38.こんやく……?あぁ、そういえば。第一王子様でしたもの、ね
「それは本当か?あのアプリストス侯爵だぞ?」
『いえ、わたくし全く存じ上げないお方なのですが?』
「いや、まぁ、そうなんだが……」
『目立ちたがり屋さんの割に、登城はされないお方なのですね』
「しないというか、できないというべきか……」
できない?それはまた、どうしてでしょうか?
少なくとも娘が王族でかつ、孫が王子なのですよ?登城できない理由など、どこにあるというのです?
「アプリストス侯爵は、太りすぎていてあまり動けないんだ。だから、滅多に登城しない」
『あぁ。ジェロシーア様やフォンセ様と同じで、残念なお方なのですね』
なるほど納得ですわ。
血は、争えないということなのでしょうね。
「見た目も中身も、太りすぎていることを差し引いても平凡というか、普通の男なんだが……」
『リヒト様?普通の貴族男性は王族に自分の娘を嫁がせて、かつ邪魔者である第一王子を排除しようとはいたしませんわ?』
「いや、まぁ、そうなんだが。そこ以外が平々凡々過ぎて、だな」
『逆に変なところに情熱と才能をお持ちだったのですね』
「毎回失敗してるけどな」
『本人に気付かれているという所も含めて、また残念なお方ですね』
むしろそれでよく、ジェロシーア様を第二王妃として嫁がせることに成功しましたね。ある意味奇跡なのではありませんか?
「だが、このタイミングでとなると……。父上の傍にいる誰かが、アプリストス侯爵に報告でもしたか?」
独り言のように呟かれながら、リヒト様は先ほど落としてしまわれた紙を拾っておられますけれど。
それ、なんですの?折りたたまれた跡があるので、お手紙、でしょうか?
「いやむしろ、私や父上にこんなことを進言してくる貴族がまだいると知って、牽制でもしに来るつもりか?」
『まぁ。何か有益な情報でもありましたの?』
「いいや?ただ単に、いい年齢なんだから婚約者を決めてしまえという催促だ」
こんやく……?あぁ、そういえば。第一王子様でしたもの、ね。
すっかり忘れておりましたけれど、本来であればリヒト様には幼い頃からの婚約者が…………。
『え!?いらっしゃらないのですか!?第一王子ですのに!?』
それはそれで衝撃なのですが!?
「いない。というより、昔から候補者として挙げられた令嬢が危ない目に遭ったり、その家に様々な方面から圧力がかけられたりしてきたせいで、誰も私の相手にはなりたがらないんだ」
『まぁ!』
それは…………何とも言葉にしづらいですわね……。
「お陰で最近ではいい加減に相手を決めろと催促されるようになったんだがな。状況が状況だ。今のままでは、私の相手に選ばれた令嬢が一番危険にさらされるだろう?」
『だから、誰もお選びになっていらっしゃらないのですね?』
「そういうことだ。一応フォンセには候補者は大勢いるんだがな」
『……わたくしがもし候補に挙がれるような令嬢でしたら、フォンセ様はご遠慮願いたいものですわね』
「だろうな。あっちはあっちでどの令嬢も遠回しにそう伝えているようで、私と同じ年齢なのに同じく婚約者がいないからな」
あら?これはもしかして、リヒト様の年齢を聞く絶好の機会なのでは?
逃してはいけないタイミングって、ありますものね!今ここで聞かずして、いつ知れるというのです!
『リヒト様、今おいくつになられたのですか?』
「私か?今年でちょうど二十歳になったな」
『フォンセ様も、同じなのですよね?』
「生まれた年が同じだからな」
なるほど、そうだったのですね。
けれどそれはつまり……。
『リヒト様、女性は待ってはくれませんわよ?』
「だろうな。分かってはいるが、こればっかりは仕方がない」
苦笑しておられますけれども、かなり大きな問題ではありませんか?
リヒト様の年齢を加味すると、適齢期の女性の大半が既に嫁いでおられるか、もしくは婚約者がいらっしゃるか。そのどちらかでしょう?
そして状況が状況などと仰っている間に、どんどん優秀な女性は減っていきますわ。
王族としては、痛手もいいところでしょうに。
「一応絵姿だけは集めさせているようだが、見るよりも先に破棄されていることもあるんだ」
『本当にリヒト様の周りは、敵ばかりですわね』
「いや、そうでもないさ。本当に敵しかいない状態だったなら、今頃私は生きていなかっただろうし」
『サラッと恐ろしいことを言わないで下さいませ』
「事実だからな」
けれど確かに、本当に敵しかいない状態ならば危なかったのでしょう。
隠れていて見つけにくいのかもしれませんが、それでもきっと第一王妃派や第一王子派も少なからず存在しているのでしょう。もしかしたら第二王妃派、第二王子派を装ってるお方もいらっしゃるかもしれませんし。
「だが、そうだな……。例えばこんな女性がいいと、トリアの特徴でも伝えてみようか?」
『え……?』
二重スパイなんて、物語の中だけのお話ではないのかもしれないと、一人考えていたわたくしに。
なぜかリヒト様は、どこか楽しそうな表情でそう告げられたのです。