり隣に出てくるな!!驚くだろう!?

 あまりの衝撃に、つい手紙を落としてしまったが。今はそれどころではない。

 むしろ。

 まさに今、彼女のことを考えていたからこそ。

 ちょっとした気恥ずかしさと動揺を隠すように、どうでもいい会話を続けてしまう。


 けれど困ったことに、こんな些細なやり取りを楽しいと。

 そう思ってしまうようになった自分自身がいることも確かで。


(実際、トリアが婚約相手だったとすれば、きっと退屈とは無縁だろうな)


 突拍子もない行動を取る彼女に、振り回されている自覚はある。が、それ以上に不思議と毎日が楽しいと感じられるようになっているのだ。

 今まではただ、惰性で生きているようなものだったというのに。


 だからつい。

 そう、つい。

 願望が、口をついて出てしまったのであって。


(決して、トリアを困らせたいわけじゃあ、ない。ないんだが……)


 それでも欲しいと思ってしまった。

 叶わなくてもいい。ただ、トリアからの答えが欲しい、と。


(望みの無い約束だと、理解はしている。それでも……それでもいつか(・・・)の日のために。彼女がいなくなってしまった後に、私が生きている意味が)


 そこでようやく、生まれるような気がして。



 だから、トリア。冗談でも何でもないんだ。

 本当に、本気で。もしも、君が生きているのなら。

 私は必ず君を探し出して、もう一度結婚の申し込みをしよう。



(叶わない恋なのだと、分かってはいるんだ)


 それでもどうしても、今の私には君しかいないから。

 幽霊に対してこんな想いを抱くなど無意味だと、頭では嫌と言う程理解しているというのに。


「ままならないな。人の感情というのは」


 トリアが再び出かけた執務室の中。まだカーマも戻らないのをいいことに。

 一人自嘲と共に吐き出した言葉は、誰に聞かれることもなくただ消えていく。



 きっといつの日か、私のこの想いすら。

 初めての恋心すら、同じように誰に知られることもなく消えていくのだろう。

 いずれ必ず来るであろう別れの日の。そのずっと先の、いつかの未来で。



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