~幕間~ 第一王子の憂鬱③
それに気づいたのは、本当にただの偶然だった。
ゆっくりと眠りにつけると理解していても、普段の習慣というのは中々簡単には抜けないもので。つい夜中に目を覚ましてしまって、そこから寝付けなくなってしまった。
「はぁ……。仕方がない、水でも飲むか」
念のため、何かあった時のためにと、必ず見えない場所に常に水を用意させている。中和すれば問題ない毒も多いからだったが。
「まさか寝付けないなんていう理由で口にすることになるとは、思ってもみなかったな」
だがまぁ、それそのものに問題はないだろう。少し落ち着けば、また眠れるはずなのだから。
そう思って開いた、カーテンの向こう。机の上に置いたキャンドルの火で僅かに明るい室内は、暗さになれていた目に刺激がないほどの優しさで。
それなのに一瞬、どこか寂しく感じてしまった。
「……?」
なんだろうかと首をひねって、けれど思い当たることがないのでそのまま水を取りに行こうと立ち上がって。
ふと。
「ん?トリア?」
この薄明かりの中でも体が透けて見える、長い金の髪と紫の瞳の彼女の姿が見当たらないことに気付いてしまった。
「出かけている、のか?」
いや、だが。私が眠りにつく直前ですら、特に何も言っていなかったはずだ。
それが、なぜ?
「トリア?トリア、近くにいないのか?」
急激に不安に駆られて、思わず彼女に乞われて与えた名前を何度も呼んでみるけれど。
一向に姿どころか、返事すらない状態で。
「確かに、信頼できる護衛だとは言ったが……」
だからと言って、彼女が私に何も告げずに出掛けるだろうか?しかも、こんな夜遅くに。
いや、別段行動を制限しているわけではないが。それでも今までこんなことはなかったので、初めてのことに戸惑ってしまう。
「何か、あったのか?」
口にはしてみるものの、もし本当に何事かがあったのであれば私が気付かないはずがない。
現に、今こうしていつものように眠りが浅かったのか、目が覚めてしまったのだし。
「それとも、なにか――」
彼女にとっての不測の事態でも、と考えた瞬間思い浮かんだのは……。
「ッ!!まさか!?」
消えてしまったのではないか、と。
そんな、不吉な現実が頭を過った。
「いや、まさか……まさか、な……」
何とか否定はしてみるものの、そもそも幽霊という存在自体があり得ないようなものだ。であれば、何が起こったとしても不思議ではない。
不思議ではない、が。
「そんな、ことは……。トリアッ……!!」
小声だが、先ほどよりも少しだけ強い口調で名前を呼んでみても。
やはり、反応は返ってこない。
「そんな……そんな、まさか。こんなにも、急に……?」
そう考えた瞬間、足元から崩れ落ちてしまうかのような錯覚に陥った。
だってそうだろう。つい先ほどまで、それこそ眠る直前まで、一緒に過ごして会話していた相手だというのに。
目が覚めてみたら、そこにはいなかった、なんて。
「それとも、全て私の妄想だったのか……?」
いや。いや、そんなことなどあるはずがない。
そもそも妄想なのであれば、もう少し常識がある相手のはずだ。あんなにも私の予想外の言動ばかりを起こすなど、あり得る筈がない。
だが、結局。
どんなに名前を呼んでみても、彼女が現れる気配はないまま。
『ただいま戻りまし――……あら?』
「どこに行っていたんだ、トリア」
最終的に彼女が帰って来たのは、夜もかなり更けた遅い時間になってからだった。