41. 家
ちょっと進展です
オリジナ郊外の丘陵地帯にある集落。その奥側にある一軒の家は今日は一段と騒がしい。
小さな1部屋(1LDK)だけの家から、次々に家具が外に運ばれていく。別に大胆な空き巣が入ったわけではなく、訳あって大掃除が始まったのだった。
「はい」
とユイナに持ち上げられた家具が、
「きゅ」
と、入り口に2本足で立つムーンに渡され、それをゆっくりと丁寧にムーンは芝生に敷かれた藁に移す。火事の時のバケツリレーの家具版って感じ。そこまで急いでいないからのんびりとだ。
「きゅう~ぅ~」
「にゃあ...」
そんな1人と1匹の足元をぐるぐると回っている2匹。白い方が少し大きいようだがどちらも丸っぽくてふわふわなため、白と黒の色違いにも見えなくはない。
かまってほしいのと、二人を手伝いたいのだか、出来なくて諦めきれずにうろちょろしているのだった。
「ルーン、それとマルピチャ、やることならあるから雑巾持ってきて。シーアが水汲んできたら床掃除だからね?」
「きゅうっ!」「了解にゃ!」
任された2匹は雑巾を取りにパタパタと駆けていってた。入れ替わるようにシーアが重そうにバケツを持って入る。
「重かったよね。ありがと」
「ううん。へっちゃら!」
ぽふぽふとムーンがシーアをしっぽで撫でる。ムーンもシーアのお兄ちゃん気取りなのかな?
「きゅうっ!」「取ってきたにゃ!」
グッドタイミングで2匹が雑巾を持って戻ってきた。
「じゃあ早速お願いするね。ムーン、1回風で埃飛ばしてくれる?」
「きゅう」
掃き掃除の代わりにムーンの繊細な強力空調で埃一つ残らず外へと飛ばした。ちゃんと人のいない方向に風を逃がしたのは、しっかり落ち着いたムーンらしい。ルーンに頼んだら埃を被っちゃってたかもね。流石、お兄ちゃん。
「むきゅっ!」
えっへん! とばかりにデレ顔で胸を張るムーン。うん、偉いっ!
お礼のなでなで。
「さて、お願いするかな」
「きゅっ!」「にゃいっ!」
ピッ と挙手するチビッ子組。濡れ雑巾に両前足をスタンバイさせて、ムーンの合図で同時に駆け出していく。小学生がやってるよね、こういうの。
「きゅうぅぅぅ!」
「にゃぁぁぁっ!」
お互い抜いて抜かされてを繰り返し、シャトルランのように1往復ごとに速度を増していく。
それでいて床は寸分の狂いもなく綺麗に磨かれているのだから凄い。
速攻で床はキレイになり、ムーンのジャッジはマルピチャに軍配があがった。
「にゃっし!」「きゅぅ....」
ガッツポーズするマルピチャ、ルーンがガックリとしょげこんだ。
「ほら」
テンション真逆のチビッ子たちにはこれが最適だと思うんだよね。
放られた小さな丸いものをキャッチしたとたん、ルーンはパッと飛び起きた。
「きゅううっ! きゅうぅ!」
いいの!? と小首を傾げたから いいよ と促すと、パクっと口に放り込んでとろんとした様子でご満悦だ。
「にゃ?! ルーンにだけずるいにゃ!」
バタバタと暴れてもマルピチャには無いのだよ。
「マルピチャはルーンに勝ったでしょ? だからルーンには残念賞」
「だったらにゃーには優勝した分があるはずにゃ!」
ほーしーいーっ! にゃーも欲しいのにゃぁー! と駄々っ子。
「勿論あるよ。でもあめ玉はもうないの」
「にゃぁっ?!」
でも、ストレージにちょっといいのが在るんだよね。
「マルピチャにはこれ! 煮干し!」
ストレージから適当に取り出すと、出汁がとれるんじゃないかってぐらい溢れてきた。さすが、猫神様の煮干し【数量無限】
「にゃ..! にゃんにゃこれ! 旨すぎるにゃ!」
夢中で貪りだすマルピチャ。そんなに美味しかったのなら、今度味噌作ったらみそ汁作ってみよう。
ムーンとルーンも遠慮がちにかじって、途端に食い付いた(ムーンは大量に)。大盛況だね。今度からおやつはこれにしよっか。
そんな小休憩をとった後、今度は家具を戻していく。さっきと逆に家具を運んで、最初とは違うところに設置。
作業はテキパキと進んで、最後の椅子をシーアが運び込んでおしまい。
「終わったね!」
「うん」
「「きゃうん」」
「疲れたにゃぁ」
家具の場所が違うだけでかなり様子が変わった室内と繋がる新しく設けられたスペース。さっき魔法で造った四畳くらいの部屋と、その外に作った屋根つき藁のベッドがこれからの私たちの家だ。
シーアとリアーナさんの好意で、シーアの家を拡張して居候させてもらえることになったからだ。
今日はその準備をしていたというわけ。
新設した私の部屋の壁の片面は拾った石英の塊を魔法で高温で溶かして造ってみたガラスでスライドドアを作ってみた。形はまともだけど細かいところはわからないからその分魔法で補った力作だ。薄地のカーテンを取り付けて、向こう側のムーンからこちらが見れるようにしたから、もうムーンだけ仲間外れってことはない。
ベランダ窓があるけど明かりが欲しいから天井に魔力ランプを取り付けて、魔力を通らせやすいという魔法糸で魔力を供給出来るようにしたから地球となんら変わりなく快適に暮らせそうだ。
ストレージからベッドとちょっとした机とクッションを出せば四畳の部屋はあっという間に埋まり、部屋が完成。
「お姉ちゃんたちと暮らせるなんてね」
「きゅっ!」
扉から部屋を覗くシーア。ルーンも上機嫌で抱かれてやってきた。
「お姉ちゃんの物ってさ、よく見ると猫の刺繍とか柄とか多いよね。机とかも角に猫彫られてるし。何で猫ばっかなの?」
ふかふかしたクッションは、元は白地に緑の水玉だったけど、今は水玉じゃなく肉球マークに変わっている。同じように服も布団もカーテンまでも何気なく猫が描かれている。
「これはね、猫神様の加護の証なの。だからしょうがない」
【破壊耐性】がつくのはいいけど、ちょっとウザかった。でもまぁ、慣れかな。もうどうでもよくなった。
剥がせ無いんだから、諦めも肝心。
ムーンの寝床につかっている藁は、何日か前の依頼現場で見つけた。大きな藁だったから集めておいて正解だったね。ムーンも気に入ったみたいだ。
これで引っ越し準備は完了だ。あとは・・・・・
「どこ行くの?」
「ちょっと街にね。宿屋さんにあいさつしてくる」
半年以上を過ごしたんだから、私でもそれなりに打ち解けている。異世界に来てからずっと一部屋を占領し続けてきたんだから無言で去るわけにもいかないでしょ。
「私も行きたい!」
ぱっと挙手して、リアーナさんの許可が下りると「やった!」いそいそとムーンを這い上がっていった。
窓の向こうのリアーナさんが「わがままでごめんなさいね。あの子をよろしくね」と苦笑して手を振って見送ってくれた。
タッタッ とリズム良く起伏の激しい丘を、道を無視して突き抜けていく。晴れた日に好きなだけ飛ばして走れるのがうれしいようで、たまに角兎を蹴飛ばしているのも気にならないようだ。昏倒した角兎をルーンが棚からぼた餅のように笑顔で回収していた。
ものの数分で街に着き、今度はムーンから降りて歩いて街中を進む。もふもふ3匹と女の子2人。しかも片方は猫耳としっぽが揺れている。当然目立つのをポーカーフェイスで歩き、なんとか精神的ダメージでノックダウンする前に宿屋に到着した。途中、子供たちにいじられたときに、クッキーですばやく回避できたのが幸いしたね。
部屋を引き払うと告げると、宿屋のお姉さんは少し寂しそうに私たちにお茶(ムーンには野菜)を出してくれた。
「なにか困ったら頼ってね? いい?」
ダラダラと過ごしていたせいか、お姉さんに凄く心配された。シーアが興味本意でどういうことか尋ねて私の半年間の怠惰な生活が暴露され、シーアに叱られちゃった・・・・。これじゃどっちが姉貴なのか・・・。
帰り際、出店に寄って当分の食料を買い込んで帰宅した。
「ただいま」を言うシーアに促されて、私も同じ言葉を言うと、にっこりとリアーナさんが「おかえり」と迎えてくれた。
心がなんかほっこりとする。
そっか、ここが私の家か。
感想などおねがいします!




