グレイフォード家の仲間たち ~キッチンメイドは見た~
「さあさあ、あなたたちも早く身支度をして出かけなさいな。折角のお祭りなんだから」
朝食の後片付けを終えたマーサたちに、料理長ラングスターが言う。
今日はお嬢様の1才を祝う成祝祭である。
主役である屋敷の主たちに、外国の王族である昨晩のお客様たちは今朝から王城に招待されており、夜も不在なので使用人たちも休暇をいただいた。
従者のオースティンと侍女数名は王城に同行するが、それ以外の者は先程の見送りが終わったのちに皆出掛けていった。
屋敷に残っているのはキッチンメイドとラングスター、執事のアルフレッドだけである。
「ええ!?ラングスターさんも一緒に行きましょうよ!!!」
キッチンメイドの中でも特に彼女を慕うマーサは、彼女を置いて先に行くなど考えられない。
きっとまだやることが残っているのだ。
マーサに手伝えることなら手伝いたいし、そうでなくとも終わるのを待って一緒に屋敷を出たい。
「私はまだやることがあるから後で向かうわ。大丈夫、そんなに時間もかからないから」
案の定仕事が残っているというラングスターに、ならば待つか手伝うと言おうとしたマーサに
「マーサ!的あてゲームをするんでしょう?早く行かないと良い景品が残っていないかもよ!」
「きっと大きなぬいぐるみがあなたのことを待っているわ!」
同僚のお姉さんたちが声を掛ける。
使用人の中でも最年少のマーサはまだ11歳。
同年代の子よりも少し幼い彼女は、的あてゲーム・大きなぬいぐるみという言葉に慌てた。
「早く来てくださいね!!!」
とラングスターに念押しし、おめかしに余念のない同僚たちを今度は急かして街に繰り出した。
――――――――
的あてゲームで大きなウサギのぬいぐるみ――屋台のおじちゃんに3回目のじゃんけんで勝利した戦利品である――を手に入れ、世話好きの同僚に買ってもらったウサギ型の飴細工を味わったマーサはラングスターを探していた。
適齢期の同僚たちにいつまでも子守をさせるわけにはいかない――そのくらいの気遣いはマーサにだってできる。そもそも保護者が必要なほど子供でもないのだ――ため、小学校の頃の友人と遭遇したタイミングで別行動をとっている。
その友人とも別れ、暇になった彼女はこの場にいるであろうラングスターと合流してパレードを見ようと思ったのだ。
地区中の人と地方から訪れている人とでごった返している広場だが、人口密度はそこまで高くない。
こんなに人が集まっているのをマーサは見たことはないが、開けた空間で多くの人が各々休憩スペースに座っているため、混雑具合は昨日のパーティと同じくらいだ。
(素敵なパーティだったなあ。初めてお嬢様を近くで見たけど、本当にかわいかった~!小さなお姫様だった!!)
屋敷に仕えているとはいえ、主人たちとは顔を合わせないキッチンメイドにとって、お嬢様を見かける機会など普段は時々乳母に抱かれて敷地内を歩いている様子を遠目に眺めるくらいである。
グレイフォード公爵家の内輪でのパーティでは恒例の、使用人参加のダンスも勿論楽しかったが、多くの使用人たちがそうであるように初めて近くではっきりと見えたお嬢様の記憶の方が色濃い。
更には当主による再現魔法で成長記録もシェアしてもらえるという格別な贅沢を味わった。
若い使用人たちの中には他国の王族が同席していることに緊張して記憶が曖昧な者もいたが、物心ついたころから公爵家というある意味異世界で過ごしているマーサは感覚が麻痺している。
昨日会った愛らしいお嬢様や着飾った奥様、異国のお客様方の見慣れない衣装を思い出して心を躍らせていると、休憩スペースに腰掛け談笑している男女が視界に入った。
後ろ姿でもすぐにわかるラングスターさんと
――――アルフレッドさん?
使用人の中でも最古株である二人は日頃から仲が良く仕事の連携もばっちりだ。
時々食堂でお酒を飲みながら談笑している様子も見かけるし、これまでそれを疑問に思ったことはない。
今日も残った仕事を片付けた彼女は戸締り担当のアルフレッドと共に会場に来たのだろう。
普段のマーサならここで二人と合流して、孫と祖父母のような形で一緒に祭りを楽しむところだ。
しかし今日のマーサは冴えている。
同僚たちに気を利かせた時と同じ勘が働いた。
(そういうコトね!!)
出がけにお姉さん方が自分を遮った意味を完全に理解した。
身近な人のロマンスの気配に、ニヨニヨしながら少し観察しようと決めた彼女は
「――――ステイシー。」
アルフレッドがラングスターのファーストネームを呼ぶ甘い声に
ボボボボボボ!!
と顔から火を噴いた。
いや、これから春を待つマーサのかんばせが実際に火傷を負うことはなかったが、それくらい彼女には耐性がなかった。
その場からすぐには動けず、呼吸を止めたまま目も逸らせない。
体感では数十分は経っていたが実際には数秒だろう。
なんとか我に返ったマーサはとにかく脳を冷やすために先程見かけた果実水の屋台を目指して駆けた。
(オトナってすごい……!!)
凄いもの見ちゃった!とやや興奮気味のマーサだが、実際には彼らは仲睦まじく名を呼び語らっていただけである。しかし――――――
その光景は誰が見ても老夫婦ではなく恋人同士のそれであった。
職場の末っ子。
物心ついたときから年上の同僚たちに可愛がられて育ったマーサは、祖父母のように慕う彼らのロマンスを垣間見て、今少し大人に近づいた。
未だ早鐘を打つ鼓動が、彼女自身のことで高鳴る日もそう遠くない――――
(あーびっくりした!なんで今まで気付かなかったんだろう!!)
(それにしても、結局一人になっちゃったし、誰か暇そうな知り合いがいればいいんだけど……)
「あっ!ジョーーーーーーイ!!!一緒にパレード見よーーう!!」
………………遠くない、はず?
――――――パレードの開始まで、あと二時間。
ヴィオラの人生がほとんど進んでいないのに、モブたちがメロドラマを匂わせてくる……だと?
久々の作文に筆が進み、気が付けばもうすぐ朝でござい☆
やうやうお空が白んできてます^^
時間を気にせず妄想できるの幸せすぎるぅ~~~↺
by無職
誤字脱字チェックをしながら、私は一体何を読ませられているのか?と、、
思いましたとも。ええ。
あとがきを書きながらきっと皆様と同じ気持ちです。
しかし彼らも愛すべきモブなのであります。
せいぜい幸せになっていただきましょう。
次話、ヴィオラちゃんサイド突入します。