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決戦の朝《めざまし落選作》

とあるコンテストの落選作品になります。

宜しければご一読くださいませ…………辛口上等で!( `ー´)ノ

 初めての『おはよう』はどっちも母ちゃんと手を繋いだまま、「ほら挨拶は?」と急かされてだった。

 隣に引っ越してきた同い年の女の子……それから朝に交わされる『おはよう』が何時もの事、日常になって行った。

 最初はおっかなびっくりだったのに、隣の家の同い年の彼女とはすぐに仲良くなった。

 幼稚園になると『おはよう』の挨拶から手を繋いで一緒にバスに乗って通園、帰ってきたら日が暮れるまで一緒に遊ぶくらいに親しくなった。

 でも成長するに連れて、同性の友達がどっちも増えて行くに連れて、手は繋がなくなって行く。

 それでもいつもの『おはよう』はあったけど、小学校の高学年に入った頃にある日突然彼女は『おはよう』を返してくれなくなり、無視するようになった。

 初めのうちは何が何だか分からず自分が何か悪い事でもしたのか慌てたけど、そんな覚えもない……暫くするとこっちも“もう良い”となって『おはよう』を言わなくなった。


『おはよう』を言わなくなってしばらくした頃、彼女が俯きながら言ってきた。


「友達に揶揄われて恥ずかしくなって無視してた。でも『おはよう』って言ってもらえな

くなって凄く悲しかった……ゴメンなさい」


 涙をこぼしながらそんな風に謝る彼女の姿に複雑な想いが募る。

 後で考えれば成長に従って同性間でよくある話だけど、それでも次の日からまた『おはよう』と言い合える日常が戻って来ると思えば、自分にはどうでも良かった。


 それからまた朝家を出て顔を合わせた時に『おはよう』と言い合える関係が戻って来た。

 時にはケンカして途絶える事もあったけど、それでもその習慣が無くなる事はもう嫌だったからか、翌々日には何事も無かったように『おはよう』と言ってケンカ自体を無かった事にしてしまう協定のようなものが暗黙で出来上がっていた。

 そんな日常が、ずっと続くんだとどこかで思い込んでいた……。

                 ・

                 ・

 家から近いという安直な理由で何となく二人とも同じ高校になって、思春期もそろそろ過ぎた最近では前のようにケンカする事も少なくなって来た。

 それでも朝に家を出た時顔を合わせれば『おはよう』と言い合うし、何だったら一緒に学校へ行く事もあった。

 たまにその事を揶揄われる事もあったけど、彼女も昔みたいに過敏になる事は無くなっていて、いつも変わらず『おはよう』と言い合っていた彼女は成長するに連れて、どんどんと綺麗になっている事に気が付けなかったこの時の俺は最高に間抜けだった。

 ……いや、心のどこかで油断していたのかもしれない。

 彼女の一番傍にいるのは自分だと。

 朝一番に『おはよう』と言い合える間柄の男子は他にいない、彼女にとって特別な場所に自分はいるのだと……。

 それが全くの勘違い、最高に恥ずかしい思い込みであった事を一緒に登校したある日思い知る事になった。


「おはようございます先輩!」


 そろそろ校門に辿り着く辺りで急に走り出した彼女は、見知らぬ上級生の男に挨拶した。

 それはいつも俺との『おはよう』とはまるで違う、なのにそれよりも何倍も綺麗で可愛らしい『恋する乙女』の笑顔。

 それがどういう事なのか、察せられない程鈍感にはなれない。

 彼女はあの先輩に恋をしている……初恋なのかそうでないのかは分からないが、いずれにしても自分にとっての特別は彼女にとっての特別では無かった事を突然突きつけられた。

 後輩の挨拶に爽やかに返す上級生と嬉しそうに話す幼馴染の姿に、自分の抱いていた途轍もない勘違いと自尊心が砕け散る。

 そして、途方も無い恥ずかしさと一緒に嫌でも自覚させられる事になった。

『ああ……俺はあの娘が好きなんだ』



 ……次の日から彼女からの『おはよう』が特別に思えなくなった。

 昔から知っている友達、兄弟のように家族のように一緒に育ってきた彼女が俺に見せていたのは友好の笑顔だった。

 俺の事を男として、恋愛対象として見ていない対象外の笑顔。

 彼女への恋心を自覚した途端に大事だったはずの『おはよう』が虚しいものに変わってしまう。

 筋違いなのは分かっているけど、それでもあの上級生が勝手に割り込んできた悪魔のように思えてしまう。

 何もかも、気が付くのも行動するのも自分が遅かったせいなのは分かっているのに。

 それでも俺はまだ彼女の近くにいる事に胡坐をかいていた。

 まだ『おはよう』と言い合える仲なんだから、もしかしたらこれからチャンスがあるかもしれない、なんていう実に都合の良い事を考えていて……それ以上何もしなかった。

 何もせずにただその光景を見ていた。

 彼女が違う人に送る、自分とはまるで違う『おはよう』を目撃するたびに勝手に傷つきながら、いつもの『おはよう』の関係が崩れるのをビビって何もせず……。

 そんなヘタレの俺に……当然のように天罰は下される。

 恋愛の女神は拙速を好むとはよく言ったもの……彼女はどうやらその女神を信じる方だったようで……。


「私ね……好きな人がいるんだ」


 反対に俺は恋愛の女神にはとことん嫌われていたらしい……まさか本人から直接死刑判決を言い渡されるとは……。

 いつもの『おはよう』とは違う、どこか浮ついた様子の彼女から言い渡されたのはそんな残酷な言葉……好きな先輩の気を引きたい、告白したいから協力して欲しい……。


「こんな相談できる男の子って貴方しかいないから」


 幼馴染の異性の『友人』……その関係が決定的に俺を苦しめる。

 どこかの偉い人が『男女間の友情は成立しない』と言っていたのを思い出す。

 その言葉に俺は少しだけ希望を見出していたのに、その言葉は正しくて間違っている。

 正しくは『どちらも異性と思っていなければ成立する』という事を……。

 彼女は思っているのだ……俺とは成立するのだと。

 だが、残念ながら俺と彼女では無理だった。

 何故なら俺は彼女を異性として意識しているから……彼女が自分以外の男と付き合う手伝い何て絶対にしたくなかったから……。


「悪い……それは無理」


 だと言うのに俺が口に出来たのはその一言だけ。

 情けない事に俺はそれだけを言い残して、その場から走って逃げてしまった。

 後ろから幼馴染の呼ぶ声が聞えるけど振り返る事は出来ない、もう彼女の前にいること自体が居た堪れなかった。


 そして……その日を最後に彼女との『おはよう』は無くなった。

 小学生の時とは違い、今度は俺から彼女を避けるという最低な理由で……。

 彼女と顔を合わせる事を極端に恐れて、家を出るのもいつもより30分は早くなった。

 いつも通りの彼女との関係が崩れるのをビビった結果、いつもの日常だった『おはよう』が無くなるのだから皮肉が効いている。

 恋愛の女神は行動しない者に対してとことん辛辣なのだろう。


               *


 初めてのおはようはどっちもお母さんと手を繋いだまま、男の子ってだけで怖いと思っていた私はお母さんの影に隠れながら『おはよう』って言ったのを覚えている。

 引っ越し先のお隣に住む同い年の男の子……それから朝に交わされる『おはよう』は何時もの事、二人の日常になって行った。

 男の子ってだけで最初は怖がっていたけど、一緒に遊んでいる時はいつも気にかけてくれて私のしたい事を優先してくれる彼とはあっという間に仲良くなって行った。

 最初の頃は繋いで引っ張って貰っていた手を、いつからか私の方が引っ張るようになっていて……それでも嫌な顔一つしないで暗くなるまで遊んでくれた彼は私にとっていつも一緒にいてくれる味方、最高の友達だった。


 でも成長するに連れて、手を繋げなくなった。

 それは小学生の時、仲良くなった友達から言われたちょっとした揶揄いが原因。

 言った本人もそんなに深い意味はない、ちょっとだけ私を困らせたかっただけなのは分かるけど……当時の私は耐え切れないくらいに恥ずかしかったのだ。

 彼の事を『旦那様』と言われた事が……。

 私は次の日から、とてつもない恥ずかしさと理不尽な怒りに任せて朝に『おはよう』と言った彼の事を無視してしまった。

 彼は何も悪い事をしていないと言うのに、そんな私に驚き慌てて困っている……でも私はそのまま無視を続けた。

 誰が悪いのかって言えばもちろん彼じゃ無いし、揶揄った友達でも無い……私だ。

 私さえそんな事を気にしなければ済んだ事なのに勝手に無視をして……なのに彼は私が無視しているのに『おはよう』を言い続けてくれた。

 だけどある日の朝、突然彼も『おはよう』と言うのを止めた……もういいやとばかりに。

 それだけで私は動揺した、とてつもなく慌てた。

 もう彼は私に『おはよう』と言ってくれないかもしれない、そう思っただけで恐怖に立っていられなくなった。

 彼は私の無視に何度も同じようにしてくれていたのに、私はたった一回無視されただけで心に穴が開いたみたいに感じて涙が止まらなくなった。

 その日の夕方、私は泣きながら彼に謝った。

 自分勝手な、理不尽な理由も含めて話すと彼は「そうだったんだ。何か悪い事しちゃったかと焦った」と笑ってくれて……次の日の朝にまた変わらない顔で『おはよう』って言ってくれた時、心から安堵したのを今でも覚えている。


 それからまた、朝に家の前で顔を合わせたら『おはよう』って言い合える関係が戻って来た。

 時には些細な言い合いでケンカして途切れる事があっても、またあの時みたいな思いはしたくないと思って次の日には何もなかった顔で『おはよう』って言えば、向こうもそれに付き合って何にも無かった顔で『おはよう』を返してくれる。

 やっぱり彼は私の一番の味方、友達なんだ……そう思っていた。

 ……思い込んでいたんだ……私はバカみたいに。

                 

                 ・

                 ・

                 ・


 そのまま高校は二人とも家が近いからと同じ所に通い始めた。

 変わらない毎日、変わらない『おはよう』何も考えずに居心地の良い朝を繰り返していた私だったけど……そんな穏やかな気持ちとは違う燃えるような気持ちをある人に抱く事になった。

 それはたまたま委員会で一緒になった一つ上の先輩、カッコよくて委員会の仕事をそつなくこなし、まだ慣れていない私をさり気なくフォローしてくれる姿に私は虜になってしまったのだ。

 いわゆる初恋……今時高校生で? と思うと随分遅い気もするけど、私はそんな燃え上がるような熱い気持ちを生まれて初めて知ったのだった。

 私は初恋に浮かれて舞い上がっていた。

 その日から先輩の事しか考えられず、先輩は何が好みなのか、先輩はどういう趣味があるのか、先輩はどんな女の子が好みなのか……先輩の一挙手一投足が気になり、そればかり気にして先輩を目で追ってしまう。

 先輩を見かければ、先輩と話が出来た日はそれだけでハッピーになれる。

 私はそればかり考えていて、朝学校に付いた時に校門で先輩を見つけたら喜んで駆け寄っていた。


「おはようございます先輩!」

「あ~おはよう。今日も元気だね」


 笑顔で返してくれた先輩に舞い上がっていた私は前しか見ていなかった。

 私が駆け出した事でその場に残された彼が後ろから、どういう思いで見ていたのか何て。


 私はそれからも積極的に先輩に話しかけた。

 日が経つにつれてその想いはどんどんと膨らんで行き、次第に朝校門で先輩に『おはよう』を言うのが日々の目標になって行った。

 あんなに失うのが怖かった、何時もの『おはよう』をくれていた彼が何時の頃からか笑っていなかった事にすら気付かず……。

 そんな私だから、決定的なバカをやらかした。

 先輩ともっと親密な関係になりたい、告白したいと思った時に真っ先に相談しようと思った異性の友達は幼馴染の彼しかいないと……。

 彼は何時でも味方でいてくれる、最高の友達なんだと勝手に思い込んで……。


「私ね……好きな人がいるんだ」


 男女間の友情は成立しないって昔の偉い人が言っていたらしいけど、私はそれは嘘だと思っていた。

 だって私には昔から一番親しく、いつも味方でいてくれる男の子がいるのだからと……。

 だから、彼に異性として先輩とお付き合いできるように協力して欲しいと相談した時に聞いた言葉が信じられなかった。


「悪い……それは無理」


 勝手に無条件に協力してくれると思い込んでいた私はその時初めて、彼が笑っていなかった事に気が付いた。

 毎日同じように『おはよう』を返してくれていた彼が一体何時から笑っていなかったのか……そんな事すら分からない。

 ただ、走り去る直前に見た彼の顔は、あの日に見た“諦め”が浮かんでいる気がして胸がズキリと痛んだ。


 そして……その日を最後に彼との朝の何時もの『おはよう』は無くなった。

 今回は私からじゃない、彼からの露骨な変化で……いつもは少し寝坊気味だったのに家を出る時間が30分は早くなった。

 それが私が家を出る時間を避けているのは明らかで……。

 いつもの日常が急に壊れた原因は間違いなく自分の相談が原因だろうけど、その時の私はただ動揺するだけで理由の検討が付かなかった。

 急に無くなった日常に私はどうする事も出来ず、友達に相談する事にした。

 その娘とも付き合いは長く、以前に彼との『おはよう』が無くなりかけた時揶揄ってきた友達だった。

 その友達は彼に恋愛相談をした事を告げた途端、これ以上ないってくらいに激怒した。

 いつものおちゃらけじゃない、心の底から怒りを露にする真剣な声色で……。


「バカかお前は! 誰を好きになるのもお前の勝手だけど、自分に想いを寄せているヤツに協力しろとか……鬼か!? 鈍感どころか無神経にも程がある!!」

「え!?」


 ズキリと鈍い痛みが胸を走る。

 湧き上がる罪悪感に唇が、全身が震えだす。

 彼が、いつも傍にいてくれた男の子が私の事を好きだった?

 気が付かなかった……それで私は一体どれほど彼の事を傷つけていたのか、ようやく思い至った。

 一番してはいけない相手に恋愛相談をしていた……いつでも味方でいてくれる、そう都合よく思い込んでいた幼馴染に……。

 そして思い出すいつもの『おはよう』が無くなりかけた時のどうしようもない喪失感……あの時はどうしたのか……そうだ、泣きながら謝った、それでいつもの朝は、いつもの『おはよう』が戻って来たんだった!

 そう思った私はとにかく彼に謝ろうと思ったけど……その考えを見越してか、友達は言い放った。


「言っておくけど絶対謝るなよ? これ以上アイツに惨めな想いをさせたくなけりゃな」


 そう言ってもらった事で私は辛うじて踏みとどまった。

 そうだ……一体何て言って謝るつもりだったんだ?

 貴方の想いに気付かないでゴメンとでも言うつもりだったのか? それこそ無神経でしか無いじゃ無いか……。


「無神経だったアンタも、そして何もしなかったアイツも同罪、どっちも悪いんだからお互い様だろ」


 友達の辛辣な正論が胸に刺さる。

 そう……近しい異性の友達だと思い込んで都合よく味方して貰おうとか、そんな虫の良い事を考えていた罰が当たったんだろう。

 想いを伝えたいなら自分一人でやるべきなんだ。

 もう自分は走り出してしまった……いつもの『おはよう』を自分から投げだしたのだから、振り返る事は出来ない……してはいけない。

 私は決心する……明日先輩に自分の想いを伝えようと。


              *


 幼馴染のあの娘を避ける為に始めた早起きがそろそろ習慣になりつつある頃、俺はいつも通りにあの娘が家を出る30分は前に家を出たのだが……。


「おはよう」

「……おはよう」


 俺は既に家の前に立っている幼馴染の姿に息を飲んだ。

 彼女からの頼み事を断って以来一度も顔を合わせていなかったのだから、俺はいきなり目の前に現れた彼女にどんな顔をすれば良いのか分からなくなる。

 唯一言えたのはいつも通りだった『おはよう』の言葉のみ。

 ただ動揺する俺だったけど、いつも明るいはずの幼馴染の顔が暗く沈んでいる事に気が付いた。朝日を浴びて光り輝いているのに、その顔はどこまでも影がある。


「振られちゃった……付き合っている人がいるんだって」


 そして彼女が暗く沈んだ顔をしている理由を知った瞬間、俺は自分を殴りたくなった。

 落ち込んでいるのに笑い話にしようと無理に笑おうとする痛ましい姿の彼女を前にして俺が瞬間的に思ったのは、彼女をいたわる事でも彼女を振った先輩に怒りを覚える事でも無い……そんな彼女の不幸を喜んでしまったのだ。

 何もしなかったクセに、誰かほかの人のモノにならなかった事を喜ぶという、ヘタレで最低なクソみたいな考えで。


「そ、そうなのか……」


 彼女がどんな思いで俺の前に現れたのかは分からないけど、それでも求めているのはこんな気の利かない言葉じゃない。

 それは分かっているのに……それ以上の言葉が浮かんでこなかった。

 俺は彼女の友人としても何もできないという事に、ただただ自己嫌悪に陥ってしまう。

 何でも良い、何でも良いから俺が彼女に出来る事、言える言葉は無いのか!?

 落ち込んで伏し目がちの彼女を前にその数秒間で無い頭を振り絞って考えて考えて……ようやく口にした言葉は…………。


「放課後……空いてる?」



 その日の放課後、俺は思いつく限りに彼女を振り回した。

 それはガキの頃に戻ったみたいに何も考えないような、全力で遊び倒すと言うただの憂さ晴らし。

 インスタ映え狙いの山盛りスウィーツを自棄食いで完食し、スコア度外視で力任せに投げるだけのボウリングをやりまくり、絶叫系ばっかりを選択したカラオケで叫びまくる。

 バカみたいに笑ってバカみたいに騒いで……ただの憂さ晴らしのつもりが二人でいつの間にか昔みたいに遊んでいた……手を繋いで。


「今日はありがとう……少しスッキリした」


 そう言って家に帰り着いた彼女の顔は朝よりは明るくなっていた。

 何やかんやで、俺が彼女を勝手に避けていた事がうやむやになってしまった気がする。 

 多分何事も無ければ、何もしなければ……俺と彼女はまた何時もと同じ関係に、朝に顔を合わせたら『おはよう』って言い合う関係に戻るのだろう。

 何もしなければ……また居心地が良かった幼馴染の関係に……。

 今何か余計な事をして、その関係を壊さなくてもまたいつか機会が……。


『それで良いのか?』


 都合の良い、楽な方向で考えようとする甘い考えに俺は疑問を持つ。


『また同じ関係に戻って良いのか?』

『また彼女が恋をして、また同じような想いをする事になっても良いのか?』


 俺は自分がまたしても同じ事をしようとしている事に苛立つ。

 彼女は玉砕覚悟で告白した。

 先輩とやらも有耶無耶にせずに、きちんと真摯に断った。

 その間俺は何をしていた? 何もしていない……何もしないでただただ勝手に落ち込んで、彼女が振られた事を喜んでいただけ……。

 いつかチャンスや機会がやって来るとか…………あるワケない。

 俺は別れ際、「じゃあまた明日ね」とお隣の家に入る寸前の彼女を呼び止めた。


「明日、いつもの時間に一緒に学校行こうぜ。話したい事があるんだ……」

「…………分かった」

              ・

              ・

              ・

 

 窓の外が白く明るく変わって行く……夜が明けたようだ。

 緊張しすぎて一睡もできなかった。

 最低限の身だしなみくらいしないとと思い、鏡を見るとゾンビのように寝不足で目付きの悪い男がこっちを睨んでいる。

 これから告白しようと思っているのにこれでは印象最悪じゃ無いか?

 不意に目に入った朝の占いでの自分の運勢は最下位……キャスターの「ごめんなさい」が白々しく聞こえてしまう。

 気弱な、ヘタレた気持ちが首をもたげて『今日はまだ言わなくても良いんじゃないか?』と誘惑して来て、慌てて首を振って気を取り直す。


「それじゃあ何も変わらないだろ!」


 俺は両手で頬をバシリと叩いて気合を入れ直す。

 ここから元の関係に、昔からの幼馴染に後戻りする事は出来ない。

 毎朝当たり前にあった『おはよう』は今日で最後になるかもしれない。

 死ぬほど後悔するかもしれない……それでも、何もしないって選択だけはどうしても出来ない、したくない!

 占いのラッキーワード『大きな声でハッキリ意思表示』って項目だけを聞き入れて、運勢最下位の部分はもう無視してしまう。

 そして勢いよく玄関の扉を開けた先には、いつもとは違う俺と同じように覚悟を決めたような彼女が立っていた。


                *


 失恋……あれ程舞い上がっていたと言うのに私のテンションはその日、一気に地の底まで落ちて行った。

 ラインからの呼び出し、校舎裏での告白、そして玉砕……まるでドラマのダイジェストみたいに私の初恋は呆気なく終わりを告げた。


「まあ頑張ったじゃん、おつかれ」

「……少しは慰めてくれない?」


 鬱々と落ち込む私に友達はまるで天気の話題でもするように淡々とした口調で言い放つ。

 私が鬱々と睨みつけてやると、彼女はあっけらかんと笑いながらとんでもない事を言い始めた。


「それは私の役目じゃないな~」


 彼女の指す役目を持った誰か……それが誰なのかを察せられない程、私ももう鈍感では無かった。


「止めてよ……私はその人に無神経やらかして散々傷つけて貴女に大説教食らったんだけど? 失恋したから都合よく甘えれるワケないでしょ」


 あの日以来彼とは顔を合わせていない。

 毎日の『おはよう』も彼が私と顔を合わせないように早く家を出るようになってしまったから、それ以来無くなってしまっていた。

 それこそどの面下げて……そう思うのだが、友達は鼻を鳴らして言う。


「だからだよ。今ならチャンスをやるって名目で都合よく甘えられるだろ? まだ悪いことしたって罪悪感があるなら、謝る代わりに機会をやればいい。それをどう使うかはアイツ次第……何もしないならそれまでだろ」

「…………」


 その友達の提案に魅力を感じてしまう私は最低な女だ。

 好きな人が出来たからって傷つけた人に、振られたから都合よく私への想いも利用して慰めて貰おうとか私ってそこまで悪女だっただろうか?

 ……悪女だった。むしろ今まで無意識だっただけにもっとタチが悪い悪女だったな。




 早朝、私と会いたくないが為に早く家を出るようになった彼を自分勝手な理由で待ち伏せた。

 もう会う事は無いと思っていた私が目の前にいた事に、そうして良いのか分からず戸惑う彼に私は俯きながら先輩に振られた事を告げる。

 そう言えば彼は絶対慰めてくれる、優しくしてくれると……彼の気持ちを分かった上でそんな事を口にしている罪悪感で顔を上げられなくなる。

 私って最低だな……彼の友達としてもふさわしくない。

 なのに……そんな私なんかに対して彼は言ってくれる、私に傷付けられた事実何て無かったような顔をして。


「放課後……空いてる?」


 その日の放課後、私たちは思いつく限りお小遣いが尽きるまで憂さ晴らしに遊び倒した。

 インスタ重視の山盛りスウィーツは自棄食い目的で注文したけど、結局最後は彼が平らげてくれた。甘い物は得意じゃ無いのに……。

 スポーツが得意でも無いのにボウリングも、自分が歌う事も苦手なのに一緒になって大声で歌ってくれる。

 無神経に彼を傷つけた私なんかを全力で励ましてくれる彼の姿は、小さい頃初めて会った時から変わらず頼もしくて、優しくて…………私たちは何時の間にか手を繋いで笑いながら走り回っていた。

                 ・

                 ・

                 ・


 窓の外が白く明るく変わって行く……夜が明けたみたい。

 緊張しすぎて全く眠れなかった。

 このままではマズイと思って鏡を見ると幽霊ように暗い、目の下にクマのある不気味な女がこっちを睨んでいる。

 これから大事な話を聞かなきゃいけないと言うのに……最悪だ。

 不意に目に入った朝の占いでの自分の運勢は第一位、今日の貴女はみんなの注目の的とか言われて冗談じゃないと思ってしまう。

 こんな顔を注目されてたまるものか!


「せめて髪は何とかしないと……」 


 クマもそうだけど、髪も乱れまくってこれでは化け物だ。

 益々注目されるワケには行かない……慌ててセットする内にも待ち合わせの時間は刻一刻と迫って来る。

 ここから元の関係に、昔からの幼馴染に後戻りする事は出来ない。

 毎朝当たり前にあった『おはよう』は今日で最後になるかもしれない。

 何しろ彼が何を言おうとしているのか分からない……期待を込めて、都合の良い展開ばっかりを考えていた告白が玉砕した後だけに、私はこれから起こる出来事に能天気にポジティブにはなれなかった。

 占いのラッキーアイテムが『赤いキーホルダー』だったから、私は普段自分のカバンに付いているキーホルダーのキャラクターが赤い服を着ている事に少し安心する。


「よし……行くか!」


 そして勢いよく玄関の扉を開けた先にはいつもとは違う、私と同じように覚悟を決めたような彼が立っていた。


                   *


「「おはよう……」」

 何時もとは違う幼馴染二人の声が重なり合い、何時もと違う朝が始まる。




お読みいただきありがとうございました<(_ _)>


宜しければ他作品もよろしくお願いします。

書籍化作品

『疎遠な幼馴染と異世界で結婚した夢を見たが、それから幼馴染の様子がおかしいんだが?』

https://ncode.syosetu.com/n2677fj/208/

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