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“危険排除”のスペシャリスト



 眠らない街、歌舞伎町。

 その名にふさわしく、夜明け前にもかかわらず街の明かりが消えることはない。

 瑠璃色の夜空に目もくれず老若男女が踊り狂う。

 どこであろうと人の気配が消えない活気に溢れたこの世界で目立つのは余程の傾奇者か気狂いしかいないだろう。

 現にただ一人、連れもなく寡黙に歩く人間の姿など気にかける者などどこにもいない。

 片腕だけ袖をめくった紺のジャケットにダメージジーンズ。髪を染めているわけでもなく、派手なアクセサリーもない。何の変哲もないただの若者だ。

 路地に入っても喧騒は続く。

 酔った上司と介抱する部下。盛りのついた街娼と誘われる客。終電を逃し公園のベンチで寝ているサラリーマンの財布を盗む若者。

 数が減ってもこの街らしさはどこでも変わらない。

 一瞥もくれることはなく、黒川誡斗は路地の先の小さなキャバクラに入った。


「流石アニキっすね!」

「がはははは! だろ? おい! ビール追加だ!」


 キャバクラの中では二人の男が騒ぎ立てていた。

 五人もの美女をはべらし、意気揚々と飲み明かしている。机の上には溢れんばかりのつまみやデザート。それらを口に運んでは汚い唾をまき散らす。

 しかもその手でキャバ嬢を抱き寄せるどころか胸を揉みしだく。当のキャバ嬢は一瞬親の仇を見るような目で手を見たが、すぐに笑顔を作り対応する。ただ無理矢理作った笑顔はぎこちなく、彼女の不快感を隠しきれていない。

 見れば彼女だけでなく他のキャバ嬢達もそうだ。誰も彼も苦い笑みを浮かべて嫌々接客しているのが丸分かりだ。

 気付いていないのは酔っ払った男二人だけ。

 他の客はいなかった。それもしょうがない。狭い店だ。入っただけでその姿が目に入る。こんなところでは気楽に飲むことなんて出来はしない。


「あれが例の連中か」


 ボーイ兼店長に話しかける。


「ええ、あれだけ飲み食いしておきながらケツ持ちだからって金を払ってくれなくて……。女の子たちにもセクハラしてくるし、ほんと困ってるんです」


 そうか、と返し店の中を進む。


「あ、あの」


 声を潜めつつ店長が引き留める。


「くれぐれも、依頼人が私だってばれないよう……」

「分かってる。そこでじっとしてろ」


 歩みを再開する。

 相当酔いが回っているのか近づいてもすぐに気付く様子はなかった。

 テーブルの前に立ち、キャバ嬢の動きでようやくこちらに気付いたようだ。


「誰だ、兄ちゃん」


 ドスの利いた声。酔っ払いとはいえ胸に組のバッチを付けているだけの迫力はある。

 誡斗は若い。それこそ成人したばかりの小僧だ。だからといってこの程度に委縮するほど子供ではない。

 二人の男を、じっと見比べる。


「黙ってないで何か言ったらどうだ? ええ!」


 舎弟と思われる方が机を蹴るとキャバ嬢が悲鳴を上げる。


「別に」


 兄貴分を見据えつつ、あえて舎弟に答える。


「金のねえヤクザがイキがるのが面白いと思ってな」

「なんだと……!?」

「カタギの店で無銭飲食繰り返してんだって? 久野組ってのは相当金欠らしいな」

「テメェ誰に口きいてやがる!」


 舎弟が立ち上がり胸倉を掴む。

 その瞬間、股間に膝蹴り、喉にショートアッパーを打つ。一瞬で身体の上下に衝撃が走った舎弟は動けなくなり掴んだ手を離した。邪魔なので髪を掴んで入口の方へ放り投げる。

 再びキャバ嬢達の悲鳴が上がる。

 これはいけないと判断したのか、店長がジェスチャーでキャバ嬢達をすぐさま店の裏側に避難させた。

 今、この場には誡斗と鬼の形相を浮かべている男しかいない。


「兄ちゃん……誰に喧嘩売ったのか分かってんのか」

「シケたヤクザだろ? そんな顔したって子供しかビビらねえって」

「そりゃよお……」


 男が立ち上がる。

 男は意外にもデカかった。座っている時はガタイが良い程度にしか思ってなかったが、まるで立つと同時に成長したかのように、想像よりも一回りほど大きい。

 否、実際に成長している。

 ぴったりだった派手目のスーツが筋肉の膨張と共に悲鳴を上げ、ボタンだけに留まらず内側から破れていく。

 あり得ぬ成長。これではまるで進化だ。

 急激な進化を遂げた男の迫力は、もはや威圧として誡斗の前に立ち塞がった。


「この俺が、ミュータントと知って言ってんだよなあ……!」

「クッ……」


 表情だけでなく姿形すら鬼と呼ぶに相応しい存在を前に思わず口から出たのは


「クク……アーハッハッハッハ!」


 笑いだった。


「な、何がおかしい!」


 これには男も困惑する。だけどこれは仕方ないだろ?


「だって、よく見てみろよ……服がよお、クク……まるで子供の服を無理矢理着たみてえになってるんだぜ? こりゃ笑うなってほうが無理がある」


 首回りや肩に中途半端に残ったスーツの欠片がそう見せる。

 わざとではないとしても大の大人がする格好ではない。あまりにもダサすぎて思わず腹を抱えて笑ってしまう。


「ともかくよ、クク……とりあえず外行こうぜ。店の迷惑になる。ああ悪い。その格好で外行くのはやっぱ恥ずかしいか」

「……死んだぞテメエ!!」




分かりやすく歴史を振り返るなら、まず一文目はこれだろう。

2100年。世界は滅んだ。

百年遅れのノストラダムスと呼ばれた大災害は、あらゆる文明を破壊した。

台風により、地震により、噴火により、津波により、そして人類が生み出した有害物質により、最先端の建造物も、世界遺産も、第三次大戦の戦勝国も敗戦国も、神の愛が如く分け隔てなくかつ一方的に蹂躙された。

長かったとも短かったとも伝えられる天変地異だが、少なくとも終わる頃には人類が築き上げてきたあらゆる出来事は無に帰した。

その中で極僅かとはいえ人間が生き残ったのは奇跡としか言いようがない。

だが生き残ったところで、劣悪な環境を生き残ることは困難極まりない。その日の食料すら手に入れられない状況では、結局のところ人類が滅びるのは時間の問題だった。

徐々に生を諦める人が増えていく中、奇跡はもう一度訪れた。

大災害後、各地から不可思議な液体が湧き出たのだ。それは、あらゆるエネルギー資源の代替品として利用することが可能な、まさしく神の恵みと言うべき代物だった。

人類史上、ここまで細い奇跡が繋がったことは、少なくとも種で考えれば無いに違いない。

この液体――とある神の名からクラミツハと名付けられ、今日に至るまで人類に多大な恩恵をもたらした。

クラミツハを発見してから人類はようやく再興の一歩を歩み始めたのだった。


百年遅れのノストラダムスより更に二百年後。

文明レベルで言えば約三百年前とほぼ同レベルまで回復した。あまりにも速すぎる回復は、やはりクラミツハのおかげだ。

その中でも日本の首都、東京は大災害後でも最も栄えた都市だ。

とはいえ当時とは見る影もなく、首が痛くなるほど高いビルはかつての五分の一以下。安全伝説は文字通りと化し治安はどうしようもなく悪化している。夜に女性が一人で出歩ける時代は終わったのだ。

そんな時代こそ安全は高値で売買される。

傭兵、何でも屋。アウトローに近い彼らの中でも特に“危険の排除”のスペシャリストがいる。

揉め事処理屋。

黒川誡斗の仕事である。

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