父と、娘
何とも言えないサブタイトルに悩まされる今日この頃。
そして書くことのない前書きを必死に考えるものがいた。
「決着とはなんでしょうか」
「関係のないことだ。不要となったこの大掛かりな芝居小屋を解体するだけの話だ。あの少佐に取り付けた爆弾をあと二つも用意すればどうなるか容易に想像できると思うが」
彼女は先程目にしたものを鮮明に思い出す。この周辺一帯が全てあのような惨劇に曝されるのであれば、たとえ彼女達は逃げ切れようとも重傷を負った少年を見捨てなくてはならない。どれだけ急いだとしても彼を連れ出せる時間は残っていないだろうし、もし連れ出せたとしてもどのみち処置をしなければ失血死、そうでなくとも凍死してしまうほどに外の世界は残酷だった。
「それだけは、阻止させていただきます」
「そういうとは思っていたよ。しかし既に爆弾は運び込まれているのだ。彼女にさえ見つからなければそれが破壊されることはないだろう」
彼女。何度か耳にした単語だが明らかにそれはローザを指し示している言葉ではないし、ローズでもない。
「その、彼女とはいったい誰なのでしょうか」
「さあな。分かっていることはただ一つ、それは女性の見た目をしているということだけでありそれは私の計画を完全に狂わすことのできる存在であるということだけだ」
「分からないのに、いることはわかるのですか」
「ああ。常に監視されている。逃げ道はないのだ。どこにいようとも何をしていようともずっと彼女は監視している」
「ですから、すぐに終わらせたいと?」
「そうだ。だから、ローザ=カウロフをこちらに引き渡せ。私には彼女が必要なのだ」
突拍子もないことを言い出した。と初めは思った。しかしよく考えてみればそれが何を意味するのか分かってくるのだ。
ローザ=カウロフは彼女のことではない。今まさに少年に寄り添っている方の少女を、自分の帰りを待っている少女を指しているのだ。
彼女は心の底から怒りが湧いてきた。また、妹を悪の政治に利用するつもりなのかと、あの惨禍を再び引き起こすのかと。
「どこまで、あの子を残酷な目に合わせれば気が済むのですか。あの子は貴方の人形じゃない!あの子は、私の妹です!」
「何を馬鹿なことを。あれは私の娘だ。お前の人形遊びの相手ではない。これ以上の茶番には付き合えない」
会話は、無駄に終わった。どうあがいてもそれ以上の話はできないしそれ以上に何かを言えることはない。
「私は、貴方が大嫌いです。貴方は私に何も教えてくれなかった。生きる術も将来も、親としての貴方も。何も教えてくれなかった。だから私は貴方を父親として認めていないし、認めるつもりも、妹を渡すつもりもありません」
「そうか。私と、対立するというのか」
「ええ」
「そうなのか。そうまでしてあの娘を欲しがるのか」
「あの子は、私の遊び相手ではありません」
「いいや違うな。お前にとって娘はお前の自己満足から生まれた戦争を止めるための唯一の手段であり、それを利用している時点でそれはお前の人形遊びに他ならないのではないか、と言っているのだ」
「そんなことは」
「ないと言い切れるか?実際はどうだ?お前の茶番にどれだけの人間が死んでいる?いや、ここでは人間なんていやしない。最初から機械しかいなかったのだ。だから犠牲が発生しないだけなのだ。これだけの犠牲を本当の人間で代替したとすればその責任は一体誰が取る?」
「それは」
「そうだ。誰にも取れない。だからこその機械兵だ。我々には必要不可欠の存在だ!彼らのおかげでこの大量虐殺すらも訴えられずに済むのだぞ。まだわからないのか」
「もしここに貴方の送り込んだ機械兵たちがいなければ、貴方の命令が届いてなければ、こんな惨劇にはならなかった。最小の犠牲で解決できたかも知れない」
「本当にそうか?そうだと確信できることは何一つない。もしかすれば人間の身勝手な感情で更なる殺戮が起こったかもしれないのだぞ。お前の部下のように」
間違えない。もしかすればそうなのかも知れないが、ここで折れるわけにもいかなかった。
「人間が起こす可能性があったとして、機械では絶対に起こらないのですか?あの惨状は彼らが自ら引き起こしたのでしょう?あの給仕も、なぜ死を選んだのですか」
「それは……」
「人間の何百倍もの速度で決定された未来が同じなら。彼らも何ら変わりがないのではないですか」
「そんなはずは」
「ない、と言い切れますか?彼らが、人間であるならば……その尊厳を保つために取った行動ではないのですか」
長い、長い沈黙が彼らの間を通った。それは吐く息も白く、恐ろしく伸びる一本の煙が静かに空を切り裂いているだけだった。
「そうだな」
男は静かに頷いた。それでも、その目には諦めとは程遠い何かが写っていた。
「しかしローザ、お前は私に何か言っておかなくてはならないことがあるのではないか?」
「いいえ、特にはありません。議員」
「そうか?では、逆にこっちが質問をしよう。大佐はどこにいる?」
「貴方には関係ありません」
「いいや、居場所を聞いているわけではないのだよ。私はそんなことには興味がない。私が言いたいのは、彼女は大丈夫か。ということだ」
「どういう、ことでしょうか」
「まだ気付かないのか?それとも私が本当に単身でここに来たとでも?」
「まさかっ!」
「絶好の機会だろう。お前達が死ねば我々が何をしたのか語れる人間はいなくなるのだよ。誰も、この戦闘を終局させた英雄として崇められることはない。それが誰であろうとも、絶対に」
直後、男の後方にあった輸送機が小さな稲妻を伴って燃え上がる。流れ出る燃料に高速で引火してゆくそれは瞬く間に周囲を覆いつくした。
そして何事もなかったかのようにクリヤトフ=カウロフは灰となって居なくなったのだ。




