28.少しだけ、遠出をしてみましょう
この五日間で、何人もの方のお宅に訪問させていただきました。おかげで王城の外の地理もだいぶ把握できましたし、使用人の方々の噂話も聞けて大満足ですわ!
何より一番の収穫は、わたくしは行こうと思えばどこまででもどこへでも行けるという事実が判明したこと。
『これは本当に大きな収穫でしたわねぇ』
つまりわたくしは、カーマ様とは別の方法で様々な情報を持ち帰ることができる、と。その事実に他なりませんわ。
何よりご自宅でくつろいでいる皆様は、きっと聞かれているなどとは思ってもみませんでしょうし。何をぽろっとお話しになるのか、気になるところではありますわね。
けれどまずは。
『ジェロシーア様のガーデンパーティーに出席なさっていた、例の只者ではなさそうな侯爵様も出席なさるようですし。可能であればあの方についていきたいですわね』
リヒト様を監禁しようなどと言い出したのもあの方ですし、人を操るのもお上手そうですし。
何より少し気になるのですよね。良い方になのか悪い方になのかは、まだ分かりませんが。
「トリア?どうかしたのか?」
『あらリヒト様。お帰りなさいませ』
湯あみから戻られたリヒト様が、空中で横になりながら浮いている状態のわたくしを見て驚いたのか、声をかけて下さいました。
そういえばわたくし、こんな風に仰向けで浮いていることなんてありませんでしたわね。少しはしたなかったかしら?
「随分とくつろいだ体勢だったな」
『失礼いたしました。殿方にお見せするような姿ではありませんでしたわね』
「いや、いいさ。それにトリアがそれだけくつろいでいられたということは、誰も侵入していない証拠だからな。安心して眠れる」
そう笑顔で言いながら、いつもと同じように椅子の背に脱いだガウンをかけて、真っ直ぐにベッドに向かわれるリヒト様。
こういうさりげないところが、本当にお優しい方だと思うのです。
「今日は久々に信頼できる護衛が外に立ってくれているんだ。その分しっかりと睡眠をとりたい」
『あら。それでしたらゆっくりお休みくださいませ』
「あぁ。お休み、トリア」
『お休みなさいませ、リヒト様』
不思議と、毎晩の習慣となってしまったこのやり取り。こんな些細な挨拶が少しだけくすぐったい気がするのは、なぜなのでしょうね。
けれどリヒト様が早めにお休みになられるのであれば、むしろ好都合ですわね。
何はともあれ。
『少しだけ、遠出をしてみましょう』
すぐに聞こえて来た静かな寝息を確認してから、わたくしも一度気合を入れ直します。
そうして起こさないようにそっと窓をすり抜けて、ほとんど人影の見えない道を一直線に進んで行くのです。
目指すは侯爵邸!ですわ!
『あら?あちらこちらに黒塗りの馬車?』
しかも全ての馬車が同じ方向へ向かっている、ということは。
『あらあら?もしかしなくても、目的地は同じなのでしょうか?』
そうなると、わざわざ侯爵の馬車に相乗りさせていただく必要もありませんが……。
『情報収集も、兼ねていますし。ダメな時には、この馬車の列を追いかけましょう』
侯爵は既に出てしまわれている可能性もありますし。その場合の保険としては、申し分ないでしょう?
それにあの方の普段の振舞いも、見ておきたい気がいたしますし。
目前に迫っていた侯爵邸に、わたくしは何の迷いもなく突撃したのです。
あ。お邪魔致しますわね。