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空、歪む

 コロヌスとシシルフェルトの仕掛けた転移術は、いたってシンプルなものであった。体育館やプールの下に転移用の穴を作り、落とし穴の要領で丸ごとそれを転移させようとしたのである。

 そしてそれは一瞬で完了した。体育館で待機していた高雄は、気が付いた次の瞬間には、既にそこごと月の上に立っていたのだった。





「……」


 体育館の扉を開け、外の光景を見た高雄は絶句した。彼の眼前には白い大地と漆黒の空、そして空の果てに浮かぶ青い球体があった。

 本当に宇宙に来たのだ。


「え……?」


 高雄の隣に立った美佐も同様に言葉を失った。彼らの後ろに近づいたエルフ達も同じように外の光景を見て唖然としていた。

 誰もが、その空間に圧倒されていた。


「なんだここは……」

「なんと静かな所よ……」

「まるで地獄だ」


 後ろのエルフ達が口々に言葉を漏らす。それは高雄達が等しく思っていたでも事であった。

 そこは冷たく、静謐であった。生気も活気も無く、全てが死に絶えたかのような不気味な静寂に満ちていた。


「本当に何もないのね」


 その時、美佐が呆然と呟いて外に足を出す。高雄が止めようとしたが、その体は彼の手をすり抜け、体育館の外へと飛び出した。

 美佐の足が月の大地を踏みしめる。思っていたより堅い。

 そして思い出したように息を吸ってみる。苦しさは感じられない。それまでと同じように息が出来る。

 却って不気味だった。どうして宇宙で息が出来るのか? 美佐は薄気味悪さに一瞬顔をしかめた後、すぐに表情を解して後ろに向き直った。


「大丈夫。外に出ても平気よ」


 真っ先にそれに反応したのはエルフ達だった。純粋な彼らは高雄を抜き去って我先に外へと向かい、そして次々と白い大地に足を着けていった。


「おお、以外と普通なのだな」

「思っていたより怖くはないな」

「うむ。歩けるのならそれに越したことは無いからな」


 そこが普通に活動出来る場所と知ったエルフ達は、一様に安堵の表情を浮かべた。最後に高雄も少し戸惑った後、思い切って外へと飛び出した。


「あれ?」



 月に降り立ち、閉じた目を開け、ゆっくり息をする。

 なんともない。まだ死んでいない。


「どうして?」


 高雄もまた不気味に思った。しかし彼がそれに思いを巡らせるよりも速く、事態は進行していった。


「おお、いたいた」

「探しましたよ」


 白い大地の彼方から、二つの人影がやってくるのが見えた。コロヌスとシシルフェルトだ。それを見た高雄はすぐに気づいた。


「どうだ? 月に来た感想は?」

「何もない所でしょう?」


 魔族の二人はそう言いながら、高雄達の元へ歩み寄っていった。それは非常にのんびりとした足取りであり、緊張感のかけらも無かった。


「向こうになんか旗があったぞ。せっかくだから見に行かないか?」

「石とかも拾っておいた方がいいかもしれませんね。きっと後で自慢できると思いますよ」


 コロヌスとその母はまるで観光地に来たかのようなマイペースさを発揮していた。いきなり月に飛ばされてきた高雄とエルフの面々はどう答えていいかわからず、ただ困惑するばかりだった。

 そんな彼らを差し置いて、真っ先に美佐が口を開いた。


「ふざけてないで、まずは説明してちょうだい」


 とても攻撃的な口調だった。自身の困惑を悟られまいとして、余計棘のある言い方になってしまっていた。


「何がどうなってるの? ここ月なんでしょう? どうして普通に息が出来るの?」

「まあまあ落ち着いて。一からちゃんと説明しますから」


 しかしシシルフェルトは動じなかった。こちらを睨みつけて一方的にまくし立てる美佐に対し、彼女は柔和な笑みを湛えてそれをまっすぐ受け止めた。


「ちゃんと一から説明しますから。そんなに怒らないでくださいね?」


 そしてシシルフェルトは柔らかい笑顔のまま、美佐にそう告げた。相手が逃げ出すことなく、自分の質問に対してハッキリとそう答えたため、美佐はそれ以上言い返すことが出来なかった。


「なら、早くして。こっちも暇じゃないの」

「はいはい。わかっていますよ」


 なので美佐は精一杯毒づいた。しかしシシルフェルトはそれに対して怒ることなく、その青白い顔でニコニコ微笑むだけだった。

 怒り顔を浮かべた美佐の虚勢は、しかし何の効果も生まなかった。


「単刀直入に申しますと、今シシル達が月の上で活動できているのは、このシシルの力によるものなのです」


 そんな美佐の耳に、唐突にシシルフェルトの言葉が突き刺さる。それは美佐の目を点にさせるのに十分な効力を持っていた。


「……どういう意味?」

「シシルの力によって、シシル達は生き永らえているということです」

「?」


 一人称のおかげで余計わかりにくくなっていた。美佐はシシルフェルトの言葉を理解するのに非常に難儀した。

 月に降り立つという異常事態のおかげで、彼女の頭は正常な活動が出来なくなっていたのだ。


「母上の魔力によって、この場所の環境が丸ごと作り替えられているということだ」


 そんな美佐を慮ってか、コロヌスが助け船を出すかのように横から口を挟む。二人の人間と大勢のエルフはそれを聞いて納得したが、高雄はすぐに別の疑問を抱いた。


「そんな事出来るんですか? 星の環境を丸ごと作り替えるなんて、そんな」

「普通の人間には出来んだろうな。だが母上には出来るのだ」


 コロヌスは迷い無くそう答えた。


「母上には出来るのだ。細かい理屈は考えない方がいいぞ。無理に考えようとすると頭がパンクするだろうからな」


 それからコロヌスはそうも告げた。高雄はそんなコロヌスの助言に素直に従うことにした。美佐とエルフもそれに従った。中には釈然としない顔をしていた者もいたが、表だって不満の声を上げる者はいなかった。

 皆、無学な自分が考えるだけ無駄だと悟っていたからだ。


「それで、この後どうするんですか?」


 その後、高雄はコロヌスにそう尋ねた。コロヌスは彼に近づいてその横に立ち、視線を地球に向けながら口を開いた。


「まずはトカゲとイルカに合流しよう。なに、歩いて五分とかからない場所だ。すぐに会えるさ」

「合流したら?」

「簡単にここでのルールについて話し合う。ルールと言っても、それほど厳格な物じゃない。お互い協力し、仲良く月での暮らしを進めていこうと確認するようなものだ」

「なるほど」

「領地とかの話もするんでしょう? どこまでが誰の縄張りなのか、ハッキリ決めておかないと後々角が立つわよ?」


 そこに美佐が口を挟む。コロヌスは迷惑がる素振りも見せず、彼女の方に目を移して素直に頷いた。


「無論だ。それについても話し合うつもりだ。線引きはしっかりしておかないとな」

「平等に三等分出来ますかね?」

「さてな。そればかりは実際にやってみないとわからんな」


 首を傾げる高雄に対し、コロヌスはそう笑って答えた。それからコロヌスは高雄に意識を移し、意地の悪い笑みを浮かべながら彼に言った。


「それと高雄、君は一つ勘違いをしているぞ」

「え?」

「三等分ではない。もっと細分化するのだ」

「は?」


 最初高雄は、コロヌスが何を言っているのかわからなかった。美佐もまた同様で、それから彼女は要領を得ない物言いをするコロヌスを咎めるように顔をしかめた。

 そうして自分を見つめる人間二人の視線を受け止めながら、それでもコロヌスは澄まし顔を崩さなかった。彼女はそのまま右手を挙げ、頭上に広がる漆黒の空間めがけてまっすぐ指を差した。


「なに?」


 それにつられるように美佐が顔を上げる。高雄も、エルフ達も同様に顔を上げる。

 そして絶句する


「え」


 漆黒の空が歪んでいた。

 小さな歪みが至る所に出現し、渦を巻いて捻れていた。そしてそれらに意識を奪われている間にも、彼らの眼前では新たな歪みが次々と生まれていっていた。

 異様な光景だった。天空を埋め尽くさんばかりの歪みの群を前にして、誰もが言葉を失った。


「まさか」


 そして高雄はそれに見覚えがあった。それはコロヌス達が転移に使っていた「門」と全く同じ物であったのだ。


「まさかこれって?」


 それの意味する事を察した高雄が目を点にする。高雄はそのままコロヌスに目をやり、コロヌスもまた彼の視線に気づいて笑みを向けた。


「第一陣だ」


 コロヌスの不吉な言葉が高雄の胸に突き刺さる。この後もまだ来るというのか?


「最終的にどれだけの数になるかはわからんが、これで終わらないのは確かだ」

「まだ来るっていうの?」


 美佐が反射的に声を発する。コロヌスは黙って頷き、シシルフェルトがその横に立ちながら美佐に答えた。


「まだ来ますよ?」

「え」

「とりあえず希望者に片っ端から声をかけてみたので、もっと増えると思います」

「そんな……」


 シシルフェルトが微笑む。美佐が唖然とする。頭上では続々と新たな歪みが出現していく。

 もう止められない。


「これから楽しくなるぞ」


 他人事のようにコロヌスが言い放った。

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