061:女王バチの後悔
野乃花が中鉢から家出をした話は、新幹線よりも早く東京に着いた。駅で野乃花はそのまま帰りの新幹線に乗せられそうになる。
その手を逃れて、彼女は街へ走った。その野乃花を探し当てたのは、やっぱり東だった。
だが、その時も野乃花は彼を拒絶し、抵抗した。
東は真人ほど大柄ではなかったが、それでも高校一年生の平均よりは背が高く、顔つきも入学当初と比べると、その後の半年にあった様々なこともあり、すっかり大人びたものに変わっていた。登校前だった彼は、残暑厳しい街で野乃花を探す為、着ていた制服の上着を脱いでいた。そうすると、小さな校章入りのワイシャツと灰色のズボンという、パッと見では、所属の分からない服装になる。おまけに怪我の治療の為に丸刈りにされた髪の毛はまばらに生えかけで、包帯は未だ取れず顔半分を覆い、あざも残っていた。
つまりは平日の真昼間に、年頃十六から二十代半ばの怪しい風体の男が、小学生の女の子にちょっかいをかけているように見えてしまったのだ。事案である。
警察官が駆けつける始末になった。
すぐに誤解は解けたが、連絡は”三ツ橋”にいってしまった。二人とも、”三ツ橋”の家の子どもだったからだ。
迎えに来た三ツ橋倫子は警察署では勿論、冷静に愛想よく対応し、二人を引き取った。
が、三ツ橋邸に着くや否や、野乃花を平手打ちにした。
「お前はどこまで東の邪魔をするんだい!
警察沙汰にするなんて! 東の顔だけでは飽き足らず、経歴にも傷をつけようとしたね!」
東が止めようとするとますます逆上した。
「この疫病神が! “私の”東に二度と近寄るんじゃない! お前が近くにいると東の不利益にしかならないんだよ!
お前のその可愛いだけの顔こそ、その性根と同じくらい醜くなればいいのに! この!」
二発目の平手打ちを受ける野乃花を、今度は東も黙って見ていた。再び、新幹線に乗せられて帰される時、彼の姿は無かった。
ただ、出発して少しした時、車内販売の女性が、事前に男の子にお願いされていたからと、野乃花にお菓子と飲み物を渡してくれた。
***
そこまで話して野乃花の手は、左頬から離れた。
「私……あの人と話をしただけで、母や“祖母”に疎まれるのが嫌だった。
あの人の父親のせいで、“祖父”は陥れられ、三ツ橋は崩壊したと……それは今でも思っている」
真人は野乃花に気付かれないように、小さく頷いた。もっとも、今の野乃花には、もう少し大きな肯定でも気が付かなかっただろう。
「あの人が怪我をした時、“祖母”がはじめて私に手を上げた。とても痛かったし、悔しかった。でもそれは仕方がないと思った。あの人の痛みと傷に比べたら――だけど……覚えていますか? あの人をお見舞いに行った時のこと――」
真人が、今度ははっきりと大きく頷く。野乃花の付き添いで、彼もその場にいた。
「あの人、倫子様に言っていた。『これで同情票を集められます』『私はきっとあなたの望む”三ツ橋”の跡取りになります』って。
そしてその通り、あの人はあの人の父が穢した”祖父”の座を受け継いだの」
真意に気付いていながら、側に居た真人は野乃花に友人の弁護をしていなかった。あの時の野乃花に、それを理解して欲しいと願うのは、可哀想なことだ。でも、今は――。
「そして、私を探し出した挙句、連れ戻すのに加担した。また叩かれた私を、平然と見物していた。
『中鉢』に引き取られた後は、もう会うこともなかったわ――でも、違うかもしれない」
ブンブンと音がする。
野乃花は自分の思い違いに気付いた。
本当はもっと早く、気が付かないといけないことだったのに。




