22.黒幕、ということですわね!!
『リヒト様、一つお聞きしてもよろしいですか?』
疑問に思ったのは、お城の中を隅々まで探検する毎日を送る中で、様々なところで当然のように出くわしていたからなのです。
物騒な会話なのに、あまり隠そうともしていないことも多いそれは。
『どうしてこんなにも、貴族たちはリヒト様を目の敵にされているのでしょう?特に何かをしていらっしゃるわけでもないですよね?』
なぜか、リヒト様を邪魔者のように扱う貴族たちばかりで。けれど実際のリヒト様はただ毎日、執務室に籠っているだけなのです。
そこまで目の敵にされる理由が、わたくしには全く分かりませんでしたわ。
「色々と私に不利な噂でも流して、自分に有利になるように事を進めようとするアプリストス侯爵の工作なんじゃないかな?」
『アプリストス侯爵?』
「アロガン・アプリストス。ジェロシーア第二王妃の父親だ」
第二王妃の父親、ということは。
『全ての元凶であり主犯ですわね!!』
なるほど!確かにその人物にとっては、第一王子であるリヒト様は目の敵にしていてもおかしくないほど邪魔なのでしょう!
なんだかわたくし、一気に納得してしまいましたわ。
「まぁ確かに、私が国王になってしまったら計画が狂うだろう。が」
『が?』
「……いや、何でもない」
なんでそこでやめてしまいますの!?気になるではありませんか!!
『そういうもったいぶった言い方はやめてくださいませ!!気になって夜も眠れませんわ!!』
「君は最初から夜も寝ていないだろう!?」
『気持ちの問題なんですの!!』
だって気になって気になって仕方がないではありませんか!!なんというお預けですか!!
そこまで口になさったのなら、最後までおっしゃってくださいな!!
『一体何なんですの!?気になるではありませんか!!』
「ちょ!?近い近い!!いくら幽霊でも、もう少し女性としての慎みを持てないのか!?」
『今はそれどころではありませんのよ!!さぁ!!さぁさぁさぁ!!』
「~~~~~~~っ!!!!分かった!!分かったから落ち着け!!それ以上近づいたら透けるぞ!?」
『その時はリヒト様の胸元から顔を出してやりますわ!!』
「怖っ!!なんだその不気味な構図は!?」
想像してしまわれたのですね。
でもどちらかといえば、不気味というよりもシュールですわね。
「はぁ、まったく……。わかったわかった、言うから少し離れてくれ」
『はい!』
笑顔で元気にお返事。これ、大事ですわ。
「先に断っておくが、私の勝手な推測に過ぎないからな?」
『それでもかまいませんわ!さぁさぁ!!』
「はぁ……。別に、確信もなければ証拠も何もない、ある意味荒唐無稽な話かもしれないが」
ふんふんと頷くわたくしをちらりと見上げたリヒト様が、その金の髪をさらりと揺らしながら一つため息をついた後に。
「もしかしたら、そのアプリストス侯爵ですら利用されているのではないか、と。時折思うことがある」
そう、おっしゃったのです。
そして、それはつまり――
『黒幕、ということですわね!!』
明らかに怪しい人物が主導、に見せかけての、実は真犯人が他にいる!
あり得ますわ!そういった展開、物語にはよくありますもの!!
「あくまで私の推測だ。その域を出ることは、今の所はない」
『それは証拠がないから、ですか?』
「それもあるが、絞り切れないほど腐った貴族が多すぎるというのが一番の原因だな」
全員が怪しすぎて、もはや誰を疑えばいいのかすら分からない、と。
そう深~くため息をつかれるリヒト様は、きっと本気で悩んでいらっしゃるのでしょう。
『そういう時こそ、わたくしの出番ではないですか!!』
「……それで分かったら、苦労はしないんだが?」
『城内は一通り見て回って把握しておりますわ!任せてくださいませ!わたくし幽霊ですから、警戒されませんもの!!』
「見えないからな。そりゃそうだろうな」
苦笑していらっしゃるその顔は、もしかして呆れの表れなのでしょうか?
けれどわたくし、今の状況に納得できませんもの!リヒト様のためにできることをやりたいのですわ!!
それにしても、リヒト様。
きっと気づいておられないのでしょうけれど、先ほどの物憂げなため息。俯いたせいで肩から流れ落ちる金の髪は、上質な絹糸のようで。
まるで、絵画が動いているかのようでしたわよ?
(この状態のリヒト様を他の生きた女性が見ていれば、きっと少しは状況も変わっていらっしゃったでしょうに)
わたくしでは、何の権力も持ちませんもの。
せっかくの動く絵画ならぬ生きた絵画。あ、いえ。リヒト様の物憂げな表情。
どなたも知らないまま、だなんて。残念でなりませんわ。