52. 魔法大会予選 5
ユイナの試合の続きです。
次回、死神狐の予定です。
後ろは大質量の泥の腕。さっきのよりも水分が少ないのか、表面に砂利が見える。その一本の指でさえ、私よりも大きく太い。
前からは、スピード、面積に富む水の砲撃。魔法だからダメージは軽減できるだろうけど、暫く動けないだろう。
前後挟み撃ち。回避は厳しい。
私に到達するまで、コンマ10秒くらいかな?
バッチを着けているから死ぬことはないし、すぐに治る。それはわかってる。
でも、震えが止まらない。
一瞬でも重症を負うであろう一撃が怖いのか。負けることが怖いのか。
震えは止まらない。心の深いところが、さらに激しく震える。
あとコンマ5秒。
私は今、怖いのか? これは恐怖?
でも、なにか違う気がする。もっと、なにか....違うもの。
震えは体の隅々まで広がって行く。
なんだろ? なにかに、何かに凄く戦慄してるって感じ?
じわっと広がっていく何か。
時間を引き延ばしたようなこの不思議な感覚。何も感じない、ゆっくりと加速された世界に浸る感覚。そののっぺりとした覚醒状態に似合わない何かが込み上げてきた。
広がっていく。それは、熱。
震えじゃなかった。この震えは 奮え だ。
音が、色が、五感が戻ってきた。
既に目の前、しっぽを掠めている水の塊。....潰される!
水を叩く轟音。それは結界を歪ませ、精巧なその魔法をも破壊した。爆風がフィールドを飛び出し、四方に飛び散った濁った水。立ち込める水煙。遅れてどしゃ降りのような水滴が降る。いきなりのことに、一時、大広場は混乱に包まれる。
観客の誰もが、ユイナの敗北を予感した。
長い沈黙。
ようやく視界が戻ったフィールド内。見るも無惨なフィールドに膝を付いていたのは.....!
「大胆過ぎるね..猫ちゃん。いや、神速のユイナちゃん。まさか、魔力を暴走させて弾き返すなんて....」
ぐふっと咳き込みながら、ワッフル野郎は立ち上がる。すぐさまバッチが光って治癒魔法が施された。
まさかの展開、不利な状況からの逆転勝利にわあっとあがる歓声。そのほとんどが驚きに満ちていた。
「初めてだったけど、上手くいって良かったよ」
あ、服めっちゃ泥付いてる....あとで落とさないとな。とりあえず、水分だけ相殺させて土を払っておく。
「.....あれはわざとだったのか。バケモンだな」
なんか引かれてる?
「なにその嬉しくない言い方...」
バケモンって...言い過ぎでしょ。
水撒いてフィールドごと支配するとか、どちらかと言えばそっちの方が人離れしてると思うんだけど...。
指摘すれば、「そーかそーかw」と笑い出す。表情がコロコロ変わる奴だな。
吹き飛んでエグいくらい抉れたフィールドに、大人数の職員が駆けつけてきた。石畳どころか土まで消えて皿みたいになったフィールド。手のつけようが無いんじゃないかと思ったけど、職員たちは土が残って高いところの土を下ろして上手く平らに変えて見せる。
整備する職員追い立てられるように控え室に戻る途中、ワッフル野郎が立ち止まった。何かと思って振り返れば、差し出される手。
ワッフル野郎が差し出した手。それは、ワッフルを持ってた手。さっき私を潰し損ねた掌だ。
「変な耳ついてるし、普段見かけねぇし、同じBランク冒険者なのに集会にも来なかったから、なにか曰く付きなヤツなんじゃないかって思ってたんだ。そんで、同時に興味があったんだよ。だから昨日初めてユイナちゃんを見て驚いたぜ。神速って異名の割に細ぇコで。でも今日、やり合ってその名の意味がわかったぜ」
くそ速いなー! となにかしっくりきたかのように1人頷くワッフル。
目立ちたくなくて人気のない時間にしてたんだけど、逆に目立っちゃってたのか。変な誤解を招く所だった。
「俺は 大海のセイン だ。つえぇな、ユイナちゃんも」
ワッフル野郎改め、セインが差し出した手を握る。
「神速のユイナ。そっちも凄かったよ」
大海 の名にぴったりな魔法使いだ。
握手をかわすと、フィールドの外は、名の在る冒険者同士の握手に歓声が沸き上がった。
「なあ、ユイナちゃんがアインシュバルト行く前に一緒にパーティー組まねぇ? Bランク冒険者の複数パーティーはAランク討伐の許可が降りるんだぜ? しかも俺たち、ギルド推薦あるからその上のSランク、Bランク集会メンバー集めて頼めば出来ちまうかもな!」
「そんなのあるの?」
勝手にやってたから知らなかった。集会ってなにするのかな? 情報交換とか?
「おうよ! それもあるが、ランク別の集会で集団討伐とかあってな、結構有意義なんだぜ?」
「ふーん、行ってみようかな」
「おう! 来い来い!」
歓迎するぜ~! とブンブン握手するカイン。
新しい冒険者仲間....かな?
冒険者の集会以前に、メンツすらなにも知らない私にとってはカインは良い伝手だ。良い狩場とか、解るだろうし、社会進出するには良い機会かもしれない。
「うん。ありがと」
ただし、ワッフルの怨みは忘れないから...ねっ!
「痛っ!? ちょっとユイナちゃん?!」
おっと、爪出ちゃった。うん、不幸な事故、偶然ダヨ。
フーフーと息を吹き掛けて赤くなった手の甲を労るセイン。治癒魔法かな? 水魔法系の魔法で治して見せた。
意味わからないと困惑した顔のセイン。でも、そっちが悪いんだよ? あんなに美味しそうに目の前でワッフルを食った罪は大きい。
治癒魔法出来るんなら、これからも八つ当たりしても問題ないか。
「....!?」
何故か背筋がゾクッとしたセインだった。
オリジナ予選 決勝進出決定
アインシュバルト魔法大会 オリジナ代表決定
◆
「ユイナよくやったわね! これでオリジナ代表よ!」
パァンッ! と軽快な音をたててハイタッチ。マナリアはさっきの試合で決勝進出を決めた。
「譲らないわよ、代表1位は私なんだから!」
「もちろん。丁度良い機会だしね、1回マナリアと戦ってみたかったから」
マナリアにライバルと言われつつ、1回もちゃんと戦ったことってないんだよね。なんちゃって術式魔法の練習くらいかな?
「最悪、魔方陣無しのチート魔法使っても良いわよ。バレないようにしちゃえばいいんだから」
「....いいの?」
それ解放したらかなり自由効くよ?
「私は 炎の魔女 マナリアよ? 予選でも、決勝は本気でちゃんした炎で戦いたいの。もちろん、本気には本気の魔法で答えて貰わないと!」
マナリアの紅い目が、いつになくギラギラとしている。
「そっか」
なら、完璧制御の本気魔法で相手しないとね!
大広場の片隅の静かな戦いに、マナリアと私の近くを通った観客が喉をひくつかせて立ち去っていった。
おっと、魔力出てた。やばいやばい。
◆
フィールドはちゃくちゃくと再構築されていき、魔法師団は結界再建のクールタイムに入った。
なんか申し訳ない。
「あっ、ユイナさん! ユイナさーんっ!」
なんだ? と声の主を探せば、領主さんの次男マレーが、おとなしい性格の割りに両手を大きくこちらに振っていた。隣にいるのは領主さんの奥さんタミアさんじゃん。あの仮設バルコニーみたいなの、流石は領主さん、特等席ってやつか。
歩み寄る私に、バルコニーから小さな塊が飛び付いてきた。
「あれ? ルーン、シーアたちと一緒じゃなかったの?」
ルーンはふるふると首を振る。
「きゅーっ! きゅうう!」
ピッとちっちゃな爪が指した先には、ちょっと遠くでクレアを含む子供達と遊ぶ(遊ばれている)ムーンが。そばにシーアもいる。
ふわふわだもんな~ムーン。
普段なら触られるのをあまりよしとしないムーンも、満面の笑みの子供たちを無下にはできないのか、香箱座りのままピクリともしない代わりに触らせてあげていた。
ルーンは群がる子供たちにビビって、領主一家に混ざっていたわけか。
って、マルピチャどうした?
「マルちゃんなら、ずっとムーンの下に隠れてるよ」
そう。流石、猫。危険を感じたらどこかに潜り込むのは地球も異世界の幻獣も同じだったか。
「...くきゅ~ぅ」
未だ遊ばれ続けているムーンが、情けなく鳴く。
「弄るのもその辺にしておいてくれない?」
「「「えー?!」」」
子供ら、揃いも揃って遊びを続行。あ、これ無理だ。
「ゆいなだ~! ゆいなもあそんでー!」
唯一ムーンから離れたクレア。ぐいぐいと引っ張って子供の輪に連れていかれそうになる。
「マレーー助けてー」
棒読みだったが、お兄ちゃんのマレーはちゃんと来てクレアを捕獲してくれた。
頃合いを見定めていたのか、子供らの親がペコペコしながらムーンから子供を引き剥がして戻っていった。
ご苦労様、ムーン。
「くきゅ~」
ため息。ゴメンゴメン。
お詫び代わりに丸焼き肉をストレージから出せば、やけ食いか? って感じに食い付き瞬時にお代わりの要求。もちろん、出してあげる。功労者だもんね。
面白いところは、おとなしかったムーンがバクバクと肉を食いちぎって食べているのを見た、さっきの子供とその親の反応。ドン引きだよ。
今日は留守番のライオスくんは、ケガはほぼ完治して今はリハビリ中らしい。早く治して、修行したいと意気込んでいるようだ。修行ってほどのは無いと思うけど、治ったらなにか教えてあげよう。
久しぶりの領主さんちでした。ボロゼーノさんはいませんでしたけど、ステージの方にいる予定です。
今後もよろしくお願いいたします!




