58. 軍の街へ
アインシュバルトに向かう途中です!
新キャラ、ついに勇者がちょっと登場!
魔法大会まであと4日。ユイナたちが旅用に食材を買い込んでいたころ。
王都イスカンダリアにて
きらびやかな王都の第一等区。特に見事な装飾で飾られた聖教会の祭壇の間の重厚な扉を大神官は恭しくノックした。後ろにはスラッと背の高い女性。
「私でございます。例の方を連れて参りました」
「入れ」
帰ってきた声は女性。さほど大きくない声音だが、ビシビシと威厳を感じる。
太っているせいか、重い扉に苦労する大神官に痺れを切らしたのか、後ろから伸びた腕が音をたてて扉を開いた。
ステンドグラスの目映い神秘的なそこはかなりの広さだ。際奥の祭壇
そのままズンズンと中へ入っていく。
「ちょっ、リン様お待ちをぉ!」
大神官が慌ててよたよたと短い手足を使い、祭壇の下に平伏した。
「早く私を魔王のもとに行かせて! 来てるんでしょ、〈境界〉の魔王が!」
リンと呼ばれた女性が、祭壇に向かって怒鳴る。
手に握られている聖剣がカタカタと音をたてるほど、リンは苛立っていた。
そんなリンとは反対に、祭司マリオンはうっとりとリンを見つめるだけ。
「あぁ、異世界より選ばれし勇者リン、美しいわ。その艶やかな髪も、証の尾も」
はぁっ...と1人興奮しているマリオン。話が伝わらず、さらにリンは苛立っていく。
リンはユイナ同様ゲームにダイブし、異世界へ来た日本人だ。ユイナと反対に、一番最後にダイブしたリンは、気が付いたら聖教会に勇者として召喚されていた。犬耳としっぽを生やして。
リンの使命は〈人間界〉の〈魔界〉進行を妨げる〈境界〉の魔王を倒し、〈魔界〉を取り戻すこと。
(〈魔界〉の詳細は〈境界〉のせいで全然掴めていない。邪魔な〈境界〉の魔王を倒して、魔神も倒して、私は地球に帰る!)
「まぁ待ちなさい勇者リン。来週、軍の街アインシュバルトで魔法大会が行われるの。魔王はそれに参加するわ。決勝戦で王都チームと当たらせて弱ったところを、あなたは確実に仕留めなさい」
「今すぐ殺りに行けばいいじゃない!」
「ダメよ。1発で仕留めるの。敵の力量もわからないまま無闇に当たらないで、確かな方法で潰しましょう?」
おしまい と言われ、促されるまま祭壇の間を出たリン。
苛立ち紛れに食堂でパンケーキをがっつくのを、厨房のおばちゃんたちが暖かい目で見守っていた。
◆
1日経って、大会まで3日後。
朝にシーアたちと別れてはや半日。
ユイナたちはムーンに揺られながら軍の街アインシュバルトへと向かっていた。
「んにゃ! ユイナ、ちょっと待つにゃ」
「マルピチャ? どうしたの、お腹すいた?」
「いやちがうにゃよ!? 仲間のにおいがするのにゃ」
あそこにゃ とマルピチャがしっぽで指した方向には、小さなドラゴンと蛇。
「ユイナさま!」
「きゅ?」
なんだろ と首を傾けるルーン。
前方から小さなドラゴンがパタパタと向かってくる。追いかけるように蛇が草の中を掻き分けて来た。小さいドラゴンはヤギくらいの大きさしかないがこれで成体らしい。
「どうしたのにゃ?」
「犬の臭いを追っているんです。前に〈境界〉に犬が来たことがあって、青龍さまが犬は勇者の手下だから後を追って探ってみろって。みんなに言うと騒ぎになっちゃうから極秘でって頼まれたんです」
「そういえば犬が来たって言ってたね。犬って普段見ないけど、勇者の仲間なの?」
「そうなんですよ。勇者といっても聖教会が召喚する特別な勇者で、他の勇者たちとは桁違いの力を持つとか。彼ら聖教会の目的は〈魔界〉を征服すること、2つの世界の均衡を保つ壁の役割をしている我ら〈境界〉の存在は邪魔でしょうがないのです」
「半年ほど前、〈人間界〉から勇者召喚の聖魔力を感じたんです。犬勇者の召喚の儀は100年に1度行われるかどうかで、成功例も少なかったはず。今回成功して、〈境界〉を攻めるつもりで犬を寄越したのかもしれないって青龍さまが」
えっ、なにそれヤバイじゃん?!
「犬が出ていってすぐ追い掛けてきたの?」
「はい。青龍さまに〈境界〉からほっぽられまして」「追っかけて報告しろって投げ飛ばされました」
「そう....」
青龍、マジメで行動力あるのは良いけど、部下に雑じゃない?
「それで、なにか分かった?」
アインシュバルトに近いここにいるってことは、犬はやっぱり王都に向かっているのか。
「さっきのところで複数の人と会っていたみたいで、集団で移動していた臭いを追い始めたとこです。あ、マルピチャ、俺らクタクタだから代わりに空間接続して報告してくれるか? ただでさえ苦手なのにもう無理、地面嗅ぎ続けて首と肩痛い」
「わかったにゃ」
ドラゴンが伸びをしながら首を鳴らすと、バキゴキとかなり凝っているようだ。解れるようにイメージして回復魔法してやる。蛇の方もだいぶ疲労していたようで、なんか崇められた。
「したにゃ。追跡調査はそのまま続行、人を見つけたら映像も寄越すようにって青龍様が言ってたにゃ」
「「マジかよっ...」」
辛い、キツイ、帰りたいの三拍子だとごねる2匹。しばらくうじうじしたあと、ドラゴンたちは臭いを辿り始めた。
方向が一緒のようで、ドラゴンたちにペースを合わせて、ムーンには速歩きくらいで進んでもらう。それから一時間、
「ね、もしかして追ってる犬と人たちってアインシュバルトに向かってるんじゃない? ほら、あの山越えたらアインシュバルトに着くよ?」
「そうみたいですね...、まさか、ユイナさまの動向が知れているんじゃ!?」
「あー、あり得るね。アインシュバルトって軍の街って言うくらいだし、行った瞬間待ち構えられてて攻撃されたりするかも」
「「ええっ!?」「んにゃあっ!?」「きゅ!?」
「もしかしたらの話だよ?」
「きゅ~」
まあムーンもいるし、ルーンと〈境界〉の幻獣たちは自衛出来るし、確実に逃げることは出来るだろう。ただ、聖教会に眼をつけられた場合、アインシュバルトどころかオリジナでも襲われたりするかもね。〈境界〉があるとはいえ、ちょっとやだな。
「まぁちょっと飛んで確かめたらいいんじゃない? ホントにアインシュバルトに行ってるのか、上空からでもドラゴンの目なら見えるでしょ」
「たぶん見えます。でも見つかっちゃったら...」
「きゅう!」
ムーンが人鳴きすると、何処からともなく白い靄が。飛び上がったドラゴンにピッタリとついて、上空の雲に紛れた。
「ナイスだよムーン!」
「きゅうぅん」
あからさまに嬉しそうなムーンをよしよししていると、対抗心が沸いたルーンが風魔法を空に飛ばした。ドラゴンの前方の雲を吹き飛ばして視界を広げてやったようだ。
「きゅっ!」
「えらいえらい」
撫で撫でして喜んでいる2匹とは違い、マルピチャは心配そうに蛇の幻獣と上空を見上げている。
「どうにゃ? いたにゃ!?」
「んー今探してる!」
しばらくしたあと、上空から「あっ!」と叫び声が。
「ユイナさま、いました! アインシュバルトへの道を歩いていってます! 人が3人に犬が1匹、間違いないです!」
「にゃんだとぉ!? ユイナ、やっぱり行かないほうがいいにゃ。大会って棄権出来ないのにゃ?」
心配性だなマルピチャ。
「大丈夫でしょ。それに、本当に攻撃されるかなんてわからないし、こっちから探りを入れてみるのも出来るでしょ?」
「そうにゃけど....」
ユイナが強いことはわかっているが、また〈境界〉の魔王が今いなくなってしまったら...と心配するマルピチャと〈境界〉の幻獣たちをよそに、ユイナとムーン、ルーンはどうにも緊張感がない。
「大丈夫なんですか?」
「ん? だいじょぶだいじょぶ。いざとなったらムーンと暴れまくって〈境界〉に逃げてやるから。マルピチャって転移も出来るんでしょ?」
「ユイナが補佐してくれれば全員を飛ばすくらいは出来るにゃ」
「ならなにも問題なし。ね? 」
じゃあ行こっか。 と再びムーンを進ませ始めたユイナ。犬の行先標が分かって、ムーンは〈境界〉の幻獣たちも乗せて走り出した。
魔法大会本戦まであと3日。今日は、みんなで泊まれるところを探さなくっちゃね。
明日はお土産に服買わなくちゃ。
ユイナたちが入ってすぐ、アインシュバルトの夕暮れの空に小さな影が1つ、浮かんでいた。
次からアインシュバルト編始まります!
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