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041:私の席、あなたの場所

 光は慎重に言葉を選んだ。


「『ティースプーン』の仕事は、私や名取、他の従業員がすることなの。

イチゴの件は、手が足りなかったからお願いしてみたけど、その他の仕事は間に合っている。そりゃあ、忙しい時間もあるけど……」


 光はチラッと名取を見た。

 名取が案じたように、光も自分や他の店員達の仕事について考えてくれたことは嬉しかったが、野乃花の心情を思うと複雑だった。

 誰だって、自分を否定されるのは嫌なものだ。だから野乃花に花を直された時、名取はなんとなく嫌な気持ちになったのだ。


「大抵は、なんとかまわしてみせるわ。

野乃花さんの仕事ぶりは文句なしよ。

なんでも出来るし、誰よりも早く動くし……けど、野乃花さんは全部、自分一人でやろうとしていない?

それだと他の子達に良くない気がするのよね……ねぇ、名取?」

「ええ……!?」


 人に駄目出しする役割を振られた名取は恨めし気に光を見たが、自ら一つの店を立ち上げ、運営してきた女性はしたたかに笑った。


「野乃花さんがいてくれると、仕事がすごく楽になると思います。

蜂蜜に詳しいし、よく気が付くし、美人だし」


 まずは持ち上げておく。そうでないと、野乃花が泣き出してしまうのではないかと恐れたのだ。こちらを睨んでいるような顔は、泣くのを我慢しているからだろう。


「もし、同じ従業員なら一緒に切磋琢磨出来ると思います。けど、野乃花さんは二×四ビルの管理人さんで、半年の勤務と聞きました。

半年間、楽をしたら、いなくなった時に困りそう。人間、楽を覚えると、楽をしたくなっちゃうんです」


 先ほどのアルバイト・梅田もはじめはそうだった。教育係となった名取が張り切ってしまい、失敗する前に、迷う前に助け舟を出してしまったせいで、一向に仕事を覚えない、名取がするから自分はしなくても良いという態度になってしまったのだ。

 自分は新人に優しくしてあげている、助けてあげている、という自己満足と、先輩として気に入られたいという想いが、実は本人の為になってはいなかった。


「……余計な……ことをしました」


 名取が自分の失敗談を勤めて明るく語っていると、固い声が野乃花から発せられた。


「余計……というか……」


 名取がなんとか穏やかに言い繕えないかと思っている間に、野乃花はエプロンを綺麗に畳むと光に渡し、それでも「必要な時がありましたら、声を掛けて下さい」と言った。


「勿論よ。野乃花さんは二×四ビルの管理人さんなんだから。

店子として頼りにしていますよ」


 何も言わずに出て行った野乃花だったが、光の返答には少し救われたかもしれない……が、名取は不安になってしまった。


「いいのですか?」

「だってぇ、何日も何週間もただでこき使った挙句、やっぱり差し障りがあるから辞めて下さい、なんて言えないわよ。

あの子にはあの子がするべきことがあるのよ。ここで時間を費やして、満足されたら困るわ。

いや、いっそ『ティースプーン』の従業員になりたいと言うならば、話は別だけど……もっとも、人手は十分なのよね。これ以上、人件費は掛けられないし、辞める予定の子もいないし……っと、ごめんなさい。ちょっと美波ちゃんに連絡しないといけないから……もしもーし、美波ちゃん? ごっめーん!」


 光も惜しいことをしたな、とは思っているが、今の従業員に不満はない。従業員の待遇を守り、やる気を持続させるのが、店主の仕事なのだ。 

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