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悪魔の力

 時は少し遡る。


 全身が酷い痛みに支配される。

 呼吸の度に肺が破裂しそうで、瞬きすればまぶたに重石が乗っているかのようで開けるのが辛い。指先ひとつ動かしただけで腕全体の神経が痛みを通達する。足なんて生まれたての子鹿の方がまだマシだ。心臓の鼓動だけでもう気絶してしまいそうになる。


 ――それでも誡斗は立ち上がる。


 振りかざされる暴力に、無理矢理腕を盾にして、焼け石に水みたいな受け身を取る。

 体内から何かが折れる音がした。

 もはや傷を負ってない場所はなく、どこの骨が折れたのか分からない。

 どこを切り取っても致命傷。自分でもまだ生きているのが不思議なくらいだ。

 でもまだ生きている。生きている限り、立ち上がるのは止めない。

 誡斗が死ねば、花莉奈も用済みになる。

 殺されるか、泡風呂に沈められるか。どっちも認めるわけにはいかない。

 死ねない。花莉奈を助けなければ。仇なんて二の次だ。

 もう、何も失いたくない……!


「……ったく、しぶとい野郎だな」


 ぼんやりと男の声が聞こえる。

 とっくに破れていたと思っていた鼓膜はまだ無事のようだ。

 ただ、これまでのダメージのせいで聞き取りづらい。


「これ以上抵抗しても苦しいだけだぞ」


 うるせえ。

 この言葉は音に出ていただろうか。


「安々と自分の女攫われてる時点で詰んでんだよ。いい加減諦めろや」


 諦めるものか。

 失うのはもう懲り懲りだ。


「アニキのことだ。今頃あの嬢ちゃん、輪姦(まわ)されてるだろうよ」


 ……なん、だと……?


「元々お前を始末したら嬢ちゃんに尻拭いさせようって話でな。泡風呂に落とす前に味見させてんじゃねえか? アニキは悪趣味っつたろ。その内、そこのモニターに映すと思うぜ」


 ふざけるな。

 どうしてこいつらは人の痛みが分からない。なぜ人の苦しみを金に換える。なんで独裁者気取りの悪党がのさばり続けている。


 ――また失うのか? 孤児院と同じように?


 手を繋いだ兄弟も、抱きしめてくれた先生も、共に遊んだ遊具も――みんな消し炭になった。

 そして今度は、花莉奈の番。

 いやだ。だめだ。そんなこと許されない。

 失わない為に、過去のケジメをつける為に、力をつけたのに。これでは意味がない。

 人の力(ブルファイト)じゃまだ足りない。


 だったら――悪魔に魂を売るしかない。

 己が半身に宿る、悪魔の力に。


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