軍団、まとまる
最終的に月に集まってきたのは人族、亜人族併せて二百四十二グループ、個人の数で見れば三千人を超えていた。そうして目の前にずらりと並んだ連中を見て、高雄は軽い目眩を覚えた。
「なんだこれ。戦争でもするのかな?」
「まさかここまで集まるとは思わなかった」
コロヌスもこの状況は想定外だったらしく、高雄の横で渋い顔を浮かべていた。するとそんなコロヌスの隣に立った美佐が口を尖らせる。
「これ大丈夫なの? まとめられるの?」
「何とかなるだろう」
「なんとかって……」
素っ気ないコロヌスの言葉を聞いた美佐はげんなりした。しかしコロヌスは美佐の非難がましい視線を無視し、自分達の前に集まった面々へと近寄っていった。
「さて、さっそくで悪いが、どこを誰が占めるのかを決めておきたいと思う。出来るだけ均等に決めるつもりだが、そちらも理解してくれると助かる」
コロヌスの宣言に対し、不満を述べる者はいなかった。全員が志願してここまで来た者達であり、そして彼らの全員がこの未知の領域に対して畏怖と恐怖を感じていた。
出しゃばろうと粋がる者は皆無だった。
「と言っても、ここはけっこう広い場所だからな。極端に不公平な結果にはならないだろう。必要以上に気に病む事は無いぞ」
「でも、それでもいつかは土地が足りなくなるはずですよね?」
コロヌスの言葉に取り巻きの一人が反応する。コロヌスが声のする方に向き直り、そして声の主はそのコロヌスの視線を受けながら続けて言った。
「この後もまだまだ移住組が来るわけですし、その内土地問題は必ず出てくると思うんですが」
「まだ来るのね……」
それを聞いた美佐がげんなりする。一方で高雄はコロヌスが「第一陣」と言っていたのを思い出した。
「本当に後続が来るんだ」
「そうなったとき、どうするおつもりなのです? さすがに今我々だけで土地を全部支配する事は無いでしょうが、それでもいつか限界は来ます」
そう高雄が呟く一方、最初にコロヌスに疑問をぶつけた人間が続けて声を放つ。コロヌスは黙ってそれに耳を傾け、そしてその人間はなおも質問を続けた。
「そうなった時、いったいどうするのですか? 何か解決策は持っているのですか?」
声の主はじっとコロヌスを見つめていた。他の面々もコロヌスに向かって期待と不安の眼差しを向けていた。高雄と美佐もコロヌスを見つめていた。シシルフェルトは明後日の方向を見つめていた。
その中にあって、コロヌスは全く動じなかった。彼女は一つ息を吐いた後、最初に質問してきた者を見つめたままそれに答えた。
「大丈夫だ。ちゃんとそれについても考えてある」
「本当ですか?」
「もちろんだ」
コロヌスが言い切る。全員がより一層彼女に注目の視線を向ける。その注目の中、コロヌスが自慢げに髪をかきあげ、さらに周囲の期待と関心を煽っていく。
そしてその衆人環視の中で、コロヌスがおもむろに口を開いた。
「全員地上に追いやる必要は無い。住みたい者は地下に住まわせるのだ」
直後、その場は静寂に包まれた。誰も彼もが口を開けたまま呆然としていた。
しかしそれは言葉も出せないほど呆れていたからではない。むしろコロヌスの提案を聞いた者達は、誰もが目から鱗と言わんばかりに瞳を輝かせていた。
「ああ、その手があったか」
「確かに地下も使えるっちゃ使えるか」
元から地下で生活していた者達も、こちらの世界に来る事になっていた。それを考えれば、むしろ地下への移住は理に適ったものであった。
なのでコロヌスの提案に驚きこそすれ、異論を唱える者はいなかった。
「さて、これで解決だな?」
その様子を見たコロヌスは満足げに頷きながら言った。念を押すような彼女の言葉に、その場の誰もが首肯して答えた。
「異議なし!」
「我々は土地がもらえるのならばそれで構いません」
「私達夜行性ですから、むしろ地下に住まわせてくれるとありがたいです」
「こっちも! こっちも!」
方々から賛同の声が上がる。コロヌスはますます気をよくした。
「これは中々、いい感じになってきてるじゃないか」
「とりあえず、最初でつまずく事はなくなりましたね」
そのコロヌスの横に立ちながら、高雄が声をかける。コロヌスも頷き、彼を見ながら言葉を返す。
「第一関門突破だ」
次に彼らは、誰が全体の指導者となるかを決めることにした。自分達を導くのに誰が適任か、この議題は紛糾するかに見えた。少なくとも高雄はそう予感した。
「コロヌスにやらせればいいのではないでしょうか」
しかし実際は、そんな高雄の予想をあっさりと裏切った。シシルフェルトが出し抜けに放ったその言葉に、他の者達が次々と賛同していったのであった。
「うむ。我もそれが良いと思うぞ」
「賛成、賛成! それで大賛成!」
「まあ、妥当な判断じゃないかしら?」
取り巻きに混じって、美佐もそれとなく賛成意見を述べた。高雄はコロヌスを見つめたまま何も言わなかったが、その目には他の面々と同じように期待の輝きに満ちていた。
唖然としたのはコロヌスだった。
「おい、どういうことだ。私に全部押しつけるつもりなのか?」
「そうは言ってません。ただあなた以外に適役がいなかったというだけです」
狼狽えるコロヌスにシシルフェルトが声をかける。そしてシシルフェルトは愛娘を見つめたまま、静かに口を開いた。
「何事も経験ですよ。それに困った時は、素直に他の人に助けを求めればいいのですよ」
「そんな、簡単に言われても」
「大丈夫。あなたなら出来ます」
シシルフェルトが断言する。コロヌスはぐうの音も出せなかった。
「観念した方がいいと思います」
「右に同じ」
追い打ちをかけるかのように、高雄と美佐が両サイドから声を放つ。前を見れば、ここにやってきた大勢の者共が一斉に期待の眼差しをこちらに向けている。
完全に退路を断たれた形となっていた。
「コロヌス。覚悟を決めるのも騎士の務めですよ」
「……ッ」
そして結局、そのシシルフェルトの言葉が最後の決め手となった。
「わかった! やる! やってやるとも! 私がお前達を導いてやろう!」
次の瞬間、わっと歓声が沸き上がった。両手を振り上げ、誰もが全身で喜びを表現していた。
「やれやれ」
その様子を見ながら、コロヌスは一人ため息をついた。まったく、人の気も知らないで。
「僕も出来る限りお手伝いしますから」
そのコロヌスに高雄が声をかける。その相手を心から心配する声を受けて、コロヌスは小さく笑いながら彼に答えた。
「ああ、そうしてくれると助かるよ」
その顔は少し憔悴していたが、同時に心強さを感じてもいた。彼がいてくれて良かった。コロヌスは心からそう感じていた。
問題はまだまだ山積みであったが、それでもなんとか前に歩き出すことは出来た。
全てはこれからだった。