登校編
ヤンデレは天然相手に振り回されるのが美味しい。好きだからわざと振り回されてるパターンもいい。
「あのメス……ッ! 物陰からレイくんを見てるッ!」
「わー猫だ。あれメスなの?」
空気も寒い通学途中の道、ニホドちゃんの鋭い目付きの先には寝っ転がっている猫ちゃんがいた。
「ふふっ、猫は顔つきでも判別出来るの。あの猫は頬や鼻の幅が小さいからメスよ」
「へー」
「あと玉々が無かったからよ」
「ならメスかー」
「私とレイくんの出会いは偶々じゃなく――――――"運命"だけれど、ね?」
「あ、うん」
ニホドちゃんは今日も元気だ。そう思っていると、声をかけられた。
「おぉ、レイくんとニホドちゃんやぁ。おはよう」
「あ、おばあちゃん。おはよう」
「ふふふっ、おはようございます」
声をかけてくれたのは、おしどり老夫婦で有名な近所に住むおばあちゃんだ。散歩が趣味らしく、この時間によく会っている。
「ちなみに、おしどり夫婦の語源となった鳥である鴛鴦は1年でパートナーを変えるそうよ」
「そうなんだ」
「でも烏とかは一途なのよ」
ニホドちゃんの豆知識。為になるなぁ。
「からす夫婦……かっこいい」
「ふふふっ、私もレイくんも髪は烏と同じ黒色だものね。からす夫婦……流行るわ」
令和は烏ブーム。都会ではごみ漁りで大暴れしているニュースからも明らか。
「今日も仲が良いねぇ。昔のワシらを思い出すよぉ」
「ふふふっ、ありがとうございます。でも、おばあちゃんは今でもおじいちゃんと仲睦まじいでしょう?」
「ふぇっふぇっふぇ、照れるのぉ」
おばあさんの散歩中、おじいさんは家で筋トレしているそうだ。
おじいさんとは昨日会ったけど、70代とは思えないほどムキムキだったから忘れられない。片腕で腕立てやってたからすごい。身体中から熱気を放っていてすごかったからすごい。
「それじゃまたのぉ」
「はい、行ってきます」
「ふふっ、おじいちゃんにも宜しくお願いしますね」
「あいよぉ。なぁに、じいさんも『ニホドちゃんとレイくんなら良い夫婦になれるわい』て言うとるよぉ」
「ありがとうおばあさん」
「それでは、また」
別れ際のおばあさんの言葉に少し照れるも、悪い気はしない。
「ふふふふふっ。良い夫婦ですって。私達、そう見えるかしら」
「腕組んで登校しているからかな」
「絡み合う赤い糸のように、ね……」
「あ、うん」
そこまで複雑に組んではいない。やっていたら複雑骨折の事故。
そうして歩いていると大通りに。サラリーマンや主婦はもちろん、僕達と同じ学校へ向かう学生の姿も増える。
「ニホド様……!」
「ニホド様、今日も美しい……」
「ニホド様 嗚呼ニホド様 ニホド様」
長い黒髪が黒い学生服に似合う容姿端麗なニホドちゃん。なので学校でも人気だ。なにせファンクラブがあるほどで、その会員数は我が校の生徒数を越えているとか。
ちなみに僕はその存在を聞いて「へーそんなクラブあるなら僕も入ろうかなー」とインターネットから入会したのに会員ナンバー0になった。多分ニホドちゃんの手回し。
「しかしニホド様に対し……」
「となりの……」
「あの男、オーラがない……」
周囲の視線が僕へと向けられる。
正直ニホドちゃんに比べれば、僕は魅力のある人物ではないと思う。
芸能人ほどの美貌は無い、有名大学に受かりそうな学も無い、体育会系に勝てない運動能力といった無い無い尽くしマン。
果てしなく平凡な高校生なのだ。だから僕が持て囃されることなど――――――
「しかしニホド様に対し……レイ様はまさに旦那様と呼ばざるを得ないお方ですわねー!」
「となりの……レイ様は本当にニホド様とピッタリの殿方ですわー!」
「あの男、オーラがない……それはきっとオーラが強過ぎて常人には見えないからだッ! なぜならニホド様と共に歩めている時点で只者じゃないのだからッ!! なんという男、いや……漢ッッ!!! そう、彼こそが浅井レイッッッ!!!!」
多分ニホドちゃんの手回し。
なんだろう、彼らの目からはニホドちゃんへの信仰と同等のものを感じた。ニホドちゃんは彼らに何をしたのか。
「ふふ、何って――――――
私が"レイくんの素晴らしさを語る会"を定期的に開いただけよ?」
「なるほど」
なるほどじゃないけどなるほどとしか言えない。
つまり彼らはニホドちゃんファンクラブ会員であり同士であると。それでなんか洗脳……教育されていると。ニホドちゃんそんな事やってたんだ。
「秘密にしていてごめんなさい……レイくんを驚かせたかったの」
「すっごく驚いた」
「テッテレー。ドッキリ大成功ー」
「すっごく驚いた」
「レイくんの驚き、いただいたわ……ふふふ」
ニホドちゃんが楽しいなら何より。
「おはー! お二人さん、寒い中でもアツアツだねぇ」
そんな僕達2人に、1人の男子が白い息をしながら挨拶してきた。
「友雄くんおはよー」
「キッー! この泥棒ネコ!!」
「友雄くんは学生人間だよ」
「ふふっ、冗談よ。おはよう千田くん」
「二人とも朝から絶好調っすねぇ」
千田友雄くん。お調子者なクラスメイトである。
「今日もニホド様はお美しいですなぁ」
「褒めても何も出ないわよ」
「僕も友雄くんと同感」
「レイくんになら何でも出しちゃうわ。何か欲しい物ある? お菓子もあるわよ?」
「あ、うん」
「ニホド様、孫が遊びにきた祖父母みたいになってますぜぇ」
友雄くんはお調子者だけどまともな人だ。
「相変わらずニホド様はレイに甘いっすねぇ」
「恋人だもの、おかしくないでしょ? お菓子のように甘い日々を過ごしてはいるけれども、ね?」
「時間が経つとベタベタするもんね」
「なぞかけぇ」
とはいえ、友雄くんの指摘には少し訂正させてもらおう。
「ニホドちゃんが甘いというより、僕がニホドちゃんに甘えているんだ。いつもお世話になっちゃっている自覚あるし」
「レイくん……私は2人目のママになる覚悟も辞さないわ」
「あ、うん」
「イチャイチャしてますなぁ」
これは多分ワチャワチャじゃなかろうか。
「それじゃ、お邪魔者はここでお先に失礼ってことでぇ!」
「また学校でね」
先行していく友雄くんを見送り、また2人で歩く。
「友雄くんとも長い付き合いだなー」
「私の次に、だけれどもね」
なんか自慢げなニホドちゃん。かわいい。
「そりゃあ……ニホドちゃんと同じ時間に同じ病院で産まれたし」
それが切っ掛けで互いの両親による交流が始まり、結果として僕とニホドちゃんはずっと一緒なわけである。
「ずっと隣にいる、かー」
「ふふっ、レイくんの隣にいるのは私ということよ。これまでも、これからも」
「残念、正解は影でしたー」
「なら私も影になるわ。私は†シャドウ†」
ニホドちゃんが背中にくっついてきた。かわいい。
「さながら僕は光というわけだ」
「光が強いほど影は濃くなるのよ。そして光がなければ影は生まれない――――――つまり、レイくんという強烈な光が私という影を生み出したのね……ふふっ、素敵だわ」
インフレしたバトル漫画の敵みたいな台詞。ニホドちゃんが楽しそうならなにより。
とはいえ……未だ冷える季節でありまして。
僕としてはニホドちゃんが離れた右腕が淋しく感じたわけでして。
なので。
「ところでニホドちゃん。僕にはもう自前の影があるわけで。影は2つも要らないわけで……」
「……ふふっ」
僕が寂しがっているのに気付いたニホドちゃんは。
「お隣、よろしいかしら?」
「お隣に、どうぞ」
「……ふふっ、レイくんのお言葉に甘えて」
再び腕を組んでくれたニホドちゃんの体温と微笑みは――――――冷えた外でも心を暖かくさせてくれたのだった。
こうして、学校に着くまで他愛もない会話をしつつ、僕とニホドちゃんは共に歩く。
僕とニホドちゃんの、こんな日常。