異種族、群れる
エルフの村が飛んできた一時間後、空から恐竜が降ってきた。それも一体だけでなく、大小合わせて全部で五十体もの恐竜が一度に落ちてきた。
さらにその十分後、今度は校長室がジャングルになった。校長は槍と鎧で武装した手長猿の群によってジャングルの奥深くへと連れて行かれ、以来その姿を見せなくなった。
そしてその二時間後、本校舎の中にトカゲ人間が大量に出現した。トカゲの頭と人間の体を持ったその集団は校舎の中に転移するやいなや、好き勝手に行動を始めた。
それから彼らは我が物顔で校舎内を歩き回り、教室やその他実習室を見て回った。そこにいた生徒や教師は基本的に無視したが、鬱陶しいと思った者には手にしていた槍や剣を突きつけて無理矢理黙らせた。
極めつけにトカゲの三十分後、校舎横にあるプールの底がイルカ族の帝国につながった。彼らはイルカの姿そのままに知能を発達させた水棲一族であり、そして水だけでなく陸地でも自由自在に活動する事が出来るハイブリッドな種族であった。
そんな陸戦イルカ部隊は続々とプールサイドから這い上がり、尾鰭を使って垂直に立ち上がり、隊列を組んで校舎の中へ入っていった。こちらも生徒や教師は無視していったが、偵察を邪魔する者達に対してはやはり剣や槍で威嚇していった。
「近づくな!」
「任務を妨げる者は容赦しないぞ、わかったか!」
しかし脅された者達が一番に驚いたのは、そうしたトカゲやイルカが当たり前のように日本語を使ってきた事だった。
「何をぼうっとしている。さっさとそこをどかんか!」
「こちらは本気だぞ! いいからどくんだ!」
「は、はい!」
しかしそうして呆ける生徒達に向かって、武装したトカゲとイルカは本気で殺意をむき出しにした。言われた側も敏感にそれを察知し、生存本能に従って素直に彼らの要求に従った。おかげで初日から生死に関わるような事件が発生することは無かったが、ここで一つ問題が生じた。
「ところで、帰り方はわかるのか?」
廊下でたまたま遭遇したトカゲ兵士の一人に、コロヌスがそれとなく尋ねたのが事の発端だった。「獄炎」からそう問われたトカゲは少し首を捻り、そしてすぐにある事に気づいた。
「そう言えば、どうやって帰るんだろう……」
彼らは帰り方を知らなかった。興味本位で「こちら側の世界」に飛んできただけであって、そこから先は何も考えていなかったのだ。
「い、いや、待て。我々はあくまで下っ端なのだ。魔法のまの字も知らん、ただの兵隊なのだ」
「そ、そうだ。我々は知らなくて当然なのだ。きっと魔術部隊なら、何か帰り方を知っているはずだ。きっとそうだ」
下っ端の兵士が何も知らないのはまだ良かった。問題はイルカやトカゲを連れてきた魔術師連中もまた、その「帰り方」について何の知恵も持っていなかった事であった。
「どうすればいいのですか?」
新聞部室に集まったイルカとトカゲの魔術師は、一様にコロヌスを見ながらそう尋ねた。ついでに言うと、窓の外にはグラウンドに落ちてきた恐竜族の魔術師がこちらをじっと見つめてきていた。
ちなみに彼らが新聞部室に来ていたのは、そこにコロヌスがいたからだった。彼らはその空間がコロヌスの第二の拠点なのだろうと推測していたのだった。そしてここにはコロヌスの他に高雄と春美と康夫もいたのだが、魔術師達はさして気にする素振りは見せなかった。
「実は我々、もう一つの世界がどのような物なのか知りたい一心でここに来ただけでして。本当はそこから先の事を何も考えていないのです」
「他の者達は我々が何とかしてくれると思っているのですが、実の所、我々は何の準備もしておりません。どうすればいいのでしょうか?」
イルカとトカゲが交互に言い放つ。その困り顔を見ながら、コロヌスは凄く気難しい顔をしながらため息をついた。
ここまで向こう見ずな開拓者というのは見たことがない。普通は何らかの対策を立ててから来るものだ。
「無策でここまで来たのか?」
「その通りでございます」
「自分達のいた世界の座標も調べてないのか?」
「返す言葉もございません……」
「普通は調べてくるものだろうが」
コロヌスの追求に対し、魔術師達は何も言えずに顔を俯かせた。窓の外にいた恐竜魔術師も動揺に顔を俯かせた。
それを見たコロヌスはますますその表情を険しくしていった。ここまで無計画だとは思いもしなかったのだ。
「まあ、いい。座標はこちらで調べてある。帰りたければいつでも来るといい。その時に教えるとしよう」
「本当ですか!」
「ああ。困った時は助け合いが肝心だ。そうだろう?」
「ありがとうございます!」
イルカとトカゲはコロヌスの温情に深く感謝した。彼らは元の世界に帰る算段がついて、本当に一安心していた。
そうして問題が一つ片づいたところで、コロヌスの横にいた高雄がそのイルカとトカゲに問いかけた。
「ところで、いつ頃帰る予定なんですか?」
「暫くはここにいるつもりです」
「は?」
トカゲの返答を聞いた高雄は目を点にした。見るとイルカもトカゲの言葉にうんうんと頷いていた。
「まさか、まだこっちに留まるつもりなんですか?」
「そのつもりです」
「何か問題があるでしょうか?」
「問題あるかって……」
大有りだ。高雄はここが「学園」で、ここで誰が何をしているのか、そしてトカゲ達がここに居座ることでどんな不都合が生じるかを説明した。
「じゃあそれも見たいです」
しかしトカゲとイルカは退かなかった。それどころか、その授業風景を見たいとまでのたまい出した。
これには高雄もコロヌスも引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
「それはさすがに迷惑でしかないな」
「ていうかまず、そう言う話は教師にした方がいいのでは?」
「なるほど。言われてみればその通りだ」
高雄の言葉を聞いて、二つの種族の魔術師達は共に頷いた。それから彼らはすぐに立ち上がり、そそくさと部室を出ていこうとした。
「どこに行く気だ?」
「ここの教師に会って話がしたいのです」
「どこにいるのかわかるのか?」
コロヌスが問いかける。それに答えられた者はいなかった。
代わりに彼らはじっとコロヌスを見つめた。その目には期待の光が宿っていた。
「……仕方ないな」
それを見たコロヌスが重い腰を上げる。彼女もここまで来てノーと言える程無情な女では無かった。
「ついて来い。私が教師の所まで案内してやろう」
「よいのですか?」
「ここまで来て放置する訳にもいかんからな。私に心当たりがあたる。その気があるなら来い」
魔術師二人は素直にそれに応じた。他に選択肢が無かったからだ。
「みたいな感じで、向こうは向こうで色々やってるみたいよ?」
一方その頃、生徒会室ではジョゼと美佐が向き合い、新聞部室での一連のやり取りを覗き見ていた。ジョゼの使った空間を繋げる盗撮魔法によってその一部始終を見届けたジョゼは、その映像を消しながら美佐に問いかけた。
「で、どうする? こっちもこっちで何かする?」
「……一人でどうしろと?」
この時、生徒会室の中には美佐とジョゼの二人しかいなかった。他の生徒会の面々はこの非常事態を前にして早々に職務放棄し、逃げるようにここから立ち去っていった。
「あいつらも薄情よねえ。自分でポストについといて、ヤバくなったらさっさと逃げるだなんて。責任って物を知らないのかしら」
「仕方ないわ。こんな状況、誰も予想してないもの。逃げたとしても、誰も責められないわ」
「あなたは逃げないの?」
「私は責任を果たすだけよ」
美佐がぶっきらぼうに返す。それを見たジョゼは楽しそうにクスクス笑い、それから再び美佐を見ながら声をかけた。
「なら、動けばいいじゃない」
「具体的に何を?」
「エルフとかトカゲとか、色々な所に声をかけてさ。今の内に仲間を増やしておくべきじゃないかしら」
「仲間ですって?」
「一人で出来る事には限度がある。だから仲間を増やして、もしもの時に備えておくのよ」
ジョゼの言葉を受けて美佐が俯く。その考え込む姿を見ながら、ジョゼが真剣な声で話しかける。
「たまには頼る事も覚えなさい。でないと、一生コロヌスには勝てないわよ」
美佐の体が一瞬びくりと震える。ジョゼはそれを見逃さなかったが、何か続けて言おうとはしなかった。
美佐が席を立ったのは、そのすぐ後の事だった。
「仕方ない。やれるだけやりましょう」
ジョゼは笑ったまま、何も言わなかった。