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遂に転生 ~暇すぎて自我を持ったナレーション~



「別にそんなこと望んでいませんわ!!!」




 少女が口を開いた瞬間に目の前の光景が変わり、彼女の叫びが男に届くことはなかった。

 まあ声は聞こえずとも伝わってはいるだろうから良しとしようと、一先ず辺りを見回した。

 勿論、


「先程まで猫と張り合ってたくせに」


 とその場に居ない存在に毒を吐くことも忘れない。





 周囲は薄暗く、何も見えない。

 死後しばらくの時間を過ごした空間ように、少女という概念のみの状態で漂っているのかとも思ったが、どうやら実体があるようだ。恐らく皮膚に、暖かい水を感じる。

 少女に触れるのは水のみであるため、浮いているのだろう。

 不思議と息苦しくはなく、頑張れば手足を動かせる気がする。



(あら。体の感覚はあるけれど、これは元の体ではないわ)


 手を動かしてみても、何故か視界に映らない為、試しに足をばたつかせてみると、何かにぶつけた。柔らかいものだったので痛くはない。



『まあ、蹴ったわ。初めてよ』

『本当か? 先程まで私も手を当てていたのに……』

『ふふふ、こればかりは母親の特権ね。きっとこれからもっと活発になっていくわ。今までの動きと全く違ったもの。貴方の手にもはっきり伝わる筈よ』

『それは楽しみだ。どれ、もう一度蹴っておくれ~』


 少女は理解した。今の自分は赤子なのだと。

 初めに聞こえた声の持ち主である女性の腹の中で、誕生を心待ちにされているのだろう。

 もう一人分聞こえた声を発した男性は、きっと今女性の腹に手を置いている。

 会話を聞いてしまった以上仕方がないので再び蹴ってやる。


 案の定、大喜びの声が聞こえてくる。


(臨月まであとどのくらいかしら。意識がある状態で長期間過ごすには向いていない場所だわ)


 小さな体で初めての大きな動きを二度も行った少女は、そんなことを考えながら自然と意識を手放した。




 お腹の中の生活は、少女が危惧したほど退屈なものでは無かった。……少なくとも彼女にとっては。

 なにせほとんどの時間を眠って過ごしているのだ。

 更に起きていても「無意識」と言える状態が多く、自然と胎児に必要な運動をしては、外の世界を賑わわせた。

 周囲の生活音や、会話、少女への声掛けなどはその都度理解できるものの、思考はどこかぼんやりとしており、聞き流したり忘れてしまったりすることがほとんどだ。

 そのため、ほとんど何もせずに長い時を過ごしているという自覚を持つこともない。


 そんな日々の中でも、繰り返し聞こえてくる情報は少女の中に蓄積され、自然と「知識」になる。


 例えば、少女が転生 ――常の少女ならば、命はあるが「生まれて」はいない状態で転生と表現してもよいのか。「この世に生を享ける」というのが誕生した瞬間を表すならば自分はまだ転生前の段階だ。とかなんとか小難しい考察を始めるだろうが、現在の彼女が自ら物思いに(ふけ)ることはない―― して最初に声を聴いた男女はやはり彼女の両親のようだ。


 明らかに少なくない数の使用人たちには「奥様」、「旦那様」と呼ばれており、どこかの金持ちだと推測できる。


 時折訪れる客人達は彼らを「こうしゃく(夫人)」と呼ぶので貴族だということも明らかになった。

 聞こえてくるのは日本語のため、デューク(公爵)かマーキス(侯爵)かはわからないが、どちらにせよ偉い人物である。


 「おじいちゃま」を名乗る男性がしょっちゅうお腹に話しかけてくるので、前当主は存命だ。

 「おばあちゃま」に自己紹介をされたことはないが、父親が「母上」と呼ぶ優しそうな声の持ち主がそうなのだろう。こちらが前当主だった可能性も考えられる。


 彼らの名前は今の少女の記憶力では覚えられないようだが、耳慣れた日本人の名前ではない。

 さらに、日本語をベースとして元の世界の和製英語やカタカナ英語も普通に使われている。

 少女はそれらを耳にするたびに


「なんで名前が母国語由来じゃないの?ご立派な名前なのに発音が固いわ!」


 と(のたま)っているが、何度も同じことを考えている自覚すらないだろう。

 因みにに毎回


「そりゃお約束かもしれないけれど、ああいうのは大抵言語も使用文字も違う上で、主人公には何故か理解できるとか、その国で生まれたから知識としてそちらの言語を自然と使っていて、日本語はほかの人にはわからないっていう設定でしょう!」


 を経て


「もう、本当に雑な仕事ね。死んだら絶対文句言ってやるんだから」


 と自己完結している。生まれてもいないのに。




 ある日少女は両親の会話から新しい情報を手に入れる。


『お医者様は、今日か明日には生まれると仰ったわ』


(いよいよだわ。ここから出られるのね)


『性別はどちらだろうか。僕は君の子供時代を知らないから、女の子だったら親バカになってしまいそうだ』

『貴方は男の子でもきっとそうなるわ』


(確かに、生まれてみたら男の子だってパターンもなくはないわね。)


『どんな子だろう。瞳の色はどちらに似るのかな。髪の色は? ああ、早く会いたいよ』

『貴方はこの子にどんな名前を付けるかしらね? まだ候補も決めていないだなんて』


(私の名前は彼が付けてくれるのね。楽しみだわ! 少なくとも奴よりはセンスが良いだろうから―――― ん?)


『君の国では名前の意味や姓との相性に重きを置くのだったね。イーセー王国の名づけはインスピレーションが全てだからなぁ。姿を見た瞬間、名前が降りてくる。なんて僕も半信半疑だよ』


(………………)



 忘れかけていた記憶が蘇る。センス最悪の男が考えただっさい名前を冠する国は、住まう人々の感性までもが創造主(おや)に似るのか。



(とりあえず、期待はしないでおくわ)



 少女の誕生への期待は少し萎んだ。









 さあ、新しい人生の幕開けまでもう少し―――― 張り切って参りましょう。


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