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第2話 友達の恋

高校生活も1か月が経過すると、クラスメイトの顔と名前も大体覚え、それぞれの位置づけがわかってくる。

文香のグループはのんびりとしていて朗らかだけど、それほど目立たない女子のグループ、と位置付けられている。

それでも、最近文香はクラスではそれなりに注目を集める生徒になりつつある。

というのも、5月に行った中間テストが思いのほか良かったのだ。

高校に入ってから、文香はそれなりに宿題もするし、予習もちゃんとするようになった。

テスト前には、一夜漬けではあるが、徹夜でテスト勉強をした。

すると面白いように結果に反映し、学年では50位以内、クラスでは1位の成績をおさめることができたのだ。

成績はすべて職員室前の廊下に貼り出されるので、一躍文香の株は上がった。

 ―私って、やればできる子だったのね

自分でもびっくりだったが、やれば結果につながることが、さらに文香のテンションを上げていく。


実は中学までの文香は宿題もテスト勉強もほとんどしたことがなく、高校受験前に初めて勉強に手を出したほどのなまけ者だったのだ。

テスト直前に必死にみんながノートを見直しているのをしり目に、小説を読みふけっていて、「余裕だな中山」と隣の席の男子に嫌味を言われる程、テストに頓着していなかった。

宿題は毎回先生に呼び出されて、居残りでやらされていたが・・・

それでも、中の下クラスの成績を維持していたのは、授業は集中して聞いていたことと、それなりに記憶力がよかったお陰であろう。


勉強重視のこの高校では、赤点を取れば指導室に呼び出しを受け、補習と追試が待っている。反対に成績さえよければ、多少態度が悪くても、教師はあまり干渉してこないのだ。

入学直後のテストで失敗した文香はこれ以上出遅れないために、それなりに勉強することに決めている。

おかげで中間テスト後は、補習を受けている晴美の勉強をみてやったり、ノートを見せてあげているうちに、さらに文香株は上昇。

たいして話したことのなかったクラスメイトも「なかやん、これ教えて」と頼ってくれる。

入学式のときに冷たい反応を返された女生徒とも、今では普通に会話することができる。

 ―私ってば絶好調じゃん

まさに有頂天だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そんな楽しい高校生活を送っていた文香だったが、最近気になることがあった。

仲良しの晴美や沙代子に好きな人ができ、まさかと思っていた朱音にも片思いの相手がいるのだ。

救いは恭子にそんな気配が一向にないことだ。

休み時間になると、それぞれキャーキャーと好きな相手の話で浮かれている。

文香には名前だけで顔も知らない男子ばかりなので、相槌だけで、いまいち会話に乗り切れない。

恭子も文香と同じ境遇なのに、恭子はその涼しげな一重で切れ長の目を興味深げに細めて、晴美たちの話を飄々と聞いている。

文香は正直、別に好きな人がほしいとは思わないが、なんだか取り残されたような気がしていた。

それでも沙代子が

「ねえ、なかやんは好きな人、いないの?」と目をくりっとさせながら、興味のなさげな文香に話を振る。

「いないよ。だいたいみんなどこでそんなの見つけてくるのさ?」

文香はちょっと拗ねながら、みんなの顔をうかがう。


「なかやんは男子に警戒しすぎなの。それ以上近づくなオーラがでてるよ。なんか男子に対してやたら厳しいし」

恭子が文香を指さしながら、指摘する。

 −ののだって好きな子の話しないクセに・・・

しかし、そこをつっこんで恭子に「好きな人がいる」と言われたらちょっとショックかもしれない。


「だって、人見知りなんだもん。それに男子ってばくだらないことばっかしてて、なんかウザいじゃん」

「ほら、やっぱ男子に厳しい〜」


クスッと恭子が笑う。さらに晴美が追い打ちをかける。


「それに部活も入らないし、クラスでは女子に囲まれてるしじゃ、男子と接点ゼロ?」

「でもさ、2組の斎藤君だっけ?なんかやたらとなかやんに絡んできてない?」


朱音が目を輝かせながら、声をひそめて聞いてくる。


「はあっ?斎藤って誰それ?あ〜もういいってば、別に好きな人がほしいわけじゃないんだから」


会話の流れがやばい感じになってきたのを感じてさえぎる。

そして晴美のきれいに整えられた爪を見ながら「そういえば、晴美が好きな橘君ってどんな子?」と最近一番熱を上げている晴美に話を振る。

とたんに沙代子と、朱音が騒ぐ。


「「橘君かっこいいよね〜」」


突然話を振られて焦った晴美は「好きになっても、みんなにはあげないからね?私が先に好きになったんだから!」などと、とんちんかんな受け答えをした。

恭子の意味深な視線は感じたが、他の三人の意識は晴美に移ったようだ。


ほっとしながら、朱音に聞かれた「斎藤」のことを思い出す。

2組に優子を迎えに行ったときに遭遇した斎藤とは、たまに出くわすことがあった。


帰宅部のはずの文香だが、優子が新体操部に入り、下校時間が遅くなってもまだ一緒に下校していた。

家に帰っても予習をして本を読むくらいで特にやることのない文香だが、あまり早く帰ると夕飯の支度から、犬の散歩、掃除、洗濯と、母に家事を押し付けられるのだ。

そのため、自習をしているという名目で、優子の部活が終わるまで教室で待っていた。

勉強さえしているポーズをとれば、教師も何も言ってこない。

それに家までは歩いて30分くらいだが、その途中は人家や街灯のとだえる道もあり、たまに痴漢がでるのだ。

優子と一緒に帰れるのなら、多少教室で時間を持て余していても苦にならない。

部活が終わるまでの、2時間を、読書や勉強、時にはグランドをぼんやり見ながら、ゆっくりと過ごしていた。


その日も、文香は優子の部活が終わるのを待ちつつ、自分の席で宿題を終え、予習をしていた。

 ―よし、英語の予習はここまでやっとけば大丈夫でしょ

と教科書とノートをしまい、代わりに読みかけの文庫本を取り出す。

文香は本を読みだすと、時間を忘れて読みふけってしまうので、携帯電話のアラームをセットしてから、読み始める。

しばらく読書に集中していると、急に前の席の椅子が引かれ、誰かが後ろ向きに座り込む。

 ―うおっと!いつの間に教室に入ってきたんだ?

文香はびくっとしながら、顔を向けると、斎藤だ。


「何やってるの?中山さん。暗くない?」


読書をしているのは明白なのに聞いてくる。言われてみれば室内は少し薄暗くなっている。

ちょっとびびりながらも「木下さんを待ちながら、読書してたの」と文香がなんとか答えると。

「ふ〜ん?」といいながら。斎藤は身を乗り出して文香の目を覗き込んでくる。

 ―何?こいつ? と訝しく思いながらも、斎藤の目にからかうような色があることにカチンときて、文香も逃げずに

「なによ?」と目を眇めて攻撃的な光線を発する。

それでも斎藤はお構いなしだ。そのまま無邪気な笑顔でさらに距離を縮めてくる。


「中山さんって、顔小さいね。俺の半分くらいしかないんじゃない?」


 ―ほんとに何なんだこいつは・・・


「そっかな?まあ男女の体格差を考えれば、君より顔が小さいのは当然かもね。そんなにひょろ長いのに顔がちっさかったらバランス悪いじゃん」


適当な言葉でお茶を濁そうとする文香を、まじまじとおもしろいものを見るような目つきで斎藤が見つめてくる。


「中山さんって、こんなに顔近づけても恥ずかしくないの?」


 ―・・・そう思うなら、そんなに近づいてくるんじゃねぇ・・・

内心途方に暮れたが、この男のからかいに乗ってやるものかと、無理やり平常心を保ち、「別に〜なんとも思わないけど〜」と苦笑いで返してやった。

その後「ふ〜ん」とおもしろくなさそうにつぶやき、ようやく顔を元の位置に戻した斎藤は「じゃあね」とまたへらへら笑いながら去って行った。

 ―今のはいったいなんだったんだ???

と文香は斎藤の後姿を見送りながら途方に暮れた。

以降文香の中では、単なる「チャラ男」から「斎藤」=「未知の生物」=「アンタッチャブルな存在」として位置づけ直された。

その後も文香を見かけるたびに斎藤はからかうように声をかけてくる。文香が毎回冷たい視線で応えているにも関わらずだ。


客観的に見れば、斎藤はかっこいい、たぶん。背は高く、やせすぎの感はあるもののバランスのとれた体型をしている。顔立ちもアイドル系で色白だが愛嬌のある感じだ。

ちょっと制服を着崩し、身を屈めるようにポケットに手を突っ込んでだらだら歩く様子は、やんちゃ坊主を彷彿させる。

女の子に気軽に声をかけるから、それなりに人気もあるのかもしれない。

だけど文香にとっては、意味不明の言動で文香を惑わす、平和な日常を脅かそうとする危険因子にすぎない。

 −あいつはいろんな女子に愛想を振りまく「ナンパ野郎」に違いない

そう結論づけ、文香は斎藤の言動に心を閉ざすことを決めた。

だから、斎藤の言動に思考を巡らすなんてことは、絶対、したくないのだ。


一瞬斎藤のことを考えかけて、気がそれた文香を置き去りにて、晴美たちはまだ「橘君」について、盛り上がっていた。

 ―どうやら、「橘君」とやらは女子に人気があるようだな・・・

完全に自分への追及から話がそれたことに満足し、文香も会話に加わる。

「そんなに、かっこいいなら、私も見学したいな〜」と晴美をからかうために心にもないことを言う。

恭子にはあきれたような顔で黙殺されたが、晴美は「だからあ、なかやんにもあげないって」と想像通りの反応を返してくる。

「え〜、見るくらいいいじゃん。だいたい別にまだ晴美のモノじゃないんでしょう?わが国は自由恋愛なんだからね」

と人の悪い笑みを浮かべてさらに追い討ちをかける文香に、「なかやん、他人事だと思ってからかってるでしょ?」とさすがに晴美も文香が橘に興味がないことに気づき、冷めた目で見返してくる。

「ごめんごめん、じゃあカレシになったら、紹介してね?」

悪ノリしたことに反省して謝ると、晴美は意外にテンションを下げて「そだね、そんなことがあったらね・・・」と少し悲しそうな顔をしている。

沙代子も「橘君、人気あるから、激戦区だよね」と遠い眼をしている。

沙代子は別に橘のことが好きなわけじゃないはずだから、晴美に同情しているのだろう。

「橘君って、成績はいいし、スポーツもできるし、背も高いし、顔も性格も爽やかだし、人気があるの分かるな。2年の先輩のチェックも入ってるらしいじゃん」

その場の空気に気づかない朱音は能天気な明るい声でさらに追い討ちをかける。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ―はあ〜、晴美に悪いことしちゃったかな

予鈴のチャイムにさえぎられ、晴美の見込みのなさそうな片思いの話は打ち切られたが、意外に本気だった晴美をからかってしまったことをちょっと反省する。

 ―でも、しゃべったこともない相手を好きになるってどういうことなんだろう?

文香はそんな憧れに近いような恋にいまいち納得がいかず、それで晴美も大して本気ではないだろうとタカをくくっていたのである。

第一、晴美のなかばあきらめている様子が腑に落ちない。

晴美は黒目がちな大きなぱっちりとした瞳が印象的な美人だ。背が低いと本人は気にしているが、それも文香から見ればかわいらしく、男なら庇護欲を誘われるだろうことは想像に難くない。その上誰とでも気さくに話す晴美は、好きな人に積極的にアプローチするタイプ。その晴美が高嶺の花と思うなんて、よっぽどだれもが憧れる王子様ってやつなのだろう。


その日の午後、美術の授業中、文香は恭子と連れだって中庭にスケッチにいく。

この時間は選択科目で美術、書道、音楽のうち好きな科目を選んで履修する。

朱音、沙代子、晴美は音楽、文香と恭子は美術を選択している。


スケッチブックを片手にぶらぶら歩きながら、

「あんま、恋する乙女を刺激するとイタイことになるよ?」と恭子がニヤリとして午前中のやり取りを蒸し返してくる。

「だって、そんな素晴らしい男ならご尊顔を拝したいと思うじゃない。純粋な好奇心よ」

文香も冗談めかして応じる。


「大して興味もないくせして。その場限りの好奇心ってやつ?晴美は今、恋を中心に動いてるんだから、ぬるい視線で見守ってあげなよ」

とそれも友人としてどうなんだと思うようなことを恭子は平然と言い放つ。

「何よ?ぬるい視線って。ののも案外冷たいねえ。まあ、私もちょっと悪ノリしたことは反省したから、今後は気をつけるよ」

文香がそう話を打ち切ると、ちょうど中庭に到着し、それぞれ思い思いの場所を陣取りスケッチを始める。


恭子は美術部だけあって、すでにスケッチに集中しているようだ。

いつもよりさらに無表情な顔つきで、目線だけが、スケッチブックと中庭の風景とを、行ったり来たり上下している。

文香も下手の横好きではあるが、写生は結構好きな方だ。

絵に集中しながらも、静かな時間の流れに心地よさを感じる。

考えてみると、恭子とは一緒にいても沈黙が苦にならない。自然体で付き合える間柄だ。

そう考えると、朱音や沙代子、晴美には少し無理をして、合わせている部分がある。

でも、それでも、その時間は文香にとって楽しいものであるし、不満はない。

 ―いろんな付き合い方ってものがあるんだよね

そう文香は納得している。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


午後の授業が終わり、掃除の時間になると、晴美が「なかやん、ちょっと相談があるんだけど・・・」と声をかけてくる。

「ん?何?」と聞くと、「ちょっと、ちょっと、こっち」と教室の隅へ文香を引っ張っていく。


「何?内緒話なの?」

「そうじゃないけど、ちょっとなかやんに相談」


二人でカーテンの陰に潜みながら、こそこそと話をする。


「実はさ。橘君のことでちょっと悩んでるんだ。」と晴美が切り出す。


文香が目線だけで促すと


「他のクラスに幼馴染の友達がいるんだけど・・・その子も橘君が好きなんだって相談されちゃって。

 協力してほしいって頼まれてるの。で、困っちゃって・・・」と困り顔で文香を見上げてくる。


どうしたものかと文香も考えつつ、「それで、晴美はどうしたいの?」と尋ねる。


「どうしたいっていうか、友達とは仲良くしたいんだけど、橘君とのことは協力したくないし、かといって先に打ち明けられちゃって、私も・・なんて言いにくいし・・・」


どうやら、ほんとにどうしていいやら決めあぐねているようだ。

しかし、橘君はみんなの憧れの的で高嶺のらしいだし、おそらくその幼馴染も晴美も片思いのまま終わる公算が大きいだろう。

だとすれば、お互いに気持ちを打ち明けあって、きたるべき失恋を慰めあうのがいいのではないか、そう文香は思ったが、「どうせ失恋するんだから」なんてことは晴美には口が裂けてもいってはならない。


「う〜ん・・でもさ、ウソついて協力してもたぶんその友達とぎくしゃくしちゃうと思うよ?だからちゃんと晴美の気持ちを打ち明けて、お互い頑張ろうって話に持っていくのがいいよ。それで喧嘩になっちゃうんなら仕方ない。橘君のこと本気で好きなら迷うことないと思うよ」と言葉を選びながら話す。

「・・・そうだよね。ちょっと緊張するけど友達に打ち明けてみる」


晴美は顔をこわばらせながら、決意を込めて宣言した。

その表情を見て、晴美が橘のことを友達に言うべきだと思ってはいたが、すこし勇気が足りなくて文香に背中を押してもらいたくて相談してきたんだ、と納得する。


「そうだよ。好きになっちゃったものはしょうがないんだから、友達だからって遠慮するのは間違ってるって」


さらに晴美を勇気づけようと、少し大きな声で励まし、ばっと二人で潜んでいたカーテンを翻し話を終わらせた。

近くにいた男子にびっくりしたような顔でまじまじと見られてしまったが、晴美と顔を合わせてほほ笑みあう。

「うっし!」とガッツポーズを二人でキメ、教室の掃除に取り掛かった。

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