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辺境の地へ




 翌朝の出立時、父と妹が邸から出て来た。見送りはないだろうと踏んでいたので、二人の意外な行動に面食らってしまう。


「お姉様、北部は寒い土地だと聞きますわ。お体に気をつけてね」

「ありがとう、ライラ。あなたも体が弱いのだからあまり無理はしないで」


 私の言葉を聞き、父譲りの金髪をさらりとなびかせてライラはにっこりと微笑んだ。


「ご心配下さってありがとう。でも生憎愛されなかったお姉様と違って、シュレイン様が愛する私のためにわざわざ王都でも評判の医師を探して近々呼んでくださる事になったの。ですからご安心なさって」

「⋯⋯そう。それはありがたい事ね」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべるライラに私は努めてにこりと微笑み返した。


 ──悲しくないといえば嘘になる。

 シュレイン様にほのかな想いを抱いた時期があったから。でも彼と最後に会ったのは何年も前の事で、それまでも頻繁に交流があったわけではなく手紙も私からの一方通行でお返事はずっと無いままだった。一方で、ライラから幾度となくシュレイン様との話を聞かされる事で鈍感な私でも流石に悟ったのだ。


 シュレイン様はライラの事が好きなのだろうと──。


 今回の婚約破棄に関しては、バッハール前侯爵様がお亡くなりになったばかりのタイミングだったので驚きはしたものの、いずれはこうなるだろうとある程度は予想していた。しかし、こうしてあからさまに言われてしまうと、分かっていた事とはいえやはり惨めさを感じてしまう。

 だから、せめてもの意地で私は笑うのだ。


 私が微笑むと思っていなかったのか、ひどくつまらなそうな顔をしたライラはふんっと踵を返して邸へ戻って行った。

 今度は、護衛騎士に何やら指示をしていた父がライラの話が終わるのを待っていたかのように私に話しかけてくる。


「お前、わかっているのだろうな?」

「⋯⋯心得ております。私は今後何があろうともこの邸へ戻ってくる事はございません」

「ふん、理解しているならば良い。今日を持ってお前はこのファマシー家とは無縁の者となる。幸い、お相手は()()辺境伯だ。変わり者同士案外気が合うのではないか? まあ、そうでなくとも粗相をしでかして追い出される事がないよう精々努める事だな」


 そう言い残して父も邸へと戻って行った。


 父の背を追いながら見上げた先には立派な造りの邸が建っている。ここでの思い出は決して温かいものばかりではなかったけれど、いざ戻る事のない場所になったのだと思うとどこか寂しさを覚えた。


 騎士の急かす声に馬車に乗り込み、私は約八年過ごした邸を後にした。



◇◇◇



「ちょっと、何度呼べば起きるんですか!? 着きましたよ!」


 開け放たれた馬車の外から怒鳴る声が聞こえて飛び起きた。 


 えっ!? 私いつの間にか寝てしまってたの?


 騎士の声で起こされた私は慌てて馬車から降りようとして、バランスを崩しステップから転げ落ちそうになる。


「っ⋯⋯!」


 衝撃に備えてギュッと目を閉じるが、地面に倒れた衝撃も痛みも無く、何やら温かいものに包まれる感触に驚きハッと目を開けた。


「大丈夫?」


 頭上から聞こえる声に釣られて見上げれば、稀に見ぬ美しい容姿の男性が私を抱き止めている。


「も、申し訳ございません! 私は大丈夫です。あの、あなた様こそお怪我は⋯⋯」

「ん? 大丈夫だよ。羽のように軽いお嬢さんを抱き止めるぐらいわけないさ」


 爽やかに笑いながら私をしっかりと支え、自力で立てるように促す動きがスマートなこの男性は一体どなたなのだろうか。声をかけようとした瞬間、男性は護衛騎士の方へ視線を向け先ほどとはうって変わった低い声で問いかけていた。


「それよりも、君は一体どういうつもりなのかな?」


 騎士は質問の意図が分からないという表情だ。私にも何のことだかさっぱりである。


「令嬢を支え無しに一人で降ろすとはどういうつもりか、と聞いたんだが」


 ムッとした表情の騎士は「お言葉ですが」と男性に切り返す。


「私はファマシー家に仕える者です。彼女はファマシー家から縁を切られた者ですので、そこまでの配慮をする必要性を感じません」

「⋯⋯縁を切られた?」


 男性は眉を顰めながらどういうことだと独りごちている。


「そんな事よりも、私が旦那様より言付かっている件についてですが宜しいでしょうか?」


 護衛騎士のだいぶ失礼な態度と発言に私は冷や汗をかく。

 いくら私が家との縁が切れた者だとはいえ、子爵位のファマシー家からわざわざ娶ってくださる伯爵家の方に対してあまりにもな態度である。


「⋯⋯ああ、これだろう?」


 いつの間にか男性の側には執事服を着た年配の男性が立っていた。そっと銀のトレイに置かれた袋を差し出している。

 男性が騎士の無礼さをスルーしながら袋を手渡すと、騎士は袋の中身をサッと確認した。中身を見た一瞬、ニヤリとよろしくない相貌になったが申し訳程度に取り繕うと「確かに」と頷き袋を大事そうに抱えた。騎士の顔ほどの大きさの袋は、ずっしりとして重量がありそうだなと考えていると同時に、チャリッと金属同士が擦れるような音が聞こえる。


 袋の中身はもしかしてお金?

 ⋯⋯何故こんなタイミングで金銭のやり取りが行われるのだろう。


 不思議に思いしばし物思いに耽る間に、用は済んだとばかりに騎士は御者を追い立てて去って行った。

 え、荷物! と私が慌てて追いかけようとしたが、男性が「大丈夫だよ」と指差す先に全て降ろされておりホッとする。

 私が寝ている間に運び出されていたようで、どれだけ寝こけていたのかと恥ずかしさと申し訳無さで羞恥に顔が火照る中、「それじゃあ、案内するから付いて来て」と男性に促され、私は辺境伯の邸へと足を踏み入れる事になった。



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