033:保守と変革
「面白い料理を作るみたいね。
父もあの若者の腕は認めているけど、『どうにもけれんみが過ぎる時があるようだ。もう少し、落ち着いて基本や素材を大事にすべきだ』と心配しているようで……」
美波は自身の作った、”ごく普通のポークジンジャー”の盛りつけを始めた。
彼女も『中鉢』時代には、最高級の旬の食材を使った、繊細で手の込んだ料理を作っていた。しかし、『おひるごはん』は家庭料理の店である。親しみ易く、午後の活力になるようなメニューを心掛けていた。それとにんにくは使わないというのも入っていた。今日のポークジンジャーにもにんにくのすり下ろしを入れるのだが、抜いていた。
”普通”と言っても、下拵えには手は抜いていない。厚い豚肉を叩き、丁寧に筋切りをし、下味をつける。その見えないひと手間が、”普通”でありながらも”美味しい”料理として客の舌を喜ばせていた。
何事も下準備が大事だと、美波は父に教えられていたのだ。
しかし、大杉虎徹は、なんでも由布子の夫が若いころ修行した老舗の料理屋の次男坊で、立派な調理学校を卒業しているから必要ないと、全ての下積みを免除され、すぐさま『中鉢』の看板料理人の一人となった。
異例のことだったが、由布子の取立てにはある思惑があった。
「由利が……大杉に好意をもっているようなんです」
大杉は爽やかな顔つきの若者で、口も達者だった。座敷に呼ばれれば、その弁舌は料理と同じくらい、評判が良かった。メディアに登場する時は、料理だけでなく顔の写真も大きく載り、彼目当てで来店する女性客もいた。
それは由利に対しても発揮された。
中鉢由利は大学を卒業したての二十二歳。野乃花と反対で、はっきりした目鼻立ちの美人だったが、性格はおっとりとしていて、誰にでも親切。誰からにも愛される子だった。
店のお嬢さんと若き料理人。似合いの二人は、共に『中鉢』を改革しようと張り切った。
それが野乃花には合わなかったのだ。
『中鉢』はこれまで一見はお断りで、確かな客からの紹介でのみ予約を取り、テレビや雑誌の取材もずっと断ってきていた。由利はそんなやり方は古いと言い、積極的に露出し、ネットで予約出来るようなシステムに加入した。
それは本来、由布子の考えとも異なっていた。良い客こそ、良い店を作ると信じていたからだ。その分、常連の嗜好を把握し、季節に応じたおもてなしをすることが『中鉢』の誇りであり、静謐を好む人々に支持された。
それは野乃花にとってもそうだった。彼女の慇懃無礼な態度は、『中鉢』の格式の中には相応しいと、良い方向に受け取られた。
だが、新しい客達には不評だった。ネットでは目に見える形で評価が書かれる。
由利は野乃花にもっと愛想良くして欲しいと頼み、野乃花は由利に以前からのお客様から「騒々しくて、落ち着かない店になった」と苦情が来ていることを伝えた。
それが仲の良かったはずの姉妹に亀裂を生んだ。
「都合が悪いのは姉さまでしょう?
今までのお客様達なら姉さまの接客でも許してくれる。『中鉢』の若女将として立ててくれる。でも新しいお客様は違うから嫌なのよ。
そもそも人にへりくだるのが嫌いな姉様は、接客なんて向いていないのに、どうして『中鉢』で働く必要があるの?
大学まで出してもらって、その気になればどこでだって働けるのに。
それをしないのは、『中鉢』の若女将という立場が姉様にとって都合がいいからよ。
でもね、『中鉢』にとっては迷惑なの!」
それが、昨日の朝のことだった。




