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総理の今川焼

作者: とみた伊那

2年くらい前、経済の講座で「2024年の日本を考える」という課題で作りました。そのため若干内容が古くなっていますが、当時の雰囲気ということでそのまま載せました。薬局で「ジェネリックにしますか?」と聞かれた時の参考になればいいと思っています

        

「いらっしゃい。何にしますか? 期間限定のおいしい今川焼きもありますよ。秋田の老舗の職人が作っています」

和菓子の虎目屋の主人は入ってきた黒い背広の男に声をかけた。

「何でもいい。大きめの箱に入るようであれば。じゃあ、その今川焼き10個入りを。必ず紙袋に入れてくれ」

背広の男は、和菓子の名店である虎目屋から今川焼きの入った菓子の袋を受け取ると、その中に自分のカバンから取り出した封筒を入れ、急いで店を出ていった。


「変わったお客さんですね。味は関係なくて包みの大きさを気にしていましたよ」

和菓子職人の山川は、コンロの前で今川焼きを焼きながら虎目屋の主人に話しかけた。

「ここは官邸の近くだから、時々ああいう包装紙目当ての客が来るんだよ。気にしない。それより山川さんが来てくれてから、うちの店の売り上げが急に伸びてきましたよ。やっぱり山川さんの焼く今川焼きはおいしい。特に皮の味が違うと評判だよ。来てくれて本当にありがたい」

「いや、お礼を言いたいのはこっちの方です。実は困っていたのです。妻が妊娠したけれど、どうしても地元秋田のどこの病院も産科の予約が取れなかったのです。地元でお産のできる病院を見つけられず、やっと東京の病院を予約して出産できることになりましたよ。だからその期間中こうして私も働ける場所があると、その間の宿泊代が助かるのです。こんなに立派な老舗の虎目屋さんにウチの今川焼きを置かせてもらって、ありがとうございます」


2024年少子高齢化が進み、子供の数そして子供を産む数が極端に減った。お産の数が減ったので病院の産科の患者が減り、産科の経営が苦しくなった。そのため産科の医者が経営難で減ってきた。産科というのは患者の数が多くても少なくても、ほぼ24時間営業となる。そのため一つの病院で産科の医師の数が減ると、例えば一か月4人で当直・徹夜のお産を担当すると4日に一度の当直となる。それが医師の数が減り、医師が一人だと365日24時間働かなければならなくなる。『寝る時間も食べる時間も無い』そう言ってさらに産科を辞める医師が増えた。政府はあわてて特別の奨学金を出して産科の医師を増やす政策を出した。しかし大学を卒業しただけでは一人前の医師とは言えない。先輩の医師についてその仕事を見ながら仕事を覚えていく。一人前の医師になるには、ほぼ10年かかる。ところがこの時点ですでに産科の医師が減りすぎて、仕事を教えてくれる医師の絶対数が少なくなり、なかなか産科の医師は増えなかった。そのため2024年には産科の予約をとってから妊娠しないとお産ができないようになっていた。


山川夫婦もその影響を受けていた。地元の秋田では産科の医師がほとんど無く、やっと東京の病院で出産の予約を取ることができていた。

山川は今悩んでいた。本当は地元の秋田で、昔からの自分の和菓子の店を続けたい。しかし無事に出産できたとしても、秋田では小児科の医師も減っている。秋田で子供を無事に育てていけるだろうか。幸い虎目屋さんが引き続きここで働かないかと言ってくれている。このまま独自の今川焼きの製法を虎目屋に教え、東京で働くことにしようか。


「ちょっと失礼」

閣議の途中、カベ総理は席を立ってトイレに行った。

まずい、これでトイレに行くのは三回目だ。これでは持病の腹痛がぶり返したのが他の議員にバレてしまう。

カベ総理はトカゲ秘書を呼んだ。

「この前、処方箋を渡してもらってくるように頼んでおいた薬がいつもと違う。いつものアマコールでないと効かない。どうしたんだ」

「はい、アマコールですね。今までの薬局が閉店したので、別の薬局に行ったらそれを渡されたのです。でも薬の効き目は同じだと言っていました」

「バカ。これはジェネリックだ。これでは効かない。いつもの先発品をもらってこい」


トカゲ秘書は薬局に出かけ、先発品を出してもらうように頼んだ。薬剤師はトカゲ秘書にパンフレットを渡して説明した。

「カベ シンジ様のお薬ですね。今、国の健康保険組合は赤字で大変なのです。今はジェネリックがある場合は、処方箋の薬は全てジェネリックを出さなければいけない法律になっています。ここに先発品とジェネリックは効果が同じであるというデータがあります。先発品を希望の場合は全て自費扱いになります」

「でも実際に飲んでいる人は、ジェネリックでは効果が無いと言っているのです」

「実際にはジェネリックは効かないという症例報告が沢山あるのは知っています。特にアマコールの場合、ジェネリックはどの会社の薬も効かないと評判です。アマコールは腸で薬が溶けないと効果が無いのに、一つの会社の薬は胃で溶けて腸では効かなくなっているし、別の会社の薬は胃でも腸でも溶けずにそのまま便から出てしまいます。でも私達は、効果が同じであると患者さんに説明して、ジェネリックに変更してもらわなければいけないという法律になっています。胃で溶けるのと、胃でも腸でも溶けないのとどちらにしますか? 」

トカゲ秘書は全額自費で払って先発品のアマコールをもらってきた。


それからしばらくの間、カベ総理は先発品のアマコールを飲んで体調が安定していた。ところがその後事件が起こった。アマコールを作っているペリア製薬がアマコールの製造を中止したのだ。


カベ総理はペリア製薬の社長を呼び出した。

「私には関係ないことだが……」

カベ総理は慎重に言葉を選んだ。

「おたくの主力商品であるアマコールの製造が中止になったそうだが、どういうことだ」

「ああ、あのアマコールですね。あれは特許が切れてしまいました。今は特許が切れてジェネリックが発売された薬は、健康保険の場合は全てジェネリックで出さなければならない規則になっています。ドイツもその法律によって国家予算の赤字を乗り切りました。でもその代償として製薬会社の研究開発費が減って、製薬会社の経営がどんどん苦しくなっています。それと同じことが日本でも起こっています。十年前は世界トップクラスだった日本の製薬メーカーの売り上げも、2024年現在は世界20位にまで落ち込んでいます。わが社も経営が苦しくなったたし代替品のジェネリックも発売されたため、アマコールの製造は打ち切りにしました。もう研究開発費も無いし、これからはわが社もジェネリックが主力の会社にしていこうと考えているのです」

「でも何故アマコールなのだ。他にも作っている薬はあるだろう」

「患者数の違いです。他の花粉症の薬は患者が多い。つまり作れば沢山売れる。でもアマコールが必要な消化性潰瘍の患者は少ないのです。その少数の患者のために生産ラインを別に動かしていたら、製薬会社はやっていかれません」

「ううん、ではアマコールのために特別に予算を付けよう。いや、私ではなく困っている少数の患者のためだ」

「わかりました。それではアマコールの製造を再開することにしましよう」


ほどなく先発品のアマコールは製造再開された。これでカベ総理の体調も再び良くなるはず。

しかしカベ総理はまだトイレに通い続けている。

「おかしい。全て前と同じはずなのに、薬が効かない。どういう訳だ」

カベ総理は医者に薬が効かないと話をした。

「そうなんです。他にも昔のアマコールは効いたけれど、今度のは効かないという患者さんが多いのです。どうも前のアマコールと効き目が違うようなのです」


カベ総理は再びペリア製薬の社長を呼び出した。

「どうもアマコールは新しく製造するようになってから、効かないという評判だ。いったいどうなっているのだ」

「そ、それが実は……」

ペリア制約の社長は、もごもごと歯切れの悪い声で答えた。

「薬の成分は今までと同じなのですが、賦形剤がどうも前のようにできないのです。つまりアマコールのジェネリックが効かないというのは薬の成分でなく、賦形剤が違うのが原因だったのです。分かりやすく言うと、薬を今川焼きに例えます。効き目の成分を今川焼きの餡とすると、賦形剤は今川焼きの皮の部分。ジェネリックの場合、餡は先発品と全く同じですが、皮がそれぞれの会社によって違うので、薬を飲んだ場合の体内の溶け方が違うのです。アマコールの場合はその溶け方の調節が他の会社には出来ない技術のため、ジェネリックではダメだったのです」

「その技術が今まではちゃんとできていたのに、なぜ今度はダメなのだ」

「どうも何か重要な操作が足りないようで、前のようにできないのです。同じように作っても、その日の温度や湿度によって微妙な調節が必要で。それが前に努めていた研究者の特殊な技術というか能力というか……」

 ペリア製薬の社長のもごもごは、一層ひどくなった。

「その研究者はどうした」

「辞めさせました。もうアマコールを製造しない方針でしたし、そうなるとその技術は必要ありません」

「探し出して連れてくればいいじゃないか」

「それが……。派遣の研究者でした。わが社も経営が苦しくて、研究者もほとんど派遣を使っています。それでも今までは契約期間が来たら更新していたのですが、今度から改正派遣法になり、3年たったので雇止めにしました。その派遣会社に聞いても、次の就職が決まったので派遣登録しなくなったとのことです」

「もういい」

カベ総理は我慢できずにトイレに駆け込んだ。


トイレでは40歳くらいと思われる男の清掃員が掃除の最中だった。

「トイレですか?  はい、どうぞ」

掃除を中断してカベ総理にトイレを使わせた。その後、もう一人の清掃員であろう、年配の女性の声が個室の中にいても声が聞こえた。

「あら、中村君。また活躍したんだってね。アメリカに続いて今度は中国の記者さんも案内してあげたの? 」

「はい、今度ここを辞めて中国の企業に就職が決まったので、今は中国語を勉強しています。だから道に迷った中国の方を案内してあげる事ができました。通訳をしている間、僕の担当のトイレまで掃除してくれてありがとうございました」

「いいのよ、おばちゃんはそれくらいしかできないから。でも、あなた大学院まで出たエリートなんだってね。本当はこんなところでトイレ掃除なんかする人じゃないのに」

「はい、前は製薬会社の研究室にいました。大学院を出てから研究の仕事はあったのですが、正社員ではなくて派遣の研究者という待遇しかありませんでした。給料は正社員の半分でしたが、それでも好きな研究ができればいいと頑張ってきました。でも改正派遣法になってから、同じ職場に3年以上続けて勤務してはいけないことになって、その研究所をクビになりました。ちょうどその頃、勤めていた会社の業績が悪くなって派遣の私が真っ先にリストラの対象になったのです。次に紹介されたのがここです。研究者なんて所詮狭い分野しか知らないから、潰しがきかなくて」

「せっかく勉強したのに大変だねえ。それでどんな研究をしていたの? 」

「薬の賦形剤の研究です。薬を飲んで、ただ胃で溶けるのではなく、身体の必要な場所に必要な時間に溶けるようにできるようにする研究です。例えて言えば、今川焼きの皮を作るようなものです。中が黒餡か白餡かによって、皮の味も調節するのです」

「そんなにすごい研究なの? 」

「はい、今までは消化性潰瘍の薬をうまく腸で溶かすようにするだけでした。でも、やりようによっては薬が溶ける場所を調節して、癌細胞をだけを狙って抗癌剤が効くようにもなるはず。もっとこまかく調整すれば、例えば錠剤の中に金属ナトリウムと火薬を入れておく。そして緻密に計算した時間に体内で溶けるようにするのです。金属ナトリウムは水に触れると爆発します。つまり正確に計算された時間で体内の薬が溶けて金属ナトリウムと体液が反応して火を吹く。それと火薬が一緒になれば、今までの常識を超える超小型で誰にもわからない爆弾を作ることもできます。まあ、夢の話だけれど」

「私には難しすぎてわからないね。ただ今川焼きは白餡より黒餡の方が好きだけどね。それでその研究は前の会社の人が引き継いでやっているのかい」

「まさか。自分がいつクビを切られるかわからないのに、自分の業績を会社に教えたりする訳ないでしょ。誰でも再現できるように資料を残しながら、肝心なことは私の頭の中だけにありますよ。でも安心してください。私もやっと次の就職が決まりました。中国の企業が研究者として雇ってくれるのです。今までとは破格の待遇で。奨学金の未払い分も全部払ってもらえて、これで借金地獄からも抜け出せます。だからこの仕事も今日で終わりです。今までありがとうございました。僕は本当にこの研究が好きなのです。だから研究をやらせてもらえるなら、中国でも北朝鮮でも、どこでも行きますよ」

トイレの清掃人が去っていく音がする

「ま、待て」

カベ総理はその男を引き留めるために立ち上がろうとした。しかしまた激しい腹痛が襲いかかり、カベ総理は立ち上がれなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 政治家が世襲すると庶民のことがわからなくなるんでしょうね [一言] 実際の上流階級は海外に逃げそう
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