20.大変ですわ!
あまりにも楽しそうに盛り上がる会話が、まさか全て筒抜けだなんて思ってもみないのでしょうけれど。
この計画、確実に潰してやりますわ!
と、いうわけですので。
『大変ですわ!』
戻ってまいりました。リヒト様の執務室。
「…………君は、もう少し、こう……相手の状況を考えようとか思わないのか?」
『あら、失礼いたしました。何かお取込み中でしたか?』
「必要な書類へのサインを間違えたら、どうしてくれるつもりだったのか」
『まぁまぁ!それは大変ですわ!大丈夫でしたの?書き損じたりしておりませんか?』
「……心配の仕方が、微妙に違わないか?」
なにか間違っていたでしょうか?
実際リヒト様が書き損じてしまわれたら、もう一度その書類を作成しなければなりませんもの。そうなったら手間ですわ。
「もう少し静かに入ってこられないのか?」
『急ぎの用件だったのですもの!それにわたくし幽霊ですわよ?幽霊が静かに横に佇んでいたら、気付いた時に驚きませんか?』
「…………それはそれで、驚くな……。いや、違う。もう少し普通の入り方があるだろう。声をかけるとか」
『ですからお声がけして入って来たではありませんか』
当然、壁からですけれども。
「はぁ……。まぁ、いい。で?一体どうしたんだ?」
『わたくし聞いてしまったのです!リヒト様を誘拐監禁しようとしている、ジェロシーア様と貴族たちの会話を!』
「誘拐監禁、ねぇ。死ぬよりは幾分かマシではあるが、どうせこの先も執務を放棄するつもりなんだろう?」
『まぁ!どうしてお分かりになったのですか!?』
「大体なにが理由でそういう流れになったのかは、もう経験上想像がつく。直接的な私の死を計画しないあたり、どこかの誰かの入れ知恵だろうな」
なんと!?そこまでお分かりになられるなんて!!
一体どんな経験をされて、その結論に至ったのか。一度聞いてみたい所ではありますけれども。
今はそんなことよりも。
『どうされるのですか?だいぶ本格的に、夜中にリヒト様の寝所に刺客を忍び込ませようと計画されていましたよ?』
「いつものことだ。刺されるか攫われるかの違いしかないのなら、迎え撃てばいい。しばらくは毒入りの紅茶でも用意させておくか」
まぁ、物騒。
けれどそこまで用意しなければ、きっと安心できないのでしょうね。
そしてそういった予防策がすぐに出てきてしまうほど、何度も狙われてきたのでしょう。
『リヒト様はゆっくりお休みください。わたくしが見張っておりますので、ご安心くださいませ!』
「……あぁ、うん。気持ちだけは受け取っておく」
あら?どういうことかしら?
もしかしてわたくしでは安心してお休みになれない、と?
『問題ありませんわ!わたくし夜は寝ないと決めましたもの!』
「いや、だから。そもそも幽霊は眠りを必要とするのか?なぁ?必要とするものなのか?」
『さぁ?どうなのでしょうね?』
「曖昧過ぎるだろう!!」
仕方がないのです。だってわたくし、幽霊になったことに今日気づいたばかりなのですもの。
新米幽霊なのですわ。幽霊初心者なのですわ。
「まぁでも、フォンセは何もできないだろうし、してこないだろうな。あいつにそこまでの度胸はない」
『まぁ。そうなんですの?』
「あぁ。だから警戒すべきは、第二王妃の方だけだろう。ちなみに貴族の名前か特徴は分かるか?」
『お名前は分かりませんわ』
「特徴だけでもいい。あとでカーマに調べさせてみる」
『まぁ!カーマ様はそんなこともできますの!?』
「逆に周りが油断してくれている分、必要以上に情報を仕入れてくるぞ?」
まぁまぁ!
ではわたくしも、カーマ様に負けないように頑張らなければなりませんね!
幽霊の、矜持にかけて!!
幽霊の矜持って、なんでしょうね?