030:お母さんのご飯
光の言った通り、『おひるごはん』はそれこそ、昼食前の営業を前に仕込みで大わらわだった。そして陵子と理子が目論んだ通り、川内美波は中鉢野乃花の扱いに、少しは慣れていた。
「この店は私一人でやりくりしているの。
短い営業時間の上に、喜多の病気や学校行事でちょくちょく休まないといけないから、手伝いの人を常時雇うのは難しいし、採算のこともあるからね。
自分が出来る範囲でやっていこうと決めたの。
でも、しばらくは野乃花ちゃんがいるのね。ありがたいわ」
野乃花が顔を出すと、美波は早速、生姜をすりおろすようにお願いした。
今日のメニュー『ポークジンジャー定食』に使う為のものだ。
その傍らで、美波はパソコンを用いて『おひるごはん』の持つあらゆるSNSのアカウントにそのメニューを上げていった。
「不定休だから今日は営業しているか、していないかは、早めにお知らせしているの。
店に来てもらってもお休みだったら、折角のお昼の休み時間を無駄にさせてしまうわ。
一応、営業している日は、遠くから分かるように窓に白い旗も出しているのよ。売り切れたら赤旗が出るわ。プール当番みたいでしょう?
それから、一種類の定食しか扱っていないから、メニューの詳細も出しておかないと。
これまた来てもらってから、これは食べられないってなったら困るでしょう」
生姜をすり下しながら、野乃花はその営業形態に驚いた。定休日以外に店を休むなんて野乃花には信じられないことだし、メニューも客に合せて融通を効かせるくらいでないといけないと思っていたからだ。
それが『おひるごはん』ではどうだ。万事が川内美波とその娘の喜多の都合の良いように仕組まれている。
野乃花の表情に、美波は笑った。
「こんな我儘な店、すぐに潰れちゃいそう?
だからこそ、来てくれた人がいつも満足して、ちょっとくらい面倒だけどまた来たい! と思わせるような料理を提供しないとね」
料理人として腕の見せ所だ。野乃花は感心したように頷いた。
「だけど凝った料理じゃないのよ。
ここに来てくれるお客さんは、どちらかというと”お母さんのご飯”みたいだって」
”お母さんのご飯”
その言い方も、存在も、野乃花には縁遠いものだった。首を傾げる。
「ほら、実家に住んでいると、上げ膳据え膳になるでしょう?
ご飯は勝手に出てくるけど、メニューは選べない。時々、リクエストは聞かれるけど、反映されることもあれば、そうでないことの方が多い。毎日、聞かれると、なんでもいい~ってなる。
嫌いなものも残さず食べないといけない。
たまにサボる時もある……ね、お母さんのご飯みたいでしょう?」
そうは言われても、実母も継母も料理をしない野乃花に実感は沸かなかった。彼女はいつも母親以外の誰かが作ったご飯を食べていた。その誰かには、『中鉢』の見習い時代の美波も含まれた。
「この街は単身赴任や、初めて親元から離れて独り暮らしをするという社会人の子とか多くて。仕事も忙しく、どうしても食生活が乱れがちになってしまうと思うのよね。
そういう人達の"お母さん"代わりとして、お昼だけでも栄養と味の確かなものを提供したいの」
美波の微笑みは、確かに世の一般的な"母親像"を彷彿とさせる。優しく、時に厳しく、やっぱり優しい。そんな"母親"の作る"おひるごはん"を、みんなは楽しみに食べにくるのだ。




