64. 本戦前日
次話から大会にはいるつもりだったのですが、長くなりすぎてかなりの文字数になってしまったので2話に分けることにしました。続きは金曜日投稿です。
ながらく投稿が停まっていたこと申し訳ございませんm(__)m
ピクッ
猫耳が何かを感知する。聖教会ではない。なんだろうとあたりを見回していると少ししてその何かは空から降ってきた。
「きゅーぅ!!」
「....!?」
ぼふんっ! と辺りの空気を退かすように店の屋根に着地した真っ白な綿雲もといムーンが嬉しそうにブンブンと尾を振る。
あ、鳥吹き飛んでった。
「え、ちょっ、何で!?」「きゅ?」
「にゃあぁ!?」「ん!?」「あ?」
立ち止まるには人の波で厳しい大通り。とりあえず横道に飛び込んでそのまま壁を蹴って建物の屋根へと跳ぶ。
「きゅう!」
ただいま! な感じでムーンが駆け寄ってくるが訳がわからない。
「ムーン、〈境界〉にいたんじゃあ?」「きゅう?」
「きゅっ! きゅうぅんっ!」
ぼふっ! もふもふ体当たりからのもっふもふしっぽ掬い上げであっという間にムーンに抱き締められる。
「きゅう~っ」
ぐしぐしともふい頬が押し付けて来て、ムーンのおひさまの香りが広がっていく。干したて超高級ムーン布団!!!
て、天国か...! ここは桃源郷!?
「きゅ!? きゅうぅっ!」
そこへ飛び込んでくる暖かなふわふわクッション。ムーンとは違った更に柔らかな肌触り。そしてほのかに焼き肉の薫りが。
ワケわかんないけど、もうどうでもいいや....。悩みも何もかも解され、ふわふわもふもふの世界に浸って...超、もふ幸せ.....!
「きゅうぅん」
じんわりとムーンの体温がしみて、実は緊張していた手足が温く解れていく。
ムーンのことだ、私の不安定な気持ちがわかったみたい。
「ありがとね」
「きゅうん」
ぎゅうっ! とムーンの胸に抱きつくと、ふわふわな両前足がそっと包み込んでくれる。
ぽんぽんとあやすように撫でる.....
「?」
「きゅ?」
違和感、え? なにこれ?
「どうしたのにゃ?」「ユイナ様?」「きゅう?」
ムーンが、ムーンのふわふわが....
「千切れてるっ!?」
「きゅ? .....きゅうぅっ!」「んきゅ?」
なんだそんなことかと安心する〈境界〉の幻獣たちとは反対に、ムーンは思い出して焦り、ユイナはどうしたのかとムーンに問う、ルーンは?を浮かべて痙攣するように慌てふためく兄のしっぽでじゃれつく。
様々な感情で混沌とする横道。
「ムーン、これ〈境界〉でなにかあったの? 毛並みも微妙に崩れてるし、どうしたの?」
「きゅっ、...きゅうぅぅ」
何でもないっ! と頭を振るが、何かあったのは明白。ムーン、芝居下手な素直なコである。
「ね、教えて。誰にやられたの? 私、そいつにちゃんと言いつけるから、ね?」
心配な顔のユイナの眼が、「そいつボコってやる」と熱烈に語っている。これは、本当のことは言えないと、ムーンはひりつく口を無理やり閉ざした。
ユイナの目力に、ムーンの口が痙攣する。
遠く離れた〈境界〉、〈人間界〉沿いを見廻り中
の幻獣たちの背筋が嫌な雰囲気を感じ取って凍えた。
丁度飛んでいた青龍はどこ吹く風といった様子で、幻獣たちは暴露された時を想って内心に哀れみを浮かべた。
黙祷を捧げること数秒、山の向こうに消えた青龍から慌てた声と爆発音、閃光が轟いた。
ムーン、大健闘の末に根負けしたようだ。
◆
ひとまず大通り散策を終えてまた街の外で一泊しようと向かう途中、前方から熱烈な歓声が上がった。
「きゅう?」
人の邪魔にならないように屋根伝いに歩くムーンが興味深そうに視線を送る。
なんだろうと猫耳を澄ますと、マーチっぽい音楽と人々の興奮、拡声器でも使っているのか、男の人の声。
「ムーンのとこ行こうか」
「にゃ!」「おう」「そうしましょう」「きゅー!」
店と店の隙間に入り込んで垂直に跳び上がる。ちょっと雨樋が軋んじゃったけど、勘弁ね。
屋根から見下ろすと、なんときらびやかなパレード。屋根の縁まで行って見る。
「きゅ~」「すっご、なんのお祭りなんだろ」
馬車から手を降っている3人、その前後を長い兵隊の列が行進する。
「彼らこそ、アインシュバルト魔法大会の我が街代表、魔導軍所属、A+パーティー〈輝石の導〉である!」
「「「「「「「おおおおおおおおっ!!!」」」」」」」
馬車の前で馬から叫んでいる男に、観客は拳をあげて熱狂する。口元にある魔方陣、あれが拡声器か。
その代表は全員女性、魔導師。オリジナとは予選の選び方が違うのかパーティーで代表らしい。都市の冒険者は高ランクらしいし、その中で優勝したのならどんな凄い人たちなのか。っていうか、軍人なんだ。道理で3人ともお揃い軍服なんだね。
「必ずや今回こそ王都に勝ち、我が街の強さを知らしめる!!! 決戦は明後日だ! 闘技場で応援を待っている!!」
「「「「「「「おおおおおおおおっ!!!」」」」」」」
その後も一通り演説すると、大歓声に見送られながら隊列は進行し始めた。他のところでもあれやるのかな。
「くきゅう~」
ルーンがローブの裾を握って見上げていた。
「大丈夫だよ。当たるとこ全部勝って賞金貰って、美味しいのいっぱい食べよ」
ぽんぽんと撫でてやると、嬉しそうに「きゅう!」と万歳するルーン。
「きゅうぅっ!」
あっ、こら張り合うな。押さないで、落ちちゃう。
と、足下の屋根瓦が、外れた。
「あ」「んあっ!?」
落ちる私の腕を、ドラが身を乗り出して掴んでくれていた。そのままぐいっと引っ張られる。
「ったく、気を付けろよ」
「あ、うん...」
急に動いたせいで捲れ上がったマントの裾を直そうと手を伸ばすと、ドラが急いで自分で戻した。
「...」
ドラ、顔真っ赤。
気まずそうに頭をガシガシするドラを、シェルが意味ありげに見ていた。
「...とりあえず屋根から降りにゃいにゃ?」
「うん、そう..だね」「おお」「そうですね、目立ってきていますし」
パレードが終わって帰途に着く群衆がチラチラと視線を向けているのが分かる。ムーンは目立つし、なにより店の人に申し訳ない。
足早にこの大通りから立ち去ることにした。
◆
街をいったん出て森へ向かっていると、遠くから馬車が来る。
あの紋章...もしかして...
「ユイナさぁーんっ!」
「ゆいなーーーっ! くれあねー! おーえんにきたよーーー!」
この声はマレーとクレア。やっぱり、オリジナ領主一家だ!
2頭の馬が嘶いて馬車が目の前に停まる。
「久しぶりだなユイナ君。明日が試合だが、なぜ街にいない?」
「こんにちはボロゼーノさん。ムーンは大きいから、泊まれる宿も無いし目立って騒ぎになってもいやだから野宿してる」
「それもそうだな。雲獣たちも健在で何よりだ。あの二人は?」
邪魔な草をどかしているドラとシェルのことだ。
「冒険者仲間だよ。途中で会ったから一緒にいる」
半分嘘で半分正解だ。
ボロゼーノさんのお腹が窮屈そうになりながら降りてくると、続いて美しい女性が降りてくる。我先にと続くのは元気っ子二人。
「ユイナさん!」「ゆいなー!」「ごきげんようユイナさん」
「こんにちはタミアさん。クレアにマレーも、ありがとね」
「うん! くれあね、たくさんおーえんするの! みんながんばってーって!」
「ありがとね、頑張るよ」
わー! とはしゃいでルーンを掴まえに行ったクレアと反対に、しっかりもののマレーは落ち着いたものだ。ちょっと緊張しているのは、後ろでクレアがルーンを絞め殺しそうになっているからか。
「きゅぅ~~っ!?」
ルーン、頑張れ。
「で、ユイナさん!」
「ん?」
マレーが馬車を指す。ゆらりと人影が立ち上がった。
あ、もしかして....!
「お兄様!」
マレーが馬車から降りてきた男の子に笑いかける。
慎重にステップを降りきった男の子は、顔をあげるとその目をキラキラと大きく開いた。
「お久しぶりです、ユイナ師匠!」
うぉあっ、師匠だって! 慣れなすぎて気持ち悪い響き...。
「足、完治したみたいだね、ライオス」
「はい! 今日から弟子入りします! よろしくお願いします!」
金髪が夕日を反射して、その笑顔と瞳が光を振り撒く。ちょっと前の青い顔と真反対。
って、あれ? 今日からよろしくって?
「もちろん、師匠と共に行動してどこへでもついてきます! 師匠と一緒ならAランク集会だってほかの街だって行ってこいと父に言われていますから。雲獣..ムーンに乗るの楽しみです」
「え、あ、そうなの? ...そうなんですか?」
「勿論だとも。ライオス、沢山教えてもらってなんでも盗みなさい。ユイナ君は奇抜だか、腕は確かだ」
「ええ、頑張ってね。気張るのよ!」
「おーきいにいにがんば!」「お兄様、お気をつけて!」
え、えええぇ?
私なにも言ってないし聞いてないよ? ってか急だな、全部。なんでこの一家はいつもこんなんなんだろう。
「そういう事なので、よろしくお願いします師匠!」
「....あ、うん、はい」
ボロゼーノさんたちは早速ライオスくんを残して街へと入っていった。明日からの本選、貴賓席で観ているらしい。オリジナの貴族も何名か来るそうで、私たちは過去1期待されている組らしい。決勝で勝ったら大会の報酬に加えてオリジナからも賞金が来るらしいから期待大だ。
さて、一方師匠としての仕事の方だが、なにをしたらいいのか....。じっと命令待ちの犬みたいにされていても困るので、旅の疲れを癒してもらうべくルーンを抱かせた。
思ったよりふわふわ感触が好きなようで、ムーンのふかふかふわふわを知れば将来はなかなかのもふリストになるかもしれない。
この続きがあと1話あります。大会の話になかなか進まずすいません。
大会との間が長い! とかいらない話で話数つくってる! とか何でも結構です、参考になります!




