暮葉の葦
イスカの街より東に3日、東方開拓事業において最初期に作られたクレハという開拓村があった。
あったというのは他でもない、30年ほど前に魔物の襲撃により一夜にして村ごと燃え落ちたのだ。
そんなクレハの村には一つの物語があった。
今からさかのぼること60年ほど前、クレハの村はイスカより東北側の開拓作業のための中間地点にあった。
当時はカレント川にかかる橋も人が通るだけで精いっぱいのものだったので、クレハの村から川岸への渡し船が毎日行き来するような村だった。
ある日の事、この村に冒険者の女がやって来た。
夏でも深々と濃い緑色のフードを被り、宝珠の埋め込まれた樫の杖を持ち歩く彼女は自らをコーマと名乗り、村の外れの川沿いに小屋を借りた。
村人とはあまり交流もない彼女だったが、時たま川で水浴びをする姿を覗き見た者がいる、その素顔は若く瑞々しい美女であり、覗き見をしたものはもれなく感電の呪文を喰らい、手痛い罰を喰らったそうだ。
さて、小屋をを拠点に開拓資材の護衛を行って日銭を稼ぐ日々を行っていた彼女だが、なぜ若い女性がそんなことをと聞いたものがいる。
聞けば彼女は魔物を使役する秘術を探しているのだという。
失われた秘術を求める旅、その一環で魔物の生態を調べたい。
魔物を使役する秘術が復活できれば、資材運搬をもっと少人数の護衛で行えるし、魔物や亜人の被害者も経ると笑顔で語ったその顔は希望に満ち満ちており、
そういった理由で冒険者になったのだと彼女は語った。
さて、そんなコーマに興味を抱く男がいた。
開拓村の村長の息子、ドニーである。
父親の権力をかさに着て横暴を働くことが多い男だったので、とうぜんコーマにも強引に迫ったのだという。
しかし、何度も何度も強引にくるドニーをコーマはそ毎回袖にした。
自分にはやるべきことがあるし、そんな強引な術ではお断りだと。
力強い意志をもって行った拒絶は、権力に縛られず決意と意志をもって冒険を行う冒険者として立派なものだったろう。
ただ、相手が悪かった。
今まで権力によって相手を屈服されていたドニーはそれに対して怨みを重ねていった。
そしてとある日の事、逆恨みが爆発した彼は村長である父に彼女を告発した。
魔物を崇める邪教の使途として。
そしてその夜、夜のとばりが辺りをが下り、人々が寝静まったころ、ドニ―達がコーマの小屋を強襲した。
小屋に火を放ち、煙にいぶされて出てきたコーマを剣で切りつけたのだ。
魔法使いとして優秀だったコーマといえ急な襲撃の一刀に対応することはできなかった。
剣は杖を持った彼女の腕を両断し命をも奪っていった。
残酷なことに、コーマの死体は弔われることもなく川に流されて、内々に処理された。
さて、それから半年ほどたったことである。
ドニーの手下たちが飲んで騒いで夜道を歩いているとスッっと目の前を人影が横切った。
ガラの悪い彼らの事である、横切ったそれを怒り半分、興味半分でつかむと自分の方へと引き寄せた。
引き寄せる瞬間に掴んだ感触を酒を飲んでいる彼らは分からなかったのだが、引き寄せた瞬間にそれが何なのかを知ることとなる。
それは泥に塗れた緑のフードを被った腕のない骸骨と、空に不気味に浮かぶ腐った樫の杖であった。
恐怖におののく彼らに骸骨はカタカタと骨を鳴らしながら呪詛の言葉をつぶやくと、ふよふよと腐った杖が怪しく瞬き出し、あたりの地面から低いうなりをあげながら骨と腐った肉の化け物が続々と現れた。
そこから先はもうお分かりだろう。
化け物の列はドニーの手下に群がり、その命を頬張った。
そして、緑のネクロマンサーと続々と増える不死者の葬列は街をのみ込み、村長の館へとなだれ込んだ。
街の異変に人々が気付いたのは翌日になってからだった。
第一発見者はイスカの街から開拓村を回る巡回司祭の一団だった。
彼らは川の向こう側でいまだくすぶり続ける村の残骸と、傷つき苦痛の声を上げる生存者、そして日の光にその身を焦がし呆然と立ち尽くすネクロマンサーの姿を見つけた。
あの男だけだったのに、どうしてこんなことに、どうして!と叫ぶネクロマンサーに声をかけるものはいなかった。
一人を除いては。
司祭団の長であったユンゲル司祭は部下の司祭たちに生存者の治療を命じると一人ネクロマンサーの元へと赴いた。
司祭は脈絡を無くし、うわごとのように声を上げているネクロマンサーからなんとか事情を聴きだすと彼女を哀れみ、浄魂の術を用いて魔物と化した身体と魂を浄化した。
その後、カレント川には荷馬車の行き来できるような橋が架かり、クレハの村は再建されることはなかった。
現在は村の跡地にはこの夜の犠牲者の墓が、川の畔のコーマの小屋があった場所には司祭によって浄化されたコーマの墓が建っているのだという。
そして、彼女がそこで眠っていることを示すかのようにその墓の周りに生える葦は秋口になると必ず片方の葉が落ちるのだという。