26.お一人ではないですよ。少なくとも、今は
総合評価が500ptを突破しておりました!!
評価して下さった30名の方、そしてブクマ登録して下さった120名の方。
本当に本当に、ありがとうございますっ!!m(>_<*m))ペコペコッ
「第一王妃の子であろうと、王の長子であろうと、後ろ盾がなければ誰にも声は届かない。民たちが疲弊していることに、貴族たちは気づいてすらいないんだ」
普段よりも幾分か暗い声色ですけれど、諦めまでは含んではいないようにわたくしには聞こえました。
民に思いを馳せることができる次代の王族が、リヒト様しかいらっしゃらないのであれば。やはりこの方以外が王になるべきでは、無いと思うのです。
「国とは民がいてこそ、だ。民がいない国など、それはもはや国ではない。腐り落ちるだけの何かだ」
『ジェロシーア様やフォンセ様、それに彼らの側に侍る貴族たちは、自分さえよければ他は関係ないと思っている節がおありなのでしょうね』
「その通りだよトリア。彼らが毎日のように贅沢をするその一方で、税を巻き上げられる民は困窮している。明日どころか今日の食事さえままならないこともあるだろう」
手元にあるグラスの中身をゆっくりと回すその仕草そのものには、あまり意味はないのでしょう。けれどその澄んだ瞳は、別の何かを見据えていらっしゃるようで。
赤い筋がグラスについては消えてゆくその儚さは、ランプ以外の明かりがない部屋の中では見落としてしまいそう。
「私はこうして食事も酒も難なく手に入る。もちろん毒殺の可能性がないわけではないけれど、それでもこれは全て民がいてこそ、だ」
この世界のどなたかにとっては、言葉の通り死ぬほど手に入れたい食事かもしれないというのに。それに毒を入れられる、捨てなければならない。
リヒト様の苦悩は、そこにもあるのかもしれないと。わたくしはつい、勝手にそう思ってしまうのです。
「だが……だが彼らには、それが何一つ見えていない。何も理解しようとしない。ただ沈みゆく船に、喜び勇んで飛び乗っているだけだ」
『その船に乗っていらっしゃる方々が、全員心からの笑顔を見せていることが恐ろしいですわね』
「そうだね。足元から沈んでいるのに、船に乗っているせいで何も見えていないんだから。はたから見たら、随分と滑稽だろうな」
小さくゆがめられた口元は、彼らを嘲笑うものだったのか、自らを嘲笑うものだったのか。それを判別するよりも先に、手元の赤い液体を全て飲み干してしまわれました。
確かにリヒト様の仰る通り、他国から見たらこの国の現状はさぞ滑稽なのでしょうね。国を動かす者達が、国を転覆させようとしているのですから。しかも、自覚一つなく。
「だが、だからこそおかしいと思うべきじゃないか?誰かは途中で気付くはずだろう?良識ある貴族が、全くいないはずがない」
『だから、こそ。このような状況にまで進めた、貴族たちを裏で操る黒幕がいる、と?』
「あぁ、私はそう思っている。むしろそうでもなければ、説明がつかない。いくら父上の王位継承と共に多くの貴族が地方に飛ばされたとはいえ、あまりにも不自然なほどの速さで腐敗が進み過ぎている」
『国が立ち行かなくなるよりも先に、沈めようとしているのでしょうか?』
「そうとしか考えられない。正直貴族などいなくても、役人が仕事をしていれば最低限国は回る。民たちは生活できるはずなんだ。それなのに……」
空になったグラスを両手で弄びながら、真剣な表情で睨みつけるリヒト様は。姿を見せないその存在に、静かな怒りを向けているようにも見えるのです。
この方が憂うのは、国の未来と民たちの生活。先ほどから出てくるのはそればかりで、ご自身の扱いに対して言及されたのは最初だけ。
(この方こそが、正真正銘王の器なのでしょうに)
それすら、姿が見えないどなたかは排したいと考えているのでしょうね。いえむしろ、だからこそ、でしょうか。
リヒト様が王位に就かれては、国を沈められないと。その真意がどこにあるのかは定かではありませんが、そこだけは確実なのでしょう。
『他国からの間者などは?』
「最初に考えてカーマに調べさせた。だが、そもそもここ数十年あまり交流そのものがなかった。出て行った者も入って来た者もいない。先々代の国王陛下の時代から、だ」
『それは……他国からの侵略の線は、ほぼほぼ皆無ですわね』
「そもそも我が国には、アルージエ辺境伯がいる。王国の剣であり盾でもあるアルージエ家がある限り、外からの侵入は考えにくい」
『まぁ!凄いお方がいらっしゃるのですね!』
「そうだな。もしも、かの家が王都にも時折顔を見せてくれていたら……この現状も、もう少しだけ違っていたのかもしれない」
それだけ、信頼なさっているお方なのでしょうね。
「だがそうなればきっと、今度は伯以外の全ての人間を取り上げようとするだろう。今はまだ私が反抗する意思を見せていないからこそ、表立って第一王子を害そうとできないだけだからな」
『大義名分が、何一つありませんものね』
「そうだ。だからこそ、私は今すぐには動けない。何より今の私からカーマを取り上げられてしまったら、それこそ一人で戦わなければならなくなってしまうからな」
『あら。お一人ではないですよ。少なくとも、今は』
わたくしの言葉に、リヒト様はグラスに向けていた視線をゆっくりとこちらに移して。
そうしてゆったりと、微笑んだのです。