お誕生日凱旋 ~市中引き回し on the オープンカー~
今朝は随分早くに起こされた。
いまいち目が覚め切っていない中身支度を整えられ、まだ涼しいうちに勢揃いした使用人たちに見送られて馬車に乗った。
それからきっと眠ってしまったのだろう。次に目にした光景は見覚えはないが綺麗な庭園だった。
ちょうど馬車から降りたところらしい。私を抱っこしているパパが続いて降車するママの手を取っている。
すっかり明るい空に今度こそお目覚めのすっきりとした思考でここはどこだろうかと考える。
昨日は…………
そう、私の誕生日だったはずだ。今日も朝からパパが居る。
いや、毎晩きちんと帰宅している様子のパパは朝も普通に屋敷に居るのだろうけど。
私が起きる前にお仕事に行ってしまうだけで。
そう考えると昨日も今日も親子三人そろって朝を迎えていることにほくほくとした気持ちになる。
思わずパパとママのお顔を見上げてニマニマしちゃうと、二人とも蕩けそうな笑顔を返してくれた。
っといけない。何を考えていたんだったかしら。
振り返りパパの進行方向に目を向けると、前を歩く使用人風の女性。とっても姿勢が良い。
もう一度視線を戻せばパパの肩越しに、見覚えのある人が何人か。その後ろには武装した男性が二名。
(………………連行されているのかしら?)
背景には色とりどりのお花や木々に謎のオブジェ。
舗装された立派な小道に馬車の傍にあった大きな噴水。
赤子を抱いて美しい公園を散歩。ピクニックもするのかもしれない。
なんてことない家族の休日。外出する貴族に使用人や護衛が付いてくるのも不思議なことではない。
どこから見ても平和な状況証拠。
しかし私の勘が囁く。
何やら嫌な予感がするぞ。と。
また振り返ってみれば先程と変わらず姿勢よく歩みを進める女性の先には、何故今迄視界に入っていなかったのか不思議なほど立派な塊。
見慣れた我が家も人が住むには大きすぎる建物だが、それとは比較にならない程の巨大建築物。
それは見ようによってはお城――――――に見えなくもない。
果たして目的地は休日の家族のお出かけ先として一般的な場所なのであろうか。
否。他に家族連れは見当たらない。なんなら見える範囲に存在する私たち以外の人々は全員顔と服装に``仕事中``と書いてある。
導かれる答えはただ一つ。
――――陸と海がテーマの夢のパークか、世界観を考慮するなら世界最大の博物館ね。
誕生日を迎えた娘のお祝いにパパが貸し切りにしちゃったんだわ。
(そうきっとそう。パパったら大胆なんだから。そういう大規模な親バカ行為の積み重ねが未来の私を勘違いワガママ令嬢に仕上げるのよ!)
わかっている。多分違う。
だけど今だけは目を逸らしていたいの。
この漠然とした嫌な予感の答えから。
だって現在お子様な私の勘なんて当てにならないかもしれないもの!そうよね!
立ち止まった女性が譲った道の先、重厚すぎる扉が勝手に開く。
なんとなく中を見ないようにとパパの胸に顔を埋めた。
――――――――――
そうして思考を放棄していつの間にかたどり着いた煌びやかすぎるお部屋であれよあれよという間にめかしつけられた私。
さっきお家できちんとお出かけ用の幼児服に着替えてから来たのだけれども。
明らかにおかしい。
いえ衣装には文句ないわ。
ママの侍女が抱えていた荷物はピクニックの道具や食料ではなく、それはそれは可愛いお洋服だったわ。
レースとフリルがふんだんにあしらわれたふわふわのそれには、緻密な銀の刺繍が施されていてとっても高そう!
子どもの成長は早いから服なんてすぐに着られなくなるのよね。
ただでさえ豪華な衣装は日常的に着るのもではないからもう二度と着ることはないのではなかろうか。
(勿体ない!こんなに素敵なのに!一体いくらしたのかしら、、)
明らかに高級品とわかるそれに、可愛い衣装へのときめきよりも恐れ多さと若干の呆れが勝ってしまう。
「琳佳、入るよ」
ノックの後にかかった声にママが返事をして、開けられた扉からパパが入ってくる。
「やあ二人とも、とっても綺麗だね。よく似合っている」
「貴方も素敵よ。また恋に落ちそう」
「私はいつだって君の恋の落とし穴にはめられ続けているよ」
「貴方が故意に落ち続けているのでしょう?」
ハハハハハ、フフフフ……
と何事かを言い合って盛り上がっている美麗な二人に、何故だか胸やけを覚える。
まだまだぴちぴちのはずのこの肉体だけど、今世ではこういったことがままあるのよね。
まあ理由はだいたいわかるけど。
二人もそれぞれ衣装替えをしたようね。
ママの姿は先に見ていたが、二人並ぶと物凄く絵になる。
淡いラベンダー色のシフォンドレスに身を包んだママ。
ギャザーのかかったオフショルダーに大きく広がるプリンセスラインというそのデザインは、一児の母がと思うと少し幼くもあるが、可憐という言葉が似合いすぎるママが着ると妖精の国の王女様にしか見えない。
紺青の髪に藍の瞳を持つママは髪型や衣装のデザインでがらりと雰囲気を変える。
清楚系に可愛い系、セクシー系にだってなれちゃうママは、正に私の理想である。
この世界でも様々な系統の服を余すことなく楽しみたい私は今から遺伝子の力に期待している。
ふわふわに仕上げられたシニヨンを飾るのは繊細なパーツがからなる大ぶりのヘッドピース。
ボリュームたっぷりのスカート部分にはさりげなく同色の小さな花が散っている。
高価な宝飾品はどこにもないが、その存在自体が輝いている。
対するパパは濃紫。男性の衣装に興味は微塵もないが控えめに言ってかっこいい。
二人並ぶと大変絵になる。
どこぞの舞踏会にでも行くような格好だけど、幼児連れでそれはないわね。
ならばお茶会かしら。いくらヴィオラちゃんが空気の読める赤さんと言えどまだ敷居が高いんじゃない?
それとも「子育て広場~Ver.高貴な皆さま~」なるものが存在するのかしらね。
時々訪れるカーティスママ以外にママの「ママ友」を私は知らないけれど、自宅でのママ友会の次の段階は一歳以上の赤さまを連れていける格式高いサロンなのかもしれない。
そう納得した私だったけど、パパに抱かれてたどり着いたのは先程の庭園だった。
正確には、庭園に停められた馬車の前。
乗ってきたものとは違う、それは見事なキャブリオレ。
後ろに空き缶でもぶら下げて走り出しそうな、豪華な装飾の真っ白なその軽装馬車はきっと浅草散策にぴったりだ。目立つでしょうけど。
(なんて、現実逃避している場合ではないわ。)
今朝乗ってきたのは大きな箱型のもの。座席は向かい合わせで二列あり、快適な乗り心地。
朝早くから多くの人々が居た大通りには、何台かの馬車も行き交っていたように記憶している。
見た限り明らかな荷馬車以外は同じような箱型だった。
つまり乗り物としては箱型馬車がポピュラーであろうこの世界で、屋根を取っ払ったこのコンパクトな馬車は所謂「見世物仕様」ではなかろうか。
――いあやまあ無駄に豪華な装飾を考慮すればそれは推理するまでもなく明らかなのだけれども。
(いったい何のパレードをするつもりなのよ!!!誕生日だからってこと!?親バカ?さては親バカなのね!!!?)
嫌な予感の正体はこれだった。
パパに抱かれて乗り込んだ純白のオープン馬車が無慈悲にも街に向かって走り出す。
(ぜー---ったい悪目立ちするじゃない!何の罰ゲームよ!!!!)
――――――――――
(つ、疲れたあああああ)
そしてものすごく恥ずかしかった。
街に繰り出した馬車へ、なぜか大勢の人々が手を振り歓声を上げた。
最初は物珍しさからだとも思ったけれど、それにしては人数が多すぎる。
まるで待ち構えていたかのように、進めど進めど街道沿いを人々が埋め尽くしている。
それは正しくパレードだった。
そして私にとっては刑罰に等しかった。
そうしてぐるりと街を巡った馬車は件の庭園にゴールし、あろうことかそこには如何にも高貴な装いの人々が集っており、私たち一家を出迎えた。
街でも幾度となく聞こえた「おめでとう」の言葉を浴びながら私は察したわ。
まさかこれは――――――――
パパが侯爵家の権力をフル濫用して人々に私の誕生日を祝わせているのではないか、と。
いえ最早確信したわ。とても信じたくないことだけど。
きっとハッピーバースデー令嬢として有名になるのだわ。
幼いうちはそれをネタに同世代の子供たちに散々からかわれ、誕生日の度に手押し車に乗せられ引き回される。
でも成長と共に分別の付いた彼らはやがてその事実を口にしなくなる。
その代わり同情の視線を向けられるかはたまた憐みのあまり視線を逸らされるか、視界に入った瞬間堪えきれず真顔で吹き出されたりするようになるのだわ。
(お先真っ暗じゃない。悪役令嬢以前に令嬢として外にも出られないわよ)
グッバイ私の転生ライフ――
…………というかこれ毎年するつもりじゃないでしょうね!!!?
絶対に嫌よ!!何が何でも阻止するわ!
来年は二歳。二歳頃なら状況を把握して拒否するくらいの知能があってもおかしくないわよね?
今日は「何にもわかりませんが何か?だって幼児だもの」って自己暗示をかけてにこにこ過ごしてたけど、来年はきっとイヤイヤ期だから準備段階で思い切り嫌がればいいのよね?
よし決めた。誕生日=晒し者の危機、だ。絶対に覚えておこうそうしよう。
一歳のお祝いのパレードは貴族の子女であれば皆大なり小なり必ず経験するイベントですが、
ヴィオラは向こう数年はその事実を知らずに過ごします。
しかもかなり強烈な出来事だったため現在の「すぐ忘れる程度の能力」をもってしても立派な黒歴史として彼女の記憶に鮮明に刻まれ続けます。