19.よく堂々とまぁ……
「だがまぁ、提案だけはしてみてもいいんじゃないかね?」
「おや、侯爵もそう思われますか?」
「命を奪うことはいつでもできるが、奪ってしまった後に能力だけを利用することはできないからねぇ」
整えられた髭を撫でながらそう言うのは、ワイングラスを持ちながらも顔が赤くなっていない老紳士。
この方、今の今までこの会話をどこかで聞いていらしたのかしらね?自然に会話に参加されましたけれど……。
「ジェロシーア様が是とおしゃるのであれば、我が家を監禁場所として提供するのもやぶさかではないが。いかがかね?」
「なんと!?侯爵のお屋敷の一室を貸していただけるので!?」
「そのくらいの協力はしようじゃないか。何より利用するのであれば、生かさず殺さず、が鉄則だよ」
「牢や塔に閉じ込めるのではダメだと?」
「ダメとは言わんがね。下手に人の行き来がなさ過ぎても、何が起きるか分からないじゃないか。逃げられたらどう責任を取るつもりかな?」
「うっ……」
「そう言われますと、何とも言い返せませんが……」
「だろう?」
……なんでしょう、ね?この侯爵と呼ばれた老紳士、どこかほかの方々とは雰囲気が違いますわね。
それにやけに具体的ですわ。まるで最初から計画していたかのよう。
この場にいる方たちは、大なり小なりそういったことを考えたことがおありなのかしら?そうでなければ、そんなに簡単に口にできないはずですわよね?
「ちょうど今ならばジェロシーア様も手が空いておられるのだし、飲み物をお持ちして差し上げるついでと言っては何だけれど、提案してみたらどうかね?」
「な、なるほど。確かに」
「ジェロシーア様は香りの強いワインがお好きなようだからね。私が今持っているこれと同じ物をお渡しするといいんじゃないかな?」
「あ、ありがとうございます!」
「さっそく行ってきます!」
「あぁ。行ってらっしゃい」
まぁ。この侯爵様、恐ろしい方ですわね。
ご自分のお屋敷を提供すると口にしていながら、決して直接ジェロシーア様にはお伝えしないで。他の人物を使って、自らの意見を伝えさせるなど。
『上手くいけば彼らの手柄のようで、恩を売れる。失敗しても自分は関係ないと白を切ればいい。そういうことかしらね?』
自らの手は汚さない主義の御方なのかしら?
彼らも当然のように受け入れて、うまく操られてしまっていますし。
「ジェロシーア様」
「あら、なに?」
「大勢の方とお話しされておりますし、そろそろ喉が渇く頃かと思いまして」
「まぁ、気が利くこと」
ジェロシーア様の好みを把握されていたことから考えても、かなりやり手の老紳士なのでしょうね。
あの方がリヒト様の味方でしたら、きっと心強かったでしょうに。残念ですわ。
「ところでジェロシーア様」
「今後のことで、我々からご提案が」
「提案?なに?」
まぁでも、老紳士の手腕が凄いのもあるのでしょうけれども。きっと信頼されるような、実績のある人物だということもあるのでしょうけれども。
「邪魔な第一王子を世間的には亡き者としたうえで、どこかに監禁して執務を続けさせるというのはどうでしょう?」
「ジェロシーア様もフォンセ様も、煩わしい執務を最大限減らして日々を穏やかにお過ごしになられるべきだと我々は常に思っておりまして」
「まぁ!確かにそれもありよね!」
この方たちのおつむが、だいぶ残念なのも理由なのでは?
「でもあたくし、アレの顔も見たくないわ。生きて同じ場所にいるってことすら憎らしいのに」
「でしたら城の外に出してしまえばよいのです!」
「何も同じ場所に住まわせる必要などないのですよ。何せその時には既に死人、なのですから」
よく堂々とまぁ……。
わたくし、そんなことをこんな誰が聞いているかも分からないような場所で口にできる、この方たちの考え方が理解できませんわ。