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第3話 出会いと遭遇

ホームルームが終わり、クラスメイト達が教室を出ていくのを見送ると、文香はさて宿題でもやろうかなとプリントを取り出す。

しかし、なんだか今日は気分が乗らない。

そこに、恭子がガラガラと後ろの扉を開けて入ってくる。

「あれ?忘れ物?」と声をかけると

「うん、忘れ物」と恭子は肩をすくめて見せる。

そして、ふと思い出したように


「そーいえば、掃除の時間、晴美とこそこそ何やってたの。カーテンの陰に隠れちゃってさ、さてはなんかエロいことでもしてたんでしょ?」


とニヤリと横目で文香を見ながら、とんでもない言いがかりをつけてくる。


「うげっ、何言っちゃってるの?清純乙女にひどいこと言わないでよ」


わざとらしくぱちぱちと瞬きをしながら文香も馬鹿げた返事を返す。


「のの様のご進言の通り、非常にまじめに晴美の恋愛相談を受けてたの」

「はあ〜?晴美も相談する相手間違えてるよ。清純乙女に聞いてたら悩みも深くなるばかりでしょ」


ぷぷっと噴き出しながら失礼なことを言い放つ恭子に、文香はめげずに胸を張って応戦する。


「なによお、こうみえても知識だけは無駄に蓄えてるんだから、恋愛相談くらいどんっと来いってもんよ」

「あ〜あんた、本ばっか読んでるもんね。まあそれがどのくらい役に立つかは大いに疑問だけど?それにしても晴美は勉強教えてもらってるからって、なかやんに頼るのが癖になってるんじゃない?なかやんも知ったかぶりしてないで、わからないことはわからないとときっぱり言った方がイイよ?」


恭子はあくまでも文香への恋愛相談を否定する構えだ。

内心ちょっと傷つきながらも、恭子の言うことももっともかと思い、「だね。私が恋バナなんてキャラ違うって感じだよ」と両手を軽くあげお手上げポーズを取った。

「そーゆーこと!じゃね」と恭子もそれ以上話を続けず、美術室へと戻って行った。


晴美に言ったことがなんだか嘘っぽかったかもと考え出すと、ますます宿題をやる気分じゃなくなり、気分転換に校内をうろつくことにした。

まず図書室へと足を向け、覗き込むと席はすべて3年生で埋まっている。

そういえば、放課後の図書室は、大学受験を控えた3年生に占拠されているというのが、この高校の常識だったと思い出しながら、昇降口に向かう。

一度覗いてみたいとおもっていた場所を思い出し、スリッパからローファーに履きかえ、校舎の裏へ向かう。

 ―確かこっちだと思ったんだけどな

きょろきょろしながら記憶を頼りに向かうと、塀で区切られた一角に小さな建物が見えてきた。

 ―あっ、たぶんあれだ

文香はその建物に近づいていく。


中は覗けないかもと思いつつも近づくと、幸い戸が開いていて中が見えそうだ。

付近に誰もいないことを確認して覗き込むと

「バヒュッ」と音が聞こえる。

そこは弓道場。中学には弓道場なんてものがなかったので、一度見てみたかったのだ。

弓道部が練習をしているんだろうなと思ったが、意外に人気がない。

どうやら、現在弓を引いている人が一人いるだけのようだ。

そのことにほっとして、さらに中に入り込む。

 ―おじゃましまーす。まあいいよね。学費を払ってるんだから、私にも弓道場に入り込むくらいの権利があるもん

心の中では強気なことを考えながらも、弓を引いている人に見つからないようにこそこそと靴を脱ぎ上がり込む。

靴を靴箱の隅に隠すのも忘れなかった。

壁際から覗き込むと、弓を引いている人の横顔が見える。

背が高く、肩幅のある男子だ。髪は短く、眉毛がきりっとしている。

袴姿がなかなか凛々しい。

一心に的に向けて意識を集中しているようだ。

 ―しめしめ、この分ならおとなしくしてればばれずに済みそうだ

などと不法侵入者はほくそ笑む。

その男子生徒は静かに集中力を高めているのか、視線を下げ動かない。

その様子になんだか文香まで緊張してくる。

 ―なんかこの人、武士?みたい・・・

文香によってとりあえず「武士」と命名された彼はようやく矢をつがえる動作に入る。

ゆっくり弓を引き絞っていう様子に、文香の緊張はさらに高まる。

風を切る音がして、矢が的の端をかすめる。

知らないうちに息を止めていた文香は、ほうっと息を吐き出した。

するとその気配に気づいたのか武士が振り返る。

見つかる!と焦るが、とっさに逃げることも隠れることもできず、文香は固まってしまった。


文香を見とがめた武士は弓を下ろして、びっくりしたような顔で見ている。

そして、ふうっと息を吐き出し文香に近づいてくる。

「どうしたの?今ごろ入部希望者?」と困ったような顔で尋ねてきた。

返事に詰まりながらも

「ちっ違いますっ。すみません。弓道場ってどんなところなのか興味があって・・・」とごにょごにょ答える。

そして先ほどから疑問に思っていたことを口にする。

「あっあのっ、弓道部の方ですよね?他の部員の方はいないんですか?」

仮にも凶器となるものを扱うのだ、顧問もいないなんておかしい、と思ったのだ。

「いや、部員は他にもいるけど、今日は自主練なんだ。人がいると集中できないから・・感覚がつかめるまで、空いているときに使わせてもらってる」

武士が普通に現代人の言葉でしゃべってるよ、とつまらないことを考えながら、文香は落ち着きを取り戻す。

「そうなんですか。え〜とお邪魔しました。失礼します」

不法侵入者はそそくさとその場を立ち去ろうとした。

「あっ、ちょっと」と思いがけず呼び止められ、文香は肩をびくっとさせて振り返る。

武士の顔を伺い、表情で「なんですか?」と尋ねる。

「俺も一年生だから」という武士の言葉に文香は首をかしげる。

「さっきから、あんた敬語だろ?同じ一年生だから必要ない」

とぶっきらぼうに告げる様子に

 ―なんだかこのヒト、ほんとに武士っぽいよ

と根拠のないことを考え、くすっと文香に笑いがこぼれる。

「あ〜そうなんだ?なんか結構さまになってるから上級生かと思っちゃった。邪魔しちゃってごめんね。これで退散するから続けて?」

なんで笑われたのか分からないというように、怪訝な顔をしながらも武士は

「別に構わない。本当は人の気配で集中できないほうが問題なんだ・・・まぁ気にするな」と言ってくれた。

 ―お〜このヒト心意気も武士だね。ちょっと神経が繊細みたいだけど・・・

「繊細」と「武士」の言葉がアンバランスで、その対比の絶妙さに口角が自然と持ち上がる。

文香は改めて武士の顔を観察し、

「うん、ありがと。じゃあ、失礼します」と弓道場を後にした。

 ―う〜ん、なかなか爽やかな武士だったなあ

きりっと太めの眉と一重で男らしい目、少し太いがまっすぐな鼻梁とひきしめられた口元が印象的だった。

遠くから見た印象に違わず、武士は近くで見ても武士らしいイメージを崩さなかった。

袴姿の印象が強すぎて、制服やジャージを着た姿が想像できないほどだ。

 ―むしろ着流しにちょんまげが似合いそう、いやいやがっしりとした肩幅に背筋のぴんと張ったあの凛々しい立ち姿は、紋付き袴の方が似合うかも「若殿」って感じだね

その想像に顔がにやけてしまいそうだ。

「若殿」との出会いに気を良くした文香は足取りも軽く、教室へと戻っていった。



うきうきと教室に戻ると、教壇の脇に置かれた花瓶に目が行く。

白いデージーとミントが活けられているが、ミントの葉が少しうなだれている。

水でも代えてやるかと、花瓶を手にして再び教室を出る。

誰にも秘密だが、この花は実は文香が持ってきたものだ。

ガーデニングが趣味の母は、文香が小学生の頃から頻繁に文香に学校へ持っていくよう花を押し付ける。

小学生の頃は平気だったが、中学に入ってからは、その行為がいい子ちゃんぶってるような感じがしてなんだか気恥ずかしく、誰も来ない朝一に登校してこっそり花を飾っていた。

母の行為は文香にとっては非常に迷惑だったが、非難する理由はまったくない行為であるし、確かに教室に花があるのはいいことのように思えたから、文香は仕方なく花を受け取り、高校に入ってからも教室と女子トイレの花瓶に花を飾るのが習慣になっている。

「これでよし」と教壇に水を入れ替えた花瓶を戻す。

こんな些細なことを気にする自分が馬鹿みたいだとは思うが、どうしようもない。花を見つめながらそう割り切って、先ほど放置した宿題をやってしまおうと席へ向かう。

「あっ、ふみちゃんハッケーン」

背中から聞こえた声に振り返ると、案の定「未知の生物アンタッチャブル斎藤」が笑顔で近づいてくる。

「どこ行ってたの?待ちくたびれたよ」

そのセリフは軽く無視して自分の席を見ると、机の上に変なものがある。


 ―紙ひこーき?・・・


「ちょっと、これアンタ?人のプリントで、何をしでかしてくれちゃってるのよ?」


宿題から姿を変えた紙飛行機をつまみながら、不機嫌に斎藤を振り返る。

それを見て、斎藤は「あっ」と思い出したようにつぶやき、


「ちょっとふみちゃん待ってたら暇になっちゃってさあ。宿題なんて飛んでちゃえばいいのにって思ったら、つい・・」


悪気なく、てへっと頭をかいている。


 ―飛んでっちゃってるのは、間違いなくアンタの頭でしょうが。ああこいつの頭には羽が生えてる・・・。ふっ、私ってポエマー・・・


あまりのことに、最初の怒りも忘れ力が抜ける。

斎藤の呑気な顔を見てから、がっくり肩を落とした文香にニヒルな笑いが浮かぶ。

「・・・。ふ〜ん、そっかー。まあ、やっちゃったものは仕方ないよね」ははっと力なく笑って席に着く。


 ―ああ、こいつの行動は完全に私の理解の範疇を超えている。この男の言動の意味を私が考えようが考えまいが、関係ない。どうせ考えたところでわかりっこない。そうだこいつは宇宙人って

やつなんだ。


そう考え、若干気が楽になった文香は宇宙人に気楽に話しかける。

「それで、うちゅっ(じゃなくて)斎藤君は何か用だったの?」

 ―宇宙との交信だね と心の中で突っ込むことも忘れない。


「うん、なんか久々にふみちゃんと遊ぼうかと思ってね」

いつもと違いまともに相手をする文香をうかがうように、それでもにっこりと斎藤が言う。


「ワタシ宇宙語ワカリマセーン」と返したいところだが、それを言ったら文香の方が非常識な人間になってしまう。

「そうなんだ?でも今日はあまり時間がないから、付き合えないなあ。ごめんね」とあくまでも如才なく文香は答える。


斎藤はますますいつもと違うぞといった感じに小首を傾げ、「ふみちゃん、今日は素直だね。何かあった?」と聞いてくる。


「何かって、ありありだよ。何せ宇宙人に遭遇してるんだもん」と言いたいところだが、「ううん。何もないよ。別に普段と変わんないって」とごまかす。


本当は先ほどから「ふみちゃん」と呼ばれていることにツッコミたくてしょうがないが、その気持も抑え込み、へへっと笑う。


「なんか、つまんないの。まあ、いっか。んじゃ、宿題がんばってね」と去っていく。


「うん、斎藤君も気をつけて」と手を振ると、斎藤はありえない言葉を聞いたように、ガバッと振り返り、眉をひそめ「ああ、さいなら〜」と首をかしげながら帰って行った。


その様子に、心の中で

 ―・・・勝った、私は宇宙人を凌駕した・・・

と謎の勝利宣言を発表し、ニヤリと笑う。


とりあえず紙飛行機を宿題のプリントに戻し、両手でしわを伸ばすと機嫌よくとりかかった。


 ―宇宙人もチョロイもんね♪

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