40.どうしてこんなに、胸が痛むのでしょうか?
『わ、わたくしは……』
「うん」
そ、そんなもしも話に真剣な表情で頷かないで下さいませっ……。
けれど、その……本当に万が一にも、わたくしが死んでいなかった、その時は……。
『そ、そんな奇跡が、もしも本当に、万が一起こった場合は、ですわ。限りなく可能性は無いに等しいけれど、になりますわよ?』
「それでいい。それでも聞いてみたいんだ。私を害するのでも避けるのでもなく、協力してくれる君だからこそ、答えを聞いてみたい」
『っ……!』
それ、は……。つまり、そんな大切なことを幽霊に、既に死んでいるであろう相手に聞いてしまいたくなるほど……。
(リヒト様は、女性から受けるご自身の評価をご存じないのですね)
おそらく生まれるより以前から、存在を疎まれてきた方だからこそ。ご自分のせいで、誰かが傷つくのをよしとしないお優しいお方だからこそ。
極力誰も近づかせないようにと、リヒト様ご自身も常に気を張られてきたのでしょう。
『わたくし、は……』
そんな、リヒト様だからこそ。
自身よりも他者のことばかり心配してしまうお方だから、こそ。
『もしも、本当にその時に、リヒト様がわたくしを必要として下さったのなら……』
「なら?」
『その時には、もう一度そのお言葉をいただけますか?』
お支えしていきたいと、思うのです。
「それは……私の問いに対して、是と答えたと捉えていいのかな?」
『もちろんですわ。それにこのような状況でなければ王族であるなしにかかわらず、リヒト様の妻になりたいご令嬢は大勢いらっしゃったはずでしょうから』
絵画のような見た目の美しさだけではありません。その、他者を思いやれるお優しいお心も含めて。きっと、誰よりも注目を浴びていたことでしょう。
「そう、か。ならその時が来たら、改めて申し込みをしてみよう」
『ふふ。そんな奇跡があれば、ですわよ?』
「あぁ。そんな奇跡があれば、だな」
お互い笑いあってはおりますが、きっとそんなことはないだろうと理解はしているのです。
けれどリヒト様は、どこか納得をしたようなお顔をされているので。きっとわたくしの答えは、間違ってはいなかったのでしょう。
たとえそれが、この先叶えられることがないものだとしても――
「トリアには、それまでにしっかりと覚悟を決めておいてもらわないといけないな。それにしっかりと私のことを覚えていてもらわないと」
『まだ仰いますか!』
「当然だ。これだけ内情を知っておいて、私から簡単に逃げられると思われては困るな」
『まぁ!まるで物語の悪役のようですわよ?』
「王族を捕まえて悪役とは、トリアも酷いな」
『第一王子ですものね。けれど普通であれば不敬に当たるのでしょうが、残念ながらわたくしは幽霊ですもの。打ち首にすることも縛り首にすることもできませんわよ?』
「いちいち物騒な方法を挙げるのはやめてくれないか!?」
『うふふ』
最後はどこか、誤魔化すような言葉選びをしてしまいましたが。
けれどこうでもしなければ、わたくしの方が耐えられなくなりそうだったのです。
だって、おかしいではありませんか。
わたくしは、空腹になることも睡魔に襲われるようなこともなく。そもそも、そのための体も存在していないのに。
それなのに、どうして……
(どうしてこんなに、胸が痛むのでしょうか?)
もはや、痛みを感じることもないはずですのに。
それともこの痛みは、体ではなく心で感じてしまうものだからなのでしょうか?
(もしも……。もしも、そうであるとするのならば……)
たとえ幽霊になってしまっていたとしても、心は無くならないのですね。そしてだからこそ、この痛みから逃れることはできないのでしょう。
いつかわたくしが、本当に消えてしまうその日までは。