63. 将来のはなし
ユイナたちと聖教会、ムーンVS青龍の続きです!
アインシュバルトのメインストリート、その脇道。狭い路地に2つの集団が相対していた。
片や〈人間界〉を守護し、〈魔界〉を取り戻したい聖教会の聖教騎士団。
片や〈境界〉で〈人間界〉と〈魔界〉を別ち、両世界の争いを止めている〈境界〉の魔王と幻獣たち。
「私たちは邪魔するものは全て敵と見なすわ。〈境界〉の仲間を滅ぼされたくは無いでしょう? さぁ異端の魔王、選びなさい。聖教会の傘下に降るか、敵対するかを」
大通りの華やかな音楽やざわめきが嘘のように遠退き、狭い路地に静寂が、緊張が走る。
聞こえるのは、このやり取りでそれぞれの世界の命運が決まることに跳ね回る激しい心臓の音だけ。
こめかみの汗が頬を流れ落ち、石畳の地面にシミを作る。
一言も聞き逃さないとばかりに、まばたきすら忘れる。
握りしめた拳が、不安を隠すように爪を食い込ませる。
張り詰めた空気のなか、全員の視線が少女に向けられる。
聖教騎士団の3人も、〈境界〉の幻獣たちも、ユイナの返答を待っていた。
「...」
呼吸を忘れて見守るマルピチャ。不安そうに見つめる幻獣たち。
ユイナはじっと顔を伏せていた。と、鋭い眼光が閃く。
「...っ?!」「「う?!」」
顔をあげたユイナ。聖教騎士団の3人に走ったのは畏怖。
オレンジがかった瞳が金色の意志の光を放つ。
ユイナは、キレていた。
「降るか死ぬか? 何言ってんの?」
「ぐぅっ!?」
ゆらりと立ち上る水色の魔力の奔流に、銀の長髪が揺れる。隠していた猫耳としっぽがピンと立つ。
勢いは激しく、周囲に怒涛の勢いで迸る魔力の中で眼光が聖教会の3人を射ぬいた。
(これはっ、マズいっ、マズ過ぎる!?)
(やっべぇ!? なんだこの魔力っ!?)
(じっ、地雷を踏んでしまったか!)
ビシビシビシッ!!!
石畳や壁が悲鳴をたて、魔力の嵐が吹き荒れる。
「まっ、魔王! これは私たちと敵対し、〈魔界〉につくということでいいのね!?」
魔力の渦に揉まれながら、気丈に声を上げる。とたん、女の首筋に凍えるように冷たい熱が巻き付いた。
「うぅっ!?」「「おいっ!?」」
魔力の鉤爪が首に掛かる。ヒュウッと喉笛が鳴るほど、息が詰まる濃密な殺気に口が、喉が動かない。助けに向かおうとした二人は視線に貫かれ、身動きすら許されない。
(ユイにゃ...)
身内すら脅えるほどの覇気に、3人はついに膝を折った。あまりの魔力に平衡感覚すら働かなくなったのだ。
「私は、〈境界〉の皆が傷付くのを許さない。〈人間界〉と〈魔界〉、どっちにつくのかって? 私たちは〈境界〉、やることは決まってる」
くいっと顎をしゃくるユイナ。
「〈境界〉はどちらにもつかないし、〈人間界〉も〈魔界〉も戦争を起こさせない。聖教会が〈境界〉を強引に突破するんだったら私、1人で相手してやるから!」
〈境界〉の魔王の咆哮に3人は思った。彼女は、敵に回してはマズイ相手だったと。
首に当てられた破爪がその魔力の波動だけで女の戦闘衣を分解するように切り裂く。覇気に当てられた身体中が叫び、言わせる。これ以上焚き付けるな、引け と。
「っ...!」
魔力の乱舞で、回復魔導師である女と魔導師の男の自らの魔力まで影響され、体内を暴れ狂う。咳き込みと同時に唇を血が流れ落ちた。
「ぐっ..、っはぁっはあっ! まっ、魔王よ、意志は解りましたっ..! 我ら、主にその言葉、届けますっ....!」
「そうして。もういいよね、大会まで失せて」
「はい...っ」
血反吐を吐きながらよろよろと3人が立ち去る。
「....ふぅ」
と、辺り一面を吹き荒れていた魔力がパッと霧散した。
はぁーっ と幻獣たちも息をつく。
「〈境界〉は私が護るから、信じてよ?」
「もう信じてますよ」「あぁ! ユイナは強ぇーもんな!」「そうにゃ!」「んきゅーぅ!」
ありがとね と微笑むユイナ。〈境界〉の魔王となったにも関わらず〈境界〉の外で暮らしているから幻獣たちからの信頼が薄いのではないかと心配していたのだ。
「しかし、ユイナ様は優しいですね。聖教会に一人で対するなどと、自分たちも勿論共に闘いますよ?」
「そーだぜ? 俺らがユイナに任せっぱなしにするわけねーだろ」
「にゃーもユイナの負担にはなりたくないにゃ!」
「きゅう!」
大きなシェルの手のひらがユイナの手をとる。円陣を組むように次にドラの手が、そのの腕に乗ってマルピチャの肉球が、ユイナに寄り添うように肩に立つルーンの小さな脚が置かれる。
(こんなに、小さかったのか...)
シェルの手のひらにすっぽりと覆われたユイナの手は、柔らかくてすこしひんやりしたとても薄くて折れそうなものだった。
その手から先のローブに包まれる腕も、白くて細い。
ローブを閉めている腰布から察するに身体も、大きく見えていた背も華奢。
少年の姿のシェルやドラは〈境界〉では小さな方だが、それ以上にユイナは小さかった。
白い手を包むシェルの手に力が入る。
改めて意識して見ると、鋭い眼で威圧していた顔も幼い。
(この人は、まだ子供なんだな...)
大通りですれ違う若者の冒険者よりも小柄な体躯で、幻獣をまとめ〈境界〉に君臨する年若い魔王。
シェルの名を与えられた幻獣は、様々な手が重なったユイナの手のひらを握り、誓う。
「ユイナ様、自分はあなた様の下に一生仕えますっ。蛇の幻獣など頼りないでしょうが、どうか「そんなことないよ?」...っ」
ハッと顔をあげると、不思議そうなユイナがシェルに笑いかけた。
「シェルが頼り無いなんてそんなことない。大通りを歩いてたとき、横で壁になっててくれてたよね。優しいよね、シェル。ありがと」
「つっ...!?」
カァァッ....!! とシェルの顔に朱がさしていく。純心な紺の幻獣はポシュッと煙をたてて蛇に戻ってしまった。
「......っっ!?」
グネグネとのたまうように悶えていたかとおもうと、とぐろを巻いて赤面した顔を突っ込んで固まってしまった。
「あれ? おーい、シェルー?」
無自覚なユイナがつんつんつつくが、とぐろはさらに引き締まるばかり。
(かっ、可愛すぎです~~!?)
ユイナの笑顔は、シェルには眩しすぎたようだった。
「だっせぇっ」
「うるさいっ!?」
ドラがカチコチのシェルを掴み、手鞠にして遊びだしたが一向にほどけない。
ポンポンと投げられる様子にマルピチャがそわそわとしっぽを立てて追いかける。
ルーンとマルピチャの連帯で蛇球がドラの手から奪われると、ドラがユイナの側に戻ってきた。
「なに?」
何か言いたそうだがモゴモゴしているドラ。意を決したように口火を切るが...顔は横へ逃げてしまう。
「あ、あのさ、俺も頼ってくれよな? 俺だって、一応竜だし、そっ、そのぉ、ユイナはその...雌...なんだし....」
そっぽを向いたままチラチラと見るが、結局終わりを言う頃には完全に横を向いてしまう。
「...」
逆行で顔は窺えないが耳が真っ赤に染まっていた。
ぽかんとするユイナに、照れ臭いのかガシガシと朱の頭を掻く。
「いたっ」「にゃっ」
パスミス。シェルを受け止めきれずにマルピチャがごてんと石畳を転がっていった。
「きゅぅ~」
ハテナを浮かべるルーンがのんきにユイナの襟巻きになるなか、ユイナとドラの間にさっきとは180°違った空気が流れる。
ぼしゅっ! とドラの頭が煙を立てて、ユイナもどこか浮わついた様子で何度も耳を弄る。
「まっ、まだ何軒か回ってないにゃ! 邪魔もいにゃくなったし、行こうにゃ!」
マルピチャがぴょんと跳ねて提案する。ルーンが速攻で肯定したのを皮切りに、シェルもドラも頬を赤らめながら身嗜みを整える。
「じゃあ、行きますか」「お、おう」「きゅー!」
大通りに向かって歩き始めた幻獣たちの後を、ユイナは心ここにあらずといった様子でついていく。
「.....」
(もしゃもしゃする...。何なの、この気持ち!? あー! こんなときはムーンがぁ!!)
抱きつきたい!
ユイナたちが出ていったあとの路地裏に、冬のはじめには珍しく温かな風が吹いた。
どこかに春がやってきそうな....。
◆
ピクリと白いふわふわの耳が立つ。
心の底から高揚するような歓喜に、毛が ぶわっ っと逆立った。
「グルル(どうした、いまさら臆したか?)」
嵐の拘束は未だ破られていない。
青龍は先ほどと様子が違うムーンに違和感を覚える。
「きゅ...!」
繋がった絆が、伝えてくる。
今このとき、ユイナが自分を強く求めていると。
人に視られようが邪魔になろうが、関係ないっ! 大好きな人のところへ、行くんだ!
「ッ...!」
半ば諦めたような抵抗をしていたムーンが、さっきまでとはうって変わって全力でもがく。
絶対の意志を籠めた紅玉の瞳に、青龍はひくりと喉を震わせた。
「きゅいぃっ....!」
全身の力を絞り出し、しっぽを大きく振って反動で身をよじる。
ビッ! と音をたてて脚が竜巻に食い込み、毛が千切られた。白い塊が風に追いやられ飛散する。
それでも、ムーンは抵抗の力を弱めない。
「グルルッ...!(おい! 体が引き裂かれるぞ!)」
竜の王の魔法は頑として破られず、逆に逆らうムーンに巻き付き締め千切ろうとしていた。
慌てた青龍が解除をしようとすると、
「きゅうッ...!!!」
ムーンがそれを許さない。
流石の青龍も慌てるなか、ムーンは力を緩めず諦めない。
永遠にも思われる時間。
ついに、ムーンの体力が底をつく。
ガクリと首を折ったムーンは、激痛と脱力感に朦朧とするなかふと、あることを思い出す。
あれは、ユイナが〈境界〉の魔王になるための試練の時の言葉。
昔、ムーンがルーンに語った言葉。
ムーンがユイナと出会う前、ルーンがもっと幼かったころのこと。
森の数年に1度花が咲き誇る丘で、空を眺めながら語ったこと。
ルーンは母親の顔を知らない。大きくて優しかった母は、ムーンがまだ幼獣だったころに、ルーンを産んで亡くなった。
子供のムーンは必死で泣きわめくルーンをあやし、世話をして数年。未熟さゆえに食べ物となる果物や魔物を持って帰るために奮闘し、木から落ち魔物には返り討ちにされて凹む日々をルーンの笑顔で乗りきってきた。
あるとき、万年鬱蒼とする森に春がやって来た。
初めて春を経験するルーンを連れて、一面花畑の丘のてっぺんで空を見上げていた時のこと。ふと、ルーンが尋ねてきた。
お母さんはどこにいったの? と。
くりっとした青い瞳にじっと見つめられ、ムーンは考えた。
母の死体は言われていたとおり地面に埋めた。母は後ろの森にいる。
でも違うと思った。母は言ってた。いつでもルーンとムーンを見守っているから、と。
なら、どこだろう? 森じゃあ深くて動けない母にはなにも見えないだろうから。
青い空を眺めていると、綿雲の上を鳥の群れが飛んでいく。
あ、と思い出した。母がよく聞かせてくれた話。
遠い遠い昔、この地の雲獣の一人が魂を昇華させ竜へと至った噺。
空を飛べたらどんなに気持ちいいのかと、笑いながら話していた。
もしかしたら、飛べたのかな。一番高い空の上からなら、何でも見通せるだろうから。
巻雲の波の痕を、竜が翔んでいく。
ーお母さんは空に行ったんだよ。知ってるか? 雲獣はとっても頑張ると竜になって山もあの雲だって飛び越せるんだ。
ーりゅう?
ー竜ってのは、強くておっきくて凄いんだ。たぶん、お母さんは竜になって、空から恐いものを追い払ってくれてるんだよ。
ー?
ーほら、台風がきても、こわい魔物がいても助かっただろ?
ー! うん! それ、お母さんが助けてくれてたの?!
ーこの空からいつでも駆けつけて見守っててくれるんだ。
ーじゃあなんでルーンのとこ来てくれないの?
ーそれは、来れないんだよ。お母さんは特別な竜になったから、来れないんだ。
ーじゃあお兄ちゃん、会いに行こうよ!
ーえ?
ールーン、お兄ちゃんと竜になって、お母さんとこ行くの!
ー竜に?
ーうん! お兄ちゃんも!
ーそっか、大変だぞ? うんと強くならなきゃな!
ールーン頑張る!
ー兄ちゃんも頑張るからな! まずはあのトカゲを何とかしような!
ーうん!
雲獣は頑張ると竜になれる。
そして、青龍が言った言葉...『龍の牙は全てを砕く!』
龍の、牙。
同類種の竜の牙も同等の威力を持つ。牙は竜や龍種の最高の武器。
その竜になれる種の牙、下位とはいえど....今まで噛みきれなかったものなんて、無い!
「きゅうぅっ!!」
力なく暴風の枷に凭れていたルーンの頭が閃き、大きく開かれた口が竜巻に繋がれた前足に、噛みついた。
「!?」
驚く青龍をよそに、口腔内で暴れる風の縄を、噛み千切る。
左、右、そして両足と次々と噛みきっていくムーン。
そして、青龍の束縛を、噛み砕いた。
「グルルッッ!?(なんと!?)」
たんっと軽く着地して、青龍を見上げると、ぺこっと一礼して走り去っていった。
その顔つきが清々しいほど落ち着いていて、青龍は動けないまま見送る。
木々の中を爆走するムーン。すぐに白亜の樹にたどり着いた。
驚く幻獣たちの中から、 白虎がどうしたのかと駆けてくる。
「きゅう!」
「え? アインシュバルトのユイナの所へ行きたいのか? でも、一緒に行けないからってここへきたんじゃあ...」
「きゅっ!」
「そうか。君なりに吹っ切れたのか。みんな! 5匹ほど龍を連れてきてくれ!」
「「オッケーっす」」「はーい!」
すぐに集まった龍たちが指示どおり協力して長距離転移ゲートを作り出す。転移位置は、昨日ムーンたちが過ごした森の縁だ。そこなら、まだなんとか転移のチャンネルが繋がる。
完成した歪みはマルピチャに劣る不透明なもの。行き先の景色が見えるマルピチャの魔法には遠く届かない。が、効果は変わらない。
「きゅう!」
振り返り礼を言うと、ムーンは駆け足で空間の歪みに飛び込んで行った。
今も自分を求めているユイナのところへ。
大分通常より長くなりました(*´-`)
次回から大会にはいる...かも、しれません。




