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27.この方のためにわたくしが今できることは、何でしょうか?

「そう、だったな。今はトリアがいてくれる」

『えぇ。カーマ様とは別の方法で、お役に立ってみせますわ!』

「頼もしいな」


 コトリ、と。グラスがテーブルの上に置かれた小さな音がしたと思った次の瞬間、その手がわたくしのほうに伸ばされて。


『リヒト様……?』


 まるで頬に手を添えようと、近づいてきたその手のひらは――


「……あぁ。やっぱり、触れられないのか」


 わたくしの体をすり抜けて、空中で不自然に止まってしまったのです。


「どうしてだろうな。どうして君の姿は私にしか見えず、君の声は私にしか聞こえないのに。…………どうして、触れることは出来ないんだろうな」


 その、どこか切なそうな瞳に、ランプの明かりが映り込んで。ゆらゆらと揺れる光が、別の何かを連想させそうな。

 そんな錯覚に、陥りそうになるのです。


『っ……ゆ、幽霊ですもの!わたくし幽霊に触れるなんて、聞いたことがありませんわ!』

「……確かに、な。触れるのであれば、それはもはや幽霊ではないな」


 小さく笑ったリヒト様は、納得していらっしゃるようにも見えましたけれど。

 その瞳はまだ、先ほどと変わらず切なそうに細められたままでした。


『あ、の……リヒト様……?』

「あぁ、すまない。少し……眠くなってきた」

『まぁ。でしたら今日はもうお休みになられてはいかがですか?わたくし今日も張り切って見張りのお仕事頑張りますわ!』

「はははっ。本当に、トリアは頼もしいなぁ」


 けれどその声色は、先ほどよりは幾分か明るくなったようにも聞こえて。

 ただ表情だけは見えないまま。リヒト様は椅子から立ち上がり、羽織っていたガウンを脱いで無造作に椅子の背にかけると。


「それじゃあ私は寝るよ。お休み、トリア」

『あ、はい。お休みなさいませ、リヒト様』


 そのまま、ベッドのカーテンの向こう側へと消えてしまわれました。


(少しは、お役に立てたのなら良いのだけれど……)


 小さなことでも、口に出して吐き出してしまわれれば少しは楽になるかもしれない。そう、思う一方で。


(この方のためにわたくしが今できることは、何でしょうか?)


 それ以上にリヒト様のお役に立ちたいと、やはり思ってしまうのです。

 カーマ様のような優秀な方がお側にいらっしゃるのだと理解はしていても、やはり側近がお一人だけというのは限界があるようですし。


(いっそ例の会合に、顔を出してみましょうかしら?)


 わたくしにとっては潜入ですらないのですから。

 場所など、参加されるどなたかの馬車に相席させていただけばいいのですもの。知らなくても問題はありませんわ。

 五日後の夜中、でしたもの。普段であればリヒト様はとうに夢の中ですし。


(一晩くらいでしたら、問題ないはずですわ)


 そうと決まれば、まずは参加される方のご自宅を探るべきですわね。

 明日の朝、車寄せまで顔を出してみましょうかしら?そこから参加されるご予定の方の馬車を追いかければ、造作もないことですもの。

 お城は目立ちますからね。会合開かれる場所からここまで帰ってくる時は、一直線で問題なさそうですし。建物なんて、わたくしにとってはあってないようなものですわ。

 けれど念には念を入れて、少し多めに参加貴族の自宅を割り出しておくべきですわね。いつ出発されるか分かりませんもの。


(忙しくなりますわね!頑張りますわよ!えいえい、おー!!)


 気合を入れる儀式だと書かれておりましたもの。今ここでやらずして、いつやるべきなのか!

 わたくしは右腕を大きく上に突き出して、一人決意を新たにしていたのです。



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