29.王城の中だけでは得られない情報ですね
「本当に、よろしいのですか?」
「何がだい?」
「今夜の会に出席なさるなど……」
「既に出席の旨は伝えてあるし、言われた通り黒い馬車も用意した。それに、ほら。ちゃんと出席許可の黒い仮面も届いているんだ」
広々とした品の良いエントランスホールで、長年仕えていらっしゃる執事なのであろう方と、ちょうど侯爵様がお話をされているところでした。
タイミングばっちりですわね!
『それにしても、その仮面が招待状代わりですの?目元を覆うだけなんて、まるで仮面舞踏会のようですわね』
集まるのは紳士だけと聞いておりますけれども。
装飾も何もない、ただの黒い仮面など。少しばかり面白味に欠けますわね。
「黒いハットに黒い仮面に黒いマントで、マントの襟を立てて口元を隠し誰が誰だか分からないようになっているらしいからね。折角存在を知ることになったのだし、一度は参加しておかないと面白くないじゃないか」
「旦那様……」
「知っているだろう?私は他人を手のひらの上で踊らせるのが得意なんだよ」
「そちらの心配はしておりません。そうではなく……」
「そちらも心配しなくていいよ。あの方の信頼を裏切ることなど、私は決してしないからね」
なんでしょうか、この黒幕的な発言は。
優しそうな目元の老紳士のようで、その実は……といったところなのでしょうかね?
けれどそれだと安直すぎて面白くありませんわね。物語であればもうひとひねり欲しいところですわ。
それに今侯爵様は「あの方」と仰られましたもの。それがどなたなのかも、気になるところですわね。
『侯爵様ですから、本気になられた時にはその目元も鋭いものに変わられるのでしょうけれども』
今の所、ただの老紳士でしかありませんわね。あくまで今の所は、ですけれど。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「はい。お気をつけて」
それも含めて、確かめさせて頂きますわ!
『失礼いたしますわね、侯爵様』
聞こえていない、見えていないことを知りながら、それでも一言かけてから同じ馬車に乗り込みます。
それにしても……先ほど上空から見た時には、かなりの数の馬車が同じ方向に向かっておりましたけれど。この国には、リヒト様を亡き者にしようとするお方があんなにもいらっしゃるのかしら?
「いっそ全てを始末してしまえば良いものを。世も末だな」
そう言いながら黒い仮面をつけた侯爵様は、黒いハットをかぶり直して体を隠すように黒いマントを巻きつけました。と同時に、馬車の走る音も止まったのです。
そのまま開かれた扉の外に、案内されるままついていく侯爵様。の上を、わたくしは悠々と浮いてついて行くのです。
やがて一つの扉の前に辿り着いたかと思えば、その向こうには無数の黒、黒、黒。
『色のない世界だなんて、悪趣味な集まりですこと』
黒い仮面舞踏会だなんて、流行りませんわよ?
あら?壇上にいらっしゃる方だけは、お顔全てを覆うような形の銀の仮面なのですね。多少装飾もありますし、あの方が主催者なのかしら?
「いつになったら第一王子を排除できるんだ?」
「この間も毒殺に失敗したと聞いたぞ?」
「ジェロシーア様が差し向けた刺客も、結局何もできずに逃げ帰って来たらしい」
「あぁ。あの突然頭がおかしくなった奴か」
「第一王子に差し向けた刺客は、どうにも全員おかしくなるらしい」
あらあらまぁまぁ。
『これは……王城の中だけでは得られない情報ですね』
リヒト様に毒の詳細はお聞きしていませんが、あの方も随分と過激なことをされているようですわ。
ただ、命を奪われるのとどちらがマシなのか。わたくしでは判断がつけにくいところではありますわね。
「だったら味方のふりをして、どこかに監禁してしまえばいいじゃないか」
見た目はどなたなのか全く分からなくなってしまいましたが、侯爵様がそう発言された瞬間。
まるで言葉に力をお持ちなのかと錯覚するほど、お話に夢中だった方々が全員口を閉じて静かになってしまわれました。
『あら、まぁ。一気に注目の的ですわね、侯爵様』
その中で唯一、部屋に響くことのないわたくしの声だけがハッキリと聞こえて。
同時にどなたもわたくしに目線を向けないことを確認して、本当にリヒト様以外の方には一切認識していただけない存在なのだと、改めて実感したのです。