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プロローグ
目が覚めると、また何の変哲もない一日が始まる。
階段を降り、リビングのドアを開ける。
それと同時に懐かしい香りが立ち籠める。
父の飲む、ブラックコーヒーの香りだ。
芳ばしくてほろ苦い、落ち着く香り。
リビングに入ると机に置かれた焼きたてのトーストを手に取り、一口食べた。
高級ホテルの朝食にも劣らない味がした。
最近、食欲がなく、何も食べていなかったからだろうか。
前までと変わらないはずの日常だが、僕の目に写る景色は、全て特別なものに見えた。
あの事件がなければ見えてこなかった素晴らしい景色だ。
かといって、それは決していいものではなかった。
あの事件は、僕に永遠のテーマを与えた。
命の儚さ。死の美しさ。人への恐怖。
上げればきりがないほどに、それが僕に教えてくれたものは大きく、記憶から離れようとしなかった。
どれだけ引き剥がそうとしても、へばりついていて取れない。
もうこの記憶は、僕の体の一部となってしまったのだろうか······。