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009:二×四ビル

 広瀬太郎は親子四代に渡っての銀行員だ。

 太郎の祖父が、三百八十三銀行と呼ばれていた銀行の頭取だった頃、小さな銀行を二つ、吸収合併することになり、それを契機に、銀行名をもっと親しみやすいものに変えようという話になった。新しく決まった名前は『ミツバチ太陽銀行』。

 なんのことはない、三百八十をミツバチと読み、三をサン、すなわち太陽と読んで『ミツバチ太陽銀行』である。

 ミツバチが巣に蜜を貯めることは人間が銀行にお金を貯めることに擬えることが出来るし、ミツバチや蜂蜜は黄金をイメージし、金運にも良さそうだ。勤勉の象徴でもある。語呂合わせにしては上出来だ。通帳もカードも黄色地に六角形の地紋をあしらい、太陽に向かって飛ぶ可愛いミツバチの絵柄を採用した。今は止めているが、新装開店の時には利息の代わりに蜂蜜がつく定期預金も作ったほどである。

 最初のきっかけはそんな所だったのだが、太郎の祖父・耕之進こうのしんはミツバチと蜂蜜に接しているうちに、すっかり魅了されてしまい、ミツバチを行名に使用しているのならばと、本店の屋上でミツバチを飼いはじめ、ミツバチ部という部署まで作った。

 そして息子に跡を譲った後、ビルを建てた。二×四ニシビル、二×四で八=ハチを意味する名前が付けられたビルは、まさしくハチ尽くしのビルだった。

 六階建てのビルの一階はメニューに蜂蜜をふんだんに使ったティー・ルーム。二階は蜂蜜を使った石鹸や蜜蝋を使ったハンドクリームなどを取り扱うアロマとハーブの店。三階はずばり世界の蜂蜜を扱う蜂蜜屋。四階は蜂蜜を思わせる琥珀専門のアクセサリーショップ。五階が定食のお店で、六階が管理人の部屋。つまりは広瀬耕之進の隠居場だった。そして屋上は彼の愛するミツバチの巣が入居する。

 三人はまず、耕之進の部屋に顔を出した。


「お祖父さん、ミツバチを保護してきたので、屋上を開けてもらえますか?」

「おお、聞いたぞ。私も行こう。

やぁ、野乃花ちゃん、久しぶりだねぇ」

「ご無沙汰しております。広瀬様」


 頭を下げる野乃花に、耕之進は『いやいや』とばかりに手を振った。


「私はもう隠居の身だからね。そんな堅苦しい挨拶は無用だよ。

すっかりお店の方にも顔を出していないから、もう客でもない。

若女将の野乃花ちゃんには会ってみたかったのだが……ふむ、惜しいことをした」

「……? お祖父さん、今からでも遅くないですよ。今度、一緒に『中鉢』にご飯を食べに行きましょう」


 太郎は祖父の言い方に引っかかった。あの言い方ではまるでもう二度と、野乃花の実家が営む料亭、『中鉢』で若女将として働く彼女の姿が見られないようではないか。祖父は年をとったとはいえ、矍鑠としている。健康の面でも食事に出掛ける不安はないはずだ。

 もっとも、最近の耕之進が、もっぱらビル内の飲食店で食事を済ましているのは事実だ。


「昼食なら下の定食屋で食べるのがいい

そこの大きなお兄さんもどうかな?」


 耕之進は当然のように野乃花と真人を昼食に誘った。時刻的にはミツバチを巣箱に入れ、少ししたらぴったりだ。


「喜んで。二×四ビルの定食屋さんは県庁内でも評判ですが、まだ行ったことがありませんでした。

何しろ大層な人気で、定時に昼休憩に入らないと食べられないと聞いています。

今日は少し早めに昼休憩に入って、食べたらその分、早めに仕事に戻ります」


 野乃花は躊躇したが、真人はどんどんと話を進め、そうすることになった。

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