17.あら、まぁ……
「はぁ!?毒入りのチョコレート!?ふざけるな!!!!」
あぁ、顔を真っ赤にして怒鳴っていらっしゃいますわね。
けれどどうにも迫力に欠けますわ。むしろ滑稽にしか見えないのは、わたくしの性格が悪いからかしら?
先ほどのリヒト様は、声を荒らげることもなく大柄な男性一人黙らせることができましたのに。
「も、申し訳ございませんっ……!!」
「母上に言いつけるぞ!?ボクの所にこんなものを持ってくるなんて!!」
「そっ、それだけはどうかご勘弁を!!悪気があったわけではなく、邪魔な第一王子を排除しようとした結果でして!!」
「アイツのことを第一王子とか言うな!!本当はボクが第一王子になるはずだったんだ!!」
まぁまぁ。まるで子供の癇癪ですわね。
もういっそ、その母上とおっしゃっていた親の顔が見てみたいですわ。
「気が変わった。言いつけない代わりに、今から自分で母上に報告に行け」
「は、え……?」
「聞こえなかったのか?ボクの言葉が理解できない耳なら、いらないだろ?誰かこいつの耳をそぎ落とせ」
「い、いえ!!聞こえておりました!!はい、もう、直ちに行ってまいります!!」
「フンッ」
あらあらまぁまぁ。過激ですこと。
けれどこの言われた側の怯えよう。これは実際に何度もやっていますわね。
『なるほど。確かにこれは腐敗、ですわねぇ……』
王族の横暴が、目に見える形になっているというのに。誰も止められないのであれば、それはもう腐りかけに他ならないのでしょう。
リヒト様がこれ以上の腐敗を阻止したいと思われるのも、当然といえば当然のことなのでしょうね。
『あら?本当にフォンセ様のお母様の所に向かわれますのね?でしたらわたくしもご一緒させてくださいな』
額なのか頭なのか分からない部分に、大量の冷や汗をかきながら。大柄な男性は、急いで先ほどくぐった扉の向こうへと消えていきました。
わたくしは例のごとく、壁をすり抜けてしまえばいいだけですもの。気楽なものですわ。
「まったく。役に立たない貴族ばっかりだな」
「フォンセ様には相応しくないのでしょうね。いらない王子の排除と共に、そういった役立たずの貴族も順次始末致しましょう」
「なるべく早くしろ」
「承知いたしました」
後ろから聞こえてくる会話も、かなり物騒ですけれど。今はそれどころではないのです。
しかしどうでもいいのですが、リヒト様に執務を押し付けるほどお忙しいようには見受けられませんでしたわ。単純に、やりたくないだけだったのかしら?
『もしくはその能力もないのかしらね?』
当然のように壁をすり抜けて、まだ冷や汗を流し続ける頭頂部を眺めながら。聞こえていないのをいいことに、つい思っていることが口をついて出てしまいましたが。
実際あの部屋の中には書類一つありませんでしたもの。そもそも執務、していらっしゃらないのでは?
『って、あら?フォンセ様のお部屋に向かう時よりも、ずっとお早いのでは?』
歩く速さが、先ほどの倍以上なのですけれど?急がなければいけない理由でもおありなのかしら?
それとも単純に、早く終わらせたいだけ、なのかもしれませんが。
『わたくしとしては、どちらでも構いませんよ?』
なんて、聞こえていないことを分かった上で語りかけてみたりするのです。
これはこれで、楽しいものなのですよ?
「ジェロシーア様!!」
『ん……?』
なんだかそのお名前、先ほどもお聞きしたような?
そう、確かあれは目の細い……バッ……、バ…………バッタール宮中伯!そう、あの方が確かジェロシーア様が開かれているガーデンパーティーが何とか、と……。
『あら?確かにここはお庭のようですわね。それにあちらこちらに大勢の人と食べ物が』
まぁまぁ、わたくしったら。考え事と頭頂部に夢中になるあまり、周りが見えておりませんでしたわ。
だってあの方、本当にびっくりするほど汗を流していらっしゃったのですもの。気になって仕方がありませんでしたわ。
「まぁ!こんな場所で大声であたくしの名前を呼ぶなんて、どこの恥知らずかしら?」
『あら、まぁ……』
一目見て、理解してしまいました。この方がフォンセ様のお母様なのでしょう、と。
髪の色も瞳の色もそっくりなのですもの。それでいて、フォンセ様とは対照的に極端に痩せておられて。
『足して、半分になられた方がよろしいのではなくて?』
見た目の美しさという意味でも、健康という意味でも。
最初にそこが気になってしまったくらいには、あまりにも細すぎたのです。