表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/62

038:得手不得手

 また新しいお客さんが入って来る。窓際のお客さんは注文したがっているし、あちらはお会計待ちだ。

 『ティースプーン』は一日でも忙しい時間帯の一つに突入したのである。

 店主の片平光と目まぐるしく働きながら、名取はつい野乃花の座っているテーブルに目がいってしまう。

 食事は終わって紅茶を飲んでいる。その視線を辿ると……。

 はいはい。あそこのお客さんが薬を飲むから、お水のお代わりをしたいのね。

 名取は野乃花の観察眼に正直、驚きながらも、そんなによく気が付くのなら手伝ってくれてもいいじゃないか、と腹が立ってきた。

 開店前はこちらの仕事を奪う勢いで働いたのに、混んできたら座って、こちらの接客を悠然と観察しているだけなのが面白くない。

 もしかして、接客はやりたくないのだろうか? 

 そうならば、ますます納得出来ない。やりたいこと、得意なことは率先して手を出してくるのに、したくないこと、苦手なことからは逃げるなんて。

 ついに名取は予備のエプロンを手にして光に声を掛けた。


「光さん! 野乃花さんに手伝って貰いましょう!」

「え? ……ええ、いいわよ」


 エプロンを突き付けられ、「忙しいので手伝ってくれませんか?」と言われた野乃花は、一瞬、躊躇したものの、小さく「はい」と受け取った。

 それからの展開は、名取にはこれまた甚だ面白くなかった。

 なんだ……出来るじゃないの。しかも、相当の部類。老舗料亭『中鉢』の元若女将を甘く見てはいけなかった。

 野乃花の接客は、下拵えや活け花と同じくらい見事だ。テーブルの間をぬって動く姿は、花と巣を往復する働きバチのように華麗だ。

 客が何か呼び止める前に、察してこちらから伺いに行く。


「名取さん。会計をお願いできますか?」


 あろうことか、こちらに指示まで飛んできて、名取は鼻白みそうになったが、次の言葉で我に返る。


「私、レジは打てませんので」


 それは経験的な意味でもあり、お手伝いとしての立場としての意味もあった。

 『中鉢』では会計は大女将か女将、仲居頭がするものであった。今は”若女将”の由利も出来ることになっている。だが、同じ”若女将”でも野乃花には許されない。”若女将”と称していても、野乃花は『中鉢』では”他人”であったからだ。”他人”に、大事な売上金を任せる人間はいない。

 そして『ティースプーン』でもまた、野乃花はやっぱり”他者”なのだ。そういう点では、野乃花は”弁えている”のである。


「あ……そうか。じゃあ、代わりに注文を取ってくれる?」


 一人の客が手を上げていた。


「分かりました」


 いそいそと立ち去る野乃花の後姿に、苛立ちが増す。

 悪い人じゃない……悪い人じゃないけど……。

 名取は笑顔の下で、なんとも言えない気持ちになっていた。

 そんな時、それまで向かう所敵無し、といった感じの野乃花の動きが止まった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ