23.正直、怪しい人物が多すぎます
『正直、怪しい人物が多すぎますわ!』
「うん。私は数日前に君にそう言ったはずなんだが?」
ここ数日、わざわざリヒト様とは別行動をしていたというのに!
分かったのはあちらでもこちらでも、リヒト様の暗殺計画だとか誘拐計画だとか、第一王子が邪魔だとか。
『そういうお話ばかりなのですけれど!?本当にこの国は大丈夫ですの!?』
「大丈夫じゃないから、そうなっているんだ」
はぁ、と。深刻そうにため息をつくリヒト様の気持ちが、なんだか身に染みて分かった気がしました。
わたくし染みるような身、ないですけれど。
「カーマにも長年探らせてはいるが、一向に相手は尻尾を掴ませない。だからとりあえず警戒すべきは、アプリストス侯爵だけなんだ」
『ジェロシーア様たちはよろしいのですか?』
「あっちは同じ王城内にいるのに、隠そうともしていないからな。逆に全て筒抜けになりすぎて、警戒する必要すらない」
それは……計画に穴があり過ぎませんこと?
やはり見た目通り、あまり賢くはない方々なのですね。そういう方のことを、確か、えーっと……。
『あぁ。残念な方々なのですね。ジェロシーア様もフォンセ様も』
「残念、って……。確かにそうだが、割と君も厳しいというかきついことを言うな」
『前に読んだ本に書かれておりましたの!』
「本より先に自分の記憶を思い出してくれ!?」
それができたら苦労しませんわ。今もまだ、何一つ思い出せないのですもの。
あらリヒト様。そんな風にため息をつかないで下さいませ。わたくしだって出来ることならば思い出したいのですよ?
「とにかく、だ。一人一人確認してまわっていても、時間が無駄になるだけだ。もっと別の方法を取るべきだと私は思うが?」
『別の方法、ですか?例えば、どんなものがありますの?』
「少なくとも尻尾を掴ませないということは、王城内では尻尾を出しすらしていないということだろう?逆に考えれば、王城内で怪しい動きをした人間は除外できる」
『除外してしまってよろしいんですの!?』
「怪しい人間なんて、貴族以外も含めて全員カーマが調べつくした。カーマが私を裏切っていない限りは、問題ない」
何という優秀さですか!!第一王子の側近となられる方は、やはり違いますわね。
しかもリヒト様のおっしゃりようだと、相当カーマ様のことを信頼してらっしゃるようですし。
『……あら?けれどそうなってしまうと、リヒト様やカーマ様が打てる手はもう殆ど残っていらっしゃらないのではありませんか?』
「その通りだ。だから困っているんだ。怪しくない人物まで疑わないといけない上に、暗殺者なんて捕まえたところで自害する奴も多いからなお困る」
自害……。それは、困りますわね。今は少しでも情報が欲しいところですのに。
「まぁ、だからこそ今はアプリストス侯爵と関係のなさそうな貴族を、カーマに探らせているんだ」
『それで忙しそうにしていらっしゃったのですね。道理で』
おそらく唯一の側近であろうカーマ様が、ここ最近全く執務室にいらっしゃらないのはそのせいだったのですね。
おかげでわたくしは、普通にリヒト様と会話ができているのですけれども。
「しかもカーマがいないから、昼間は毒殺の心配もしなくていい。楽なものだ」
『そう、なのですか?』
「これでも一応私も王子だからな。王族が自ら紅茶を用意してまで、執務の手を止める必要もないだろう?」
それが、どう関係してくるのでしょうか?
わたくしがそう疑問に思っていることを感じ取って下さったのか、小さく苦笑したリヒト様はさらに続けて。
「だからカーマがいない間の差し入れは、たとえ父上からの物であっても断っているんだ。取次ぎも面倒だからな」
そう、おっしゃったのです。
けれど実は、わたくしと会話している間は手が止まっていることを知っておりますわよ?
そんなことを思いながら、机の上のペン立てに置かれたままの羽ペンを見ていたせいでしょうか。なぜかお行儀悪く頬杖をついたリヒト様が、どこかバカにしたように笑って。
「あぁ。下手に仕事が出来すぎると、それはそれで目をつけられるんだ。能力なんて必要最低限見せておけばいい」
吐き出すようにそう言った表情が、なぜか。
しばらくの間わたくしの頭から離れなかったのです。