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沈黙の多いティータイム ~明かされる秘密~



「面白そうなことを考えているね?」





 男の微笑は穏やかで、ハーブ達は美しく日差しも優しい。

 開始早々の(やかま)しさに比べればよほど平和なこの空間で、変わったことと言えばそう、()()()()()だ。



「……面白いかはわかりませんが、小説のシナリオについて少し考えていました」

「お、遂にこちらで小説を書いてみる気になった?」


 背中を伝う冷や汗に気が付かないふりをして、澄ました表情を作った少女は考えていたことを男に明かした。

 きっと先程の感情が表情に出ていたこと、何よりその表情を観察されていたことが悔しいのだ、と。



「いえ、そういうわけではないのですが、(わたくし)の好きなジャンルのストーリー展開にはどうしても、ある程度の前提が必要なのだと思い至ったのです」

「悪役令嬢もの、かな? ご都合主義ってやつだね」

「ええそうですわ。『ざまぁ』をされる者が愚かであるほど読者は喜ぶのです。通常ではありえない程の横暴や、教養のある者が皆揃いも揃って無知な女性に首ったけになる状況は、作中で物語補正や魅了魔法の効果として説明されます」

「君は、異様な状態の上に成り立つライバルを求めてはいないんだね」


 仰る通りです。そう言おうとしたのだろう。

 普段ならば、このあたりで漸く久々の男に打ち解けた少女が、一気に心のパーソナルスペースを開放して、そのまま様々な場合の『ざまぁ』の可能性について語り合う時間が始まっている。


 しかし少女はなにかが引っ掛かった。男の存在に慣れて以来の疑問を()()()()()()()のだ。



(奴は何と言った?「面白そうなことを考えている」ですって?「面白いことを考えている顔」や「何か面白いことを考えている」とは違うわ。この場面では違和感がないけれど、ヒロインの悪口を言っているところへ「なんだか楽しそうだね。僕も混ぜてくれる?」と言って割り込む王子と同じだわ。わかっているぞ、と)


 彼女の顔が強張る。相変わらず笑みを浮かべている男が得体の知れない何かに思えてくる。

 最初の疑問は何だったか。察しがいいとは思っていた。


 訪れるたびにアップデートされている少女の趣味について、時折質問をしながらも基本的なことは知っていて話が弾むのは、男の知識が幅広いからだと。


 たまに送られてくる貢物のセンスが、決まってその時々の少女の好みにドンピシャなのは、彼女の同行について逐一何かしらに報告させているからだと考えていた。

 少女を観察し、報告書を(まと)めるものの気配が複数あることには気が付いていたから、様々なことについて勝手に納得してしまっていた。


 いや多分、これらの予想もすべて正しいのだ。その上で男には何かがある。



 そう例えば――――





(心を、読まれている?)





 ――男の笑みは一層深まる。








 少女は考えた。よくよく考えた。これまずっと、心を読まれていたとしたら。


 困ることは……特にない。

 少女は男に対してやましい想いは持ち合わせてはいない。思ったことは大抵言葉にするからだ。

 口に出していない悪口を聞かれていたとしても大して変わらない。


 こちらに来てからは別に変な妄想もしていない。

 心の底でたまに(?)抱く(ほの)暗い感情も、生前から陰鬱とした気配として滲み出ているようなので最早開き直っている。


 楽しいことを考えている時に思考を読まれるのは腹立たしいが、どうせ表情(がんめん)に書いてあるだろう。


 別に不快感は感じられなかった。それもまた腹立たしいことだが。



(まって。もっとよく考えるのよ。私の動向を把握していて、尚且つ手元にその記録がある。会話もするのに先回りして知識やプレゼントを用意しているとしたら、、? え。きもちわるくない? というか普通に考えて監視されている状態にあるじゃないの。なぜ今まで平気で過ごせていたのかしら。心が読める以前に全てが気持ち悪いわ。そうよ。兎がしゃべる時点でおかしいのよ。人間の体を持つ八頭身の兎なんて化け物だわ。)


 ウサギ頭に浮かんでいた笑みが徐々に引き()っていく。心なしか顔色も悪く見える。

 毛皮の色は変わらないが。


(はっ! 耳を入れたら四と半頭身? いいえ、耳を頭にカウントしなければ九頭身になるかしら。やださらに気持ち悪くなっちゃった!!!)


 しょうじょは こんらんしている



(少し試してみましょう。私の心が読めていたら何か反応を示すはずだわ)


 既に男はいくつか素直な反応を見せていたのだが、少女の好奇心が自身に向いたのだ。

 張り切って表情を引き締めることにした。


(まずは、そうね。悪口がいいわ。ええと、、うざいバケモノ変態ロリコン!!)


 男の表情は変わらない。

 悪口を言う、と前置きがあったからだ。なんなら先程から散々言われている。

 気持ち悪いと言われるのは応えたようだが、自身の装い(ラッピング)にそれほどこだわりがない男にとって、少女の先程の罵倒は(認めるわけではないが)ただの客観的事実であり、少女が彼のことを個として認識しているという根拠にもなり得る、非常に愛らしい台詞(セリフ)なのだ。


 悪口なんて言われ慣れているだろうこの男にとっては、こんなものではインパクトが足りないのだ、と少女は次の策を思い浮かべた。


 大胆な胸元のカクテルドレスを身にまとい、地下鉄の通気口の上で「わぁ~お」なシーンを再現してみせる彼の上司。


 少女の想像力は凄まじく、あまりにもリアルな光景が脳内に広がる。

 足元から徐々に上がっていくカメラアングルで、最後に頭が上司という凝った作品だ。


 上司の顔が映ったところで、男のヒゲがぴるぴるっと震えた。


(うーん、反応を示しているようにも見えるけれど表情に変化はないわね。これはなかなか手強いわ。というかなんで奴は真顔なのよ。 そういえば会話が途中だったような、、私の返事を待っているのかしら? ……………真顔で?)


 少女が訝しげに男を見やると、そこには明らかにしまったという表情をした兎がいた。



「貴方は人の心を読めるのですね」


 男は黙ったまま微笑んだ。


「あまりにも会話がスムーズすぎましたわ。私の考えていたことを知っているから、ご都合主義についての話が『私の求めるライバル』の話に繋がった。この不自然な沈黙の間貴方が真顔だったのは、私が貴方のことを試そうとしているとわかっていたから。そうですよね?」


 どや顔で己の推理を披露した少女は、満足したとばかりにおやつの時間を再開する。


 男の行動が気持ち悪いものであることは理解したが、今更気付いたところでもう遅い。

 心を読まれていることに関しても、特に不利益を被るわけではないので構わない。


(彼との付き合いは長いけれど、全く気が付かなかったわ。むしろ今まで彼が普通だと思っていた私の方がおかしいのかもしれないわね)


(ああ、喉が痛いときなんかに声を出さずに意思疎通ができるのは便利かもしれない。むしろ彼との会話は熱が入って疲れてしまうこともあるから、初めから思考で会話すればいいじゃない。彼の喉には頑張ってもらわないといけないけれど)



 ミントティーのおかわりを注ぎながら、男は楽しそうに笑んだ。


「君の声を聴けないのは寂しいから、是非とも声に出して会話してほしいところだ。」

「まあ。やっとはっきり認めましたわ。私の方が貴方に無視をされているのかと思いましてよ?」


 やっと口を開いた男に、少女も嬉しそうに微笑む。

 もし心を読めることを隠しているつもりだったり、男にとって触れられたくない話だったりしたら気まずすぎると思っていたのだ。


「やっぱり君は面白いね。もっといろんな反応を見たくなっちゃった」


 男の微笑みは普段と変わらないように見えて、明らかに違う。

 瞳の奥に覗くのは好奇心のはずなのにどこか妖艶で、恐ろしいほどに美しく目を逸らせない。


 そういえば、野生の兎は肉を喰らうのだ。そんなことを思い出さずにはいられない。






 ―――― 忘れられていた悪寒が再度少女を蝕む ――――




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