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少年、魔界騎士の実力の一端を垣間見る

 精も根も尽き果て、真っ白に燃え尽きた騎士と少年が次に目を醒ました時、外は既に陽が昇っていた。カーテンを閉め忘れた窓からは燦々と陽光が差し込み、外には雲一つない青空が広がっていた。


「ん……」


 その室内を明るく照らす光を受けて、高雄が煩わしげに呻く。そして目をこすり、体を覆っていた毛布を押しのけながら上体を起こす。

 露わになった上半身は服を身につけておらず、赤く上気した裸体を外気に晒していた。毛布に隠れていた腰から下の部分も同様であったが、高雄はそれを全く気にしなかった。


「君も起きたか」


 そして高雄に続けて、隣で同じ毛布を被っていたコロヌスが同様に身を起こす。彼女もまた下半身だけを毛布に埋め、あられもない裸体を高雄の前に晒け出していた。しかしコロヌスはそれに対して羞恥する事はなく、じっと高雄を見つめながら声をかけた。


「おはよう。良い朝だな」

「お、おはようございます」


 高雄がそれに対して若干辿々しい口調で答える。コロヌスは微笑み、少し緊張していた高雄の頬にちょんと唇を当てる。


「大丈夫か? 冷えたのか?」

「い、いえ、大丈夫です。寒くないです」


 美女からの不意打ちを受けて、その頬を茹で蛸のように真っ赤にしながら高雄が返す。それから彼は「今ので暖かくなりましたから」と言ってから、今度はコロヌスの頬に自分の唇を軽く当てた。


「お返しです」


 クスクスと高雄が笑う。コロヌスは暫し呆然としながら唇の当てられた頬に手を当て、それから困ったような笑みを浮かべて「ませた子供だ」と言ってから軽く背伸びをした。


「しかし、本当に良い朝だ。今日は一日晴れるだろうな」

「そうですね」

「それで、今日はどうしようか? 一日中こうしていようか?」

「それはさすがにまずいですよ。せめて皆の所に顔くらいは出さないと」

「面倒だな。私はずっとこうしていたいんだが」


 そうしてコロヌスが高雄の肩に後ろから手を回し、一気に抱き寄せる。それから彼女は驚く高雄の頭部に自分の顔を埋め、その頭髪の匂いを嗅ぐように目を閉じてしみじみと言った。


「君は本当に暖かいな」

「ちょ、ちょっと」

「ああ、たまらん。君の匂いがする」


 横から抱きつかれた高雄は嬉しさと困惑の混ざり合った表情を浮かべたが、それでも嫌がる素振りは見せなかった。そしてなおも恥ずかしげに目を閉じながら、自分を抱きしめる騎士に声をかけた。


「コロヌスさん、くすぐったいですよ。それに、その」

「んー? なんだ? どうかしたのか?」

「その、当たってます」


 それを聞いたコロヌスが動きを止める。そして何が当たっているのかと思い視線を降ろすと、確かに自分の持つたわわに実った双乳が、高雄の片腕をがっしりと挟み込んでいた。


「これくらいなんだ。今更恥ずかしがる事もないだろう。昨日あれだけ燃え上がった後だぞ」


 しかしコロヌスはそう言って、躊躇うことなく動きを再開した。高雄は自分の頭に顔を押しつけるコロヌスに対して一瞬迷惑そうに顔をしかめ、しかしすぐに頬を緩ませて彼女に言った。


「もう、やめてくださいよ。くすぐったいじゃないですか」

「これくらいいいだろう? 君と私の仲じゃないか」

「昨日あれだけやって、まだ足りないんですか?」

「足りないな。私はもっともっと君を感じたい」

「まだなんですか? コロヌスさんって結構欲張りですよね」

「欲の強さは私の自慢の一つだ。言ってなかったか?」

「はい。今聞きました」

「そうか。なら今覚えてくれ。私はあれくらいでは満足出来ない女なんだ」

「ひょっとして僕、とんでもない人とくっついちゃったんですかね?」

「今更気づいたのか? 後悔してももう遅いぞ。私は絶対に君を離さないからな」

「僕もですよ。絶対にあなたからは離れません」


 高雄がそう言って、自分からコロヌスに抱きつく。コロヌスもそれを受け入れ、それから二人は互いに抱き合ったまま会話を続けた。


「言うようになったな」

「僕だってやる時はやるんです。ただちょっと、その、先走りすぎたかなって気はしますけど」

「善は急げと言うだろう。それとも、後悔しているのか?」

「後悔だなんて。僕はとっても幸せですよ? もちろんあなたのことも幸せにします」

「そうか。それは頼もしいな。どうやら私は素敵な旦那様を見つけたようだ」

「僕もです。僕もあなたみたいな素敵な人と一緒になれて、とっても嬉しいです」

「高雄……」

「コロヌスさん……」

「ん、んん!」


 そうした彼らのピロートークは、ドアの外に立っていたアイビーが業を煮やして咳払いしつつ侵入してくるまでの三十分間、延々と続いたのであった。





「さくやはおたのしみでしたね」


 その後、アイビーの用意した服に着替えて食堂にやってきた二人に対し、ソーラが冷やかすように声をかけた。この時ソーラはいつもと同じく黒いローブを羽織り、頭に黒いとんがり帽子を被っていた。そして彼女はその格好のまま、腹から下を鰐のような巨大な生物に食われていた。しかし当のソーラは実にリラックスした表情を浮かべていた。


「また斬新なことしてますね」

「死なない程度に頼むぞ」

「わかってますよ。それはそうと、もう朝食の準備が出来ています。早く食べましょう」

「そうか。なら行くとしよう」

「はい」


 コロヌスと高雄はそんなソーラに対して声をかけつつも、過剰なリアクションを取ることは無かった。その捕食の光景を「いつものこと」と受け入れ、普通に声をかけながら隣り合って席に着いたのだった。

 たった一日足らずで、高雄はこの世界にかなり順応してみせていた。それどころか、この世界に愛着すら抱くようになっていっていた。


「ところでタカオよ。そなた、元の世界には帰らなくて良いのかえ?」


 そんな折、唐突に和服姿のシュリがそう高雄に尋ねてきた。高雄とコロヌス、食事を運んできたアイビーと鰐の中から這い出てきたソーラ、そして件のシュリの全員で食事を取っている時の事であった。元の世界で食べていた物より幾分か堅い食パンを口に入れていた高雄は、すぐに口の中にある分を水で流し込んでからそれに問い返した。


「帰れるんですか?」

「当然じゃ。呼ぶことが出来るのならば、逆もまた然り。そなたを元いた場所へ戻すことは十分可能なのじゃ。のう?」


 シュリがそこまで言って、テーブルを挟んで向かい側にいたソーラに視線を向ける。足下にいた鰐に自分のサラダを分け与えていたソーラは、それを受けて「はい、出来ますよ」とあっさり答えた。


「二、三分準備の時間をいただければ充分可能です。今すぐやるんですか?」

「いや、さすがに今やれとは言わぬよ。まずはタカオに話を聞かねばのう」


 シュリが再度高雄に目を移す。高雄は食べかけのパンを持ったまま目の前の食器に目を降ろし、難しい顔で考え込んでいた。


「高雄?」


 コロヌスが心配するように声をかける。そして彼女が彼の顔を除き込もうとした次の瞬間、「あっ」と唐突に高雄が口を開いた。


「なんだ、どうしたんだ?」

「思い出した」

「何がだ? 何かマズい事でもあるのか?」

「明日月曜日だ」


 こちらに呼ばれる直前、自分が家の周りを歩いていたのは、日付が替わったばかりの土曜日の深夜だ。それからこちらで一日を過ごしたから、もしこの世界の時間感覚が向こうと同じならば、今は日曜日の朝と言うことになる。


「学校あるじゃん」

「学校? 君の世界にも学校があるのか?」


 そんなことを思い出して顔を曇らせる高雄の横で、コロヌスが興味深そうに声をかける。すると高雄はそれを聞いて、驚いたようにコロヌスの方に目を向けた。


「えっ? こっちにも学校あるんですか?」

「もちろんあるぞ。座学や体育、後は剣の腕を磨いたり、魔法の知識を高めたりする。もちろん私も、小さい頃は魔学校に通っていたぞ」

「そうだったんだ……」


 コロヌスの言葉を聞いた高雄は驚きを隠せなかった。そして次の瞬間、彼は唐突に何かを思い出したかのように手に持っていたパンに視線を向け、「そういえばこれも同じだ」と唖然とした調子で言った。


「何が同じなんだ?」

「僕のいた世界にも、これと同じ食べ物があるんです。このサラダもスープも同じです。食べ物だけじゃなくて、他にもこのテーブルとか、椅子とか、ここのお城の形とか昨日行った町並みとか、とにかく色んな物が、僕のいた世界にあった物とそっくりなんです」

「なんと、そうなのか」


 コロヌスの問いかけに高雄が頷く。その一方で彼は「どうして今まで気づかなかったんだろう」と疑問を口にした。ここは異世界のはずなのに、どうしてこうも「自分のいた世界」と似た物で溢れ返っているんだろう?


「最初に来た時は頭が混乱して、その事について疑問を差し挟む余地が無かったのでしょう」


 そんな高雄の疑問に対し、メイドのアイビーは自分もちゃっかり席について料理を食べながらそう答えた。それから彼女は口元をナプキン――これも高雄が元々いた世界にあったのと同じ代物だった――で拭いてから、続けて高雄に言った。


「異なる時空に存在する二つの世界、並行世界とも言うべきそれらが互いに似通った特徴を備えているというのは、別におかしな話ではございません。むしろ異世界だから何もかもが元の世界と違う、という風に考えるのは、些か早計ではないかと思います」

「そうじゃな。元は一本だった世界線から二つに分岐した世界同士であれば、様々な場所が似ていたとしても不思議では無かろうて。そしてそなたのいた世界と、わらわ達のいるこの世界がそういう関係にあったとしても、また不思議ではあるまい」


 むしろだからこそ、そなたはこちらに呼ばれたのかもしれぬな。アイビーの台詞に続くように言ってから、シュリは自分の台詞をそう締めくくった。ソーラとコロヌスは共に「そういうこともあるのか」とそのメイドと狐の言葉を聞いて納得したように頷いていたが、当の高雄は何が何だかわからず頭の上に「?」マークを浮かべていた。


「まあ要するに、深く考えすぎるなということだ」


 そんな高雄を見たコロヌスが、笑いながら彼に声をかける。高雄はムッとした表情を浮かべて「どうせ僕は学のない人間ですよ」とそっぽを向いた。


「それで、どうするつもりじゃ? 向こうに帰るのかえ?」


 それを見てカラカラ愉快そうに笑ってから、シュリが本題に戻って高雄に問いかける。高雄は少し悩んでからシュリに「向こうに帰ったらこっちに戻ってこれるんですか?」と問いかけた。


「もちろん。いつでも扉は開けておくでな」


 シュリは即答した。食事を終えて紅茶を飲んでいたソーラも「もちろんですとも」とそれに同意した。


「それくらいは朝飯前ですから。必要以上に深刻に考えることはありませんよ」

「そうなんですか。良かった」


 本当に良かった。高雄は心から安堵したような表情を浮かべ、肩の力を抜いて背もたれに身を預けた。それを見たシュリ達は「そんなにここが好きになったのか」と思い、自分のことのように嬉しく思った。

 しかしその中にあって、コロヌスだけは違う表情を浮かべていた。眉間に皺を寄せ、何かを思案するかのように難しい顔をしていたのだ。


「コロヌス様、どうかされましたか?」


 それに気づいたアイビーが彼女に声をかける。するとコロヌスは顔を上げてメイドの方に視線を向け、真面目な表情で彼女に問いかけた。


「その扉とやら、くぐれるのは高雄だけなのか?」

「いえ、そんなことは無いと思いますが。おそらくは我々も同じように通行出来るかと」

「うむ。わらわもソーラも、扉に規制をかけようとは思っておらぬぞ」


 アイビーの返答にシュリが合わせる。二人の返答を聞いたコロヌスは「そうか。私達も出来るのか」と言った後、顔を下げると同時に悪役が浮かべるような不敵な笑みを浮かべた。


「またあくどい顔をしておるのう」

「どうせロクでもない企みなんでしょうね」


 その主の顔を見たシュリとアイビーが同時に呆れた表情を浮かべる。高雄は額から冷や汗をかきつつ苦笑し、ソーラは転移魔法に使うための魔法陣を組み上げるために、紙ナプキンの上に様々な形の陣形をスケッチし始めていた。


「ではつまり、高雄様は一度向こうに帰られるということでよろしいのですね?」


 それからアイビーが視線を高雄に戻して問いかける。高雄は頷き、「やっぱり向こうも疎かには出来ませんから」と言った。彼の決定に対して否定意見を述べる者はいなかった。


「ではその方向で行こうかの。して、帰るのはいつ頃くらいが良いかの?」

「そうですね。僕はギリギリまでここにいたいんで」


 しかしシュリからの問いに高雄がそこまで答えた次の瞬間、城の外から爆発音が聞こえてきた。





「山賊連中がやってきました!」


 その爆発音と同時に食堂の入り口を勢いよく押し開け、一人の兵士が声高に報告した。そこにいた全員が立ち上がり、そして真っ先にコロヌスがその兵士に近づき、まっすぐ見つめながら彼に問いかけた。


「数は? どれくらいだ?」

「ざっと確認できただけでも二十人ほど。中には魔術師も混ざっているようです」

「なるほど。先程の爆発は魔法によるものか」


 兵士の報告を聞いたコロヌスが納得したように呟いた直後、再度同じ爆発音が轟いた。食堂全体が僅かに揺れ、高雄は思わず転びそうになったが、何とか足に力を入れて踏ん張ることに成功した。

 その高雄を庇うように彼の前に立ちながら、アイビーがコロヌスに言った。


「どうやら完全に殺る気のようですね」

「だろうな。でなくば、わざわざ魔術師を引き連れてこんなことはせんよ」

「たかが山賊にしては豪勢なことよの。なんぞ奴らの気に障ったことでもしたかのう?」


 シュリが言葉を挟む。コロヌスは動じない。


「それを今から確かめに行くとしよう」


 ニヤリと余裕のある笑みを浮かべながらコロヌスが答える。その場にいた全員はそれを聞いて頷き、そしてコロヌスはここに来た兵士に向かって「他の者達には城内で守りを固めるよう伝えろ。決して外に出てはならん」と指示を出した。

 迎撃に出るものと思っていたその兵士は目を見開き、明らかに困惑した表情を浮かべた。


「打って出なくてよろしいのですか?」

「ああ。奴らの始末は私がつける」

「そんな、お一人で?」

「暫く体を動かしてなかったからな。鈍らないように軽く捻ってくるだけだ」


 コロヌスが余裕綽々と言った体で答える。そう言われた兵士はそれいじょう反論せず、背筋を伸ばして「わかりました。他の隊に伝えます」と言ってそこから足早に立ち去った。


「本当に一人で戦うつもりなんですか?」


 そうして兵士が去った後、高雄が前に出ながらコロヌスに話しかける。コロヌスは肩越しに高雄を見やり、「もちろんそのつもりだ」と平然と返した。


「一秒で終わらせてやるさ」

「そんな、無茶な」

「無茶でもありませんよ」


 しかしコロヌスの返答を聞いて困惑する高雄に対し、その彼の肩に手を置きながらアイビーが言った。咄嗟に高雄はアイビーの方を見上げ、一方でアイビーはその視線を受けながらコロヌスの方を見て彼女に言った。


「では、ご武運を」


 彼女がそう言った時には、コロヌスは既に食堂の外に出て、長い廊下を歩き始めていた。その後ろ姿を呆然と見つめながら、高雄はやがて「まさか鎧も剣も身につけないで戦うのか」と唐突に思い至り、そして急に不安になった。


「そんなことしませんよ」


 高雄がそれを声に出して尋ねると、アイビーはしれっとそう答えた。高雄はますます不安になったが、その横でソーラは持っていた白墨でそれまで描いていた転移魔法用のそれとは別の魔法陣を床の上に描き、そして描き終わってから食堂に残っていた全員に声をかけた。


「準備出来ました。これでバッチリです」

「おお、出来たか」

「何が出来たんです?」


 シュリが楽しげに声を上げる一方、高雄が状況を飲み込めないままソーラに尋ねる。ソーラは彼に向かって「遠隔透視魔法ですよ」と答え、そして彼女がそう答えると同時に、魔法陣の上に一個の大きな球体が出現した。白く光る球体はやがてその光を消して透明な物へと変わっていき、そして縁だけ残して完全に透明になった球体の中には、正門前とその周辺を俯瞰した映像がハッキリと映し出されていた。


「これってもしかして、城の前で今起きてることが見れるってことなんですか?」

「そういう事じゃ。ほれ、今門から出てきたのがコロヌスじゃよ」


 高雄の問いにそう言ってからシュリが指を差す。高雄はその指さされた方へ意識を傾け、そして確かにそこにコロヌスが立っている事を認識した。

 そのコロヌスの反対側には、何十人もの山賊が群をなして立っていた。その手には様々な武器が握られており、中には鎧で完全武装していた者もいた。

 そしてそんな殺気を隠そうともしない連中を前にして、門を出たコロヌスはその場で立ち止まり、おもむろに彼らに向かって右手を突き出した。


「何をしてるんだろう?」

「終わったな」


 首を捻る高雄の横でシュリが断言する。ソーラも「みたいですね」とそれに同意し、アイビーはすぐさま球体から目を離して食器の後片づけに向かった。高雄だけは何が何だかわからず、これから何が起こるのかと思って球体の奥を凝視し続けた。


「よく見ておくが良いぞ、タカオよ」


 その高雄の隣に立ちながら、シュリが彼に問いかける。それに気づき、しかしその瞬間を見逃すまいと球体に目を向けたままの高雄に対し、シュリはその横で続けて彼に言った。


「なぜあ奴が獄炎と呼ばれているのか、その理由をな」


 シュリがそう言った直後だった。コロヌスの手の周りがおもむろに赤く輝き、次の瞬間、掌から炎の柱が噴き出した。


「え」


 コロヌスの手から放たれた炎は指向性を持ったまま一直線に山賊達に向かい、その全てを一息に飲み込んだ。しかし山賊全員を飲み込んだその炎はその直後に天に向かって垂直に折れ曲がり、彼ら以外の存在に「飛び火」するような事は一切無かった。

 そんな炎の柱は一秒ほど放出され、やがて終息していった。そしてその炎が消えた、コロヌスが腕を降ろした後、それまで山賊達がいた場所には真っ黒に焦げた人形ひとがたが群をなして立ち尽くしていた。

 一瞬だった。何十人もの山賊が一瞬で焼き殺されていた。怖いと思う暇はなく、あまりにも圧倒的すぎて何も言えなかった。


「凄い」


 呆然としたまま高雄が言葉を漏らす。シュリはその横で笑みを浮かべ、「奴が剣を抜くことは殆ど無いのじゃ」と言った。それを聞いた高雄はシュリに目を向け、そして「騎士なのに?」と彼女に問いかけた。


「そうじゃ。騎士なのに剣を抜かんのじゃ」

「あの方に剣を抜かせたら大したものですよ」


 アイビーが配膳台に食器を移しながら言った。高雄は「なるほど」と返し、そして仕事を終えたコロヌスがゆっくり門の中へ引き返していく姿をじっと見つめた。

 本当にとんでもない人とくっついてしまったんだな。高雄は後悔こそしていなかったが、それでも心を通わせた相手の力量を目の当たりにして驚かずにはいられなかった。

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